火種
館に入ってすぐのロビーから騒がしい声がしたので私たちはそこに直行した。
アーセルム号を思い出させるような薄暗さと不気味さを持つ背徳の館。
「あ、あれ!」
エステルが指差すのはロビーの奥。
そこには剣を構える私たちが探す、天を射る矢のドン・ホワイトホースと向かいあったイエガー、そして二人の部下の少女だった。
「じいさん!」
「あれが、ドン」
「ドン!何してるの!」
私とレイヴンを駆け出そうとするが、私たちの前に降り立ったのはゴーシュとドロワット。
「通さないよー」とにひっと笑う。
「おっさん、海凶の爪は手を出さないって言ってなかったっけ?」
「仕掛けたのはドンの方よん」
「……やっぱり」
「なんだと?それじゃあじいさん、やっぱり」
「何しにきやがった!馬鹿やろうが!若いのまでつれてきやがって!」
と、ドンの声に私たちはびくりととまる。
「エクセレントな演出、感激感激、サンキューよ!」
「一体どういうことなのよ!」
事態を読み込めていない仲間たちが声を上げる。
ユーリが剣を抜き、イエガーの部下の赤眼を倒すがゴーシュとドロワットは嫌な笑みを浮かべ、煙玉を床に叩きつける。
立ち込める煙、足音だけが騒がしく聞こえる。
どうやらイエガーたちは逃げようとしているらしい。
私が風の魔術を完成させ、視界を確保ができるころには役者はみな消えていた。
「ドンは?」
「イエガーを追っておくに!」
「追うぞ!」
ドンを追い、奥の客室に足を進める。
そこで、ドンとイエガーがにらみ合っている。
イエガーは笑い、そして悪い意味で拍手を送る。
「まさかユーがこんな強引なプランで来るとは」
「てめぇに生きていられると世の中ややこしくてしかたねぇんでな」
「ユーが自らユニオンの掟を反して私闘なんてすると他の5大ギルドも黙ってナッスン」
「覚悟の上よ。だが、世が明けちまった。てめぇの力量を測り損ねてたみたいだな。時間切れだ。もうダングレストにもどらねぇとバカ共が喧嘩を始めちまう」
やっぱり。
ドンは自らを犠牲にしてダングレストとノードポリカの争いを鎮めるつもりだ。
「ふ、ふん。今更ユーが戻っても衝突は避けられないでしょう」
「タダじゃな。 払う代償は用意してある」
「代償……か」
「こっちの落とし前がまだだぜ、イエガー」
「さすがに旗色が悪いです。グッバイですー」
「あ、待て!」
リタが身を乗り出すが、イエガーとゴーシュ、ドロワットは奥の窓を突き破り落ちるガラスと共に逃げていく。
「っち。本当に逃げ足の早い……」
「お前らは何だ。雁首そろえてこんなところまで来ちまって」
と私たちをにらみつけるドン。
私は思わず竦んでしまって言いたい事がいえなかった。
「ん?そこのちびっこいの」
とパティを手招きするドン。
パティは私の後ろに隠れていたが不思議そうに首をかしげながらドンに近づく。
しげしげとパティを見つめて珍しい物をみるような目でパティを見つめていた。
「ちびっ子ではないのじゃ。パティなのじゃ」
「すまねぇな。パティか。ちょっと面こっちに見せてみろ」
ドンに言われるがままパティはドンをじっと見つめる。
ドンはめったに見ない表情だった。
「……こいつは驚いたな……」
「?」
「てめぇ、アイフリードにそっくりだ。まさに生き写しだぜ。エルこいつが言っていたアイフリードの孫か?」
「え?ああ……うん」
急に話を振られ、私はただ首縦に振るしかなかった。
「……じゃあパティがアイフリードの孫っていうのは本当……?」
半信半疑だった私たちが首を傾げるとドンはやはり驚いたようにパティをじっと見る。
「孫?……孫か。やつに孫がいるなんて話、全然知らなかったぜ」
「なるほどな。パティのたぶんに間違いはなかったってことか……」
「例の事件のこと、身内としてやるせないことも多かっただろうな……」
ギルドを追放してそれを黙認してしまったドンとしても思うことがたくさんあるのだろう。
「ある理由があって、うちはアイフリードの足跡を追っているのじゃ。友達だったドンなら、何か知っているかと思って訪ねてきたのじゃ」
「ふん、友達なんてそんな大層なもんじゃねぇ。自由気ままなやつだ。俺はあいつがどこで何をしてたのか、そして今どうしているのか、そこまでは知らねぇが」
「そうか……」
悲しそうな表情を浮かべたパティだが、「むむ」と疑問符を浮かべドンの顔を覗き込む。
「前に……どこかで会ってなかったかの?」
「ん……?俺とか?さぁな」
「ドン」
「……エルてめぇも久しぶりだな」
