約束

それは近いといえば昨日のように思い出せることであり、でも実際は忘れてしまいそうな昔の話なのだ。
正直に言ってしまえば覚えているのは、話の内容より出された紅茶とお茶菓子の美味しさかも知れない。

「……よくわからないからもう一度言ってくれないかな」
「デスカラ、イージーな話デスよ」
「……しゃべり方もついでに……」

私が露骨に嫌そうに返すと、イエガーはにっこりと微笑むだけだった。
それは約一年前の話、私がギルドの友人とこの背徳の館に訪れたときに彼と交わした言葉だった。

「……初対面の人間にこんな額を寄付しろっていうの?」

それはちょっとしたきっかけだった。
私の部屋に投函されていたひとつの手紙。
内容はとっても簡単なものだった。
将来有望な作家さんにお話があります。
確かそんなだけの内容だった。

「……これは一般ピープルに言ってもトラストしてもらえない話なんですけどね」
「はぁ……」
「ミーはチルドレンが好きなんデス」
「っあ……」

そのときは出された紅茶を拭くかと思った。
私を呼び出したイエガーという男はギルドユニオンでは別の意味で有名の男で、海凶の爪の首領である。
年は見た目30歳前後といったところだ。
海凶の爪は兵装魔導器を売り買い専門とするギルドであり、めきめきと頭角を現してきた裏に悪いうわさも聞き、背徳の館にお呼ばれしたと誰かに話をしたらドンから直々に「気をつけろよ」と声を掛けられた。
不審者を見る番犬くらい気の立っている私に暴露された告白に思わず唖然とする。
大切なところなので2回言うけどイエガーは30代の男。
そんな人の口から出た純粋に「子供が好き」という言葉。
ここまで案内をしてくれたのはドロワットという私とあまり年の変わらない少女だったし紅茶を配膳してくれたゴーシュという少女もそうだった。

「まさか……ろ」

そこまで言いかけてイエガーがにっこりと微笑むが笑ってなんかなく、ただ黙れとも言いたげな目でこちらを威圧するので私は喉に突っかかった言葉を飲み込んだ。

「ユーにスポンサーとなっていただきたいのデスよ。チルドレンのために」

イエガーが取り出したのは数枚の写真だった。
そこには無邪気に遊ぶ少年少女の姿が映っており、背景にはどれも白い屋根の家が写っていた。

「孤児院……」

白い屋根に書かれた地名が先に来る孤児院の名前。
イエガーは私に子供の写真を見せたいわけではなく、孤児院のことを言いたいのは誰が見てもわかる。

「……見返りはありまセン。で、ユーの考えはどうでしょうか?」
「初対面の相手にボランティアしてくれって言うの?……とても無謀な賭けだね」

と笑って返したのがそもそもの間違いだったのだろうか。
でも、内心では無理なことを吹っかけられているというのにとても気持ちいいものだったと思う。

「だからこそ、ユーにしか頼めないと思ったのデスよ」
「……そういうの嫌いじゃないわ。いいよ」

そう二つ返事で返したのは間違いだったのだろうか。
誰かを救いたいとか、誰かのためになりたい。
そんな単純かつ明瞭な理由でこれを受けたわけではない。

ただ、そのときