巨星の最期

ただ呆然としながらダングレストの街を歩く私を一番最初に見つけたのはラピードだった。
彼は私の足元に来てじっと私を見上げていた。
私のことを見上げ、心配そうな瞳で私を見るからラピードの頭を撫でる。

私はとても無駄なことをした。
ダングレストでドンに捨てられてから私はギルドユニオンに向かった。
だけど、私は門前払いをくらいとぼとぼとダングレストの街を一人歩いていたのだ。
ラピードは私の横をぴったりとくっついて離れない。
それはまるで私が消えてしまいそうに思われ、それを監視されるように。
ドンはギルドユニオンを出ると、少し前には帝国との戦争を高々と宣言した広場に向かったといった。
ふらふらと疲れた体に鞭を打って歩いていると向かいから声を荒げて手を振ってくるカロル。

「エルどこにいってたんだよー!!」
「……あ」
「大変なんだよ!」
「知ってる……」

私とラピードが仲間を素通りしながらそう呟くと「やっぱりね」とレイヴンが神妙な面持ちで見た。
私の顔は泣いてもいないし笑ってもいない、凍りついた表情で仲間をみていたと思う。

先を歩く仲間の後ろを終始無言で歩いていた。

戦士の殿堂の首領であるベルウスがギルドユニオンの一員であり、5大ユニオンのトップである天を射る矢のハリーの手引きによって殺されたとなっては天を射る矢と並ぶギルド戦士の殿堂が黙っているわけがない。
前に、帝国とギルドユニオンが戦争となったように戦士の殿堂との前面対決になるかもしれない。
それを収めるために戦士の殿堂が求めてきたのは当然、ベリウスの命と同等の価値を持つもの。

すなわち、ドンの命だ。

広場では大勢のギルドの人間が輪を作り集まっていた。
白い御旗のしたで正座をし、今際のときを待つドン。
中心にいるのは戦士の殿堂の幹部だろう。
ドンの姿を複雑な表情で見る。

カロルは私たちを押しのけ、ドンに駆け寄る。
ドンは口元を綻ばせカロルに言う。

「しっかりな、坊主。首領なんだろ」
「でも、僕一人じゃ何もできない……」
「だったら助けてもらえばいい。そのために仲間がいんだろ」
「ドン……!」
「仲間を守ってみな。そうすりゃ応えてくれるさ」

それはドンがずっとダングレストを、ギルドを守ってきたからこそいえる言葉。
レイヴンはカロルの肩をつかみ、ドンと引き離す。
ギルド勢の中から飛び出してきたのはドンの孫ハリーだ。

「ドン!俺も一緒に!」
「馬鹿やろうが!」

泣きそうな表情で手にナイフを持ったハリー。
そんなハリーをレイヴンは容赦なく拳で張り倒した。
伸びたハリーを引きずっていくギルドの人間と、レイヴンはドンを見ると失笑したといった様子で「じいさん、あばよ」といった・
ドンもその笑みと悪癖に釣られたようにレイヴンに最期を託す。

「レイヴン、イエガーの始末頼んだぜ」
「はは、俺にゃ荷が重過ぎるって」
「おめぇにしかたのめないんだ」
「……ドン」

ドンは次にパティを見、そして昔を懐かしむように目を細める。

「お嬢、街の酒場の倉庫から地下に降りてみろ」
「……?」
「そこにアイフリードの名前が刷り込まれた壁がある。おめぇもやつの孫ならやつがどんなことに関わって生きたか片鱗を見ておくのも悪かねぇだろ」
「……」
「パティ」

私がパティの手を引くとドンは「お嬢を頼むな」と私に告げる。
消え入りそうな声で「うん」としか答えられなかった。
戦士の殿堂の人間はドンの前に立つ。
それは今生の別れは済んだかという風にドンの前に立つ。

「おたくのかわいい孫にはずいぶん世話になった」
「すまねぇことをした。あの馬鹿孫もれっきとしたユニオンの一員だ。部下が犯した失態の責任は俺が取る。それがギルドの掟だ。ベリウスの仇、俺の首で許してくれや」

そのとき私は震えていたと思う。
ドンの一言一言が怖くて仕方なかった。
私の後ろでエステルとリタは涙を堪えながらただ思いを吐く。

「ばかよ、ギルドなんて……どいつもこいつも馬鹿ばっか……」
「でも……こうじゃないと……」

いけないんだけど、分からない。

ドンは広場を見渡すと叫ぶ。

「すまんが誰か介錯を頼む」

その一言に広場は無言に包まれ、お互い顔を見合わせるだけだ。
ドンの命を奪う覚悟。
誰に恨まれることでもない、誰に責められるわけでもない。
それでも、私も言葉を発することもできなかった。
私にはドンがいなくなるということも信じられないというのに。

「俺がやろう」
「……ユーリ……」

私が引きとめようとした手を引っ込めた。

自分の命を引き換えにすることをドンは決めて。
その命を奪うことをドンは決めた。

「お前も損な役回りだな」
「お互い様だ」
「っは。違ぇねぇ。ユーリ、お前の先が見たかったな。俺は先に地獄で待っているとするぜ」
「あんたが行くのは地獄なら俺はあんたと同じところにいけそうにないわ」
「ふん、おめぇの減らず口、忘れねぇぞ」
「俺もあんたの覚悟忘れないぜ。ドン・ホワイトホース」

二人の会話はそれしか届かない。
口だけ動いているけど、それは私たちにまで届かない。
パティは私の腰に顔をうずめた。
私も膝を折り、目をじっと瞑るしかなかった。
ドンは本当私に言ったのだ。

見る必要なんてないと。


私の後ろからはなんともなさけない。
普段は偉ぶってるギルドの男たちがすすり泣く声が届く。
ドンは叫んだ、それは耳に焼きつけるのではなく、心に焼き付ける言葉。

「てめぇら。これはらはてめぇの足で歩け! てめぇらの時代を築くんだ!いいな」

腹に脇差を当て、ユーリは自らの剣を抜く。
ドンの声はここにいる何百人の人間に刻まれる。

私は耐え切れなくなって、二度と瞼を開けたくないと願うように目を閉じていた。
そして二つの鈍い音が落ちた。

私の世界の色も黒に落ちていた。







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