話がついたところで私がドンに話を切り出す。
私はバックから淡い光を放つ蒼穹の水玉を取り出す。
本来の持ち主に帰りたいと語るようにそれは強い光に変わる。
「じいさんの盟友の形見だ。あんたに届けてくれって頼まれた」
「そうか……世話掛けたようだな。っち、こんな姿になりやがて」
「あの……ドン」
私が切り出したい言葉があった。
でもそれをみんなの前で口に出すのが怖くて、うまく言葉になってくれない。
そんな私を押しのけ、ドンに詰め寄るリタ。
「ねぇ、その聖核っていったい何なの!」
「こいつはな」
ドンがついに語りだそうとしたときに部屋の扉が乱暴に叩かれる。
叩かれかと思ったが、それは間違えでその瞬間に扉が破かれ、赤眼の男たちが踏み込んできたのだ。
そうだ、ここは敵地。
悠長にしゃべっている暇なんてない。
「話してる暇はねぇか……すまねぇがザコの相手は任せる」
「ちょ!」
と駆け出したドン。
先ほどイエガーが逃げ口を使った窓から飛び降りるドン。
「こりゃ、俺たちも逃げようぜ」
「悪い、時間稼いでやってくれ」
「レイヴン?」
「……頼むわ」
レイヴンが普段見せない表情で、それだけ語る。
ドンがダングレストに戻らなくては大変なことになる。
そしてダングレストに戻ったらどうなるかわかっているからこそ、レイヴンは仲間に言うのだ。
「しゃねーな」といいながら、武器を抜くユーリ。
そんな彼らに私はぎこちない笑みを浮かべ言う。
「じゃあ、あとはよろしく」
「……エル!え?待ってください!」
「エステル!……いってこいよ」
私が手を振り、仲間とは逆に、窓に向かって走るとエステルの静止する声とユーリの小さな背中を押す声。
恐怖を振り払い窓から飛び降りると暗い森の中をかける。
ただダングレストに向かって全力で走ると白い髪を振り乱す、壁のような背中を見つける。
「ドン!」
「……てめぇ、なんできやがった」
「ごめん、でも言いたいことがあって」
「なんだ」
ドンは年を感じられない馬のような速さで駆けていく。
私が追いついてもまったくスピードを落としてくれない。
私が息を切らしながらドンに伝えたかった言葉を口にする。
「ベリウスを……殺したのは……わたし…なの」
「……」
「私の中の何かが勝手に……でもそれは私で」
そう、私の中の一部だといえる。
ドンは黙ったままそれを聞く。
ドンが怒っているのかもしれないとびくびくしながら。
「私……少し自分の正体わかったのかもしれない……それで……はぁ……」
思いを吐き出しながら走るのはとても苦しくて、私は胸をぎゅっと押さえるが酸素を求める体がついに悲鳴を上げ、体を硬直させる。
走ること、それはドンに伝えることが終わりだと思ったが、ドンは舌打ちをしながら立ち止まる。
「おめぇ、昔からしかたねぇやつだな」
「え?あ……ちょっと」
急に私を赤ん坊のように抱き上げるドン。
私が抵抗をすると、背中に捕まれと促す。
「うわ……!」
私がドンを掴んだかと思ったら急に走り出す。
振り落とされそうになって必死にしがみつく。
「で、なんだ。言ってみろ」
「……」
この老体で息を切らさずに言うドンに驚いたが、私はドンがくれた機会を逃さない。
「初めから思ってた。ドンやみんなが私の家族を探してくれて……それでも見つからなくて……でも今回の旅で……自分が自分じゃないものにとり憑かれて……魔導器をなくしてから……頭が痛くて変な夢ばっか見るようになって……だからわかったの」
ただ聞く、ドンに私はなんともおかしなことを言ったと思う。
「私はこの世界の人間じゃないのかもしれないって」
「……だからだれも私のこと知らなくて」
「てめぇは自分が本の中の人間とでも言いたいわけか?」
「そうじゃなくて」
「馬鹿なこといってんじゃねぇぞ。お前は薄い紙切れの人間じゃねぇだろ。夢見るのも大概にしろ」
ナイフで刻まれるような言い方だったが、ドンはこの世界の私に向き合って言うのだ。
「何があったって前を向いて歩け。お前は昔から卑屈過ぎるんだよ」
「……うん」
ドンはたまにすごく難しいことを言うけど、今のドンの言葉を飲み込んで体に刻んでいるようだ。
「おめぇは一人じゃねぇって何べん言わせりゃ気が済むんだよ……」
「ありがとう……勝手なことを言うかもしれないけど……ドンもハリーもギルドのみんなもわたしの……」
泣きじゃくる私のかすれた声は届かなかったかもしれないけど、
私はいまもむかしもずっとずっとさきもそう思う。
ドンの背中はとても大きくて暖かかった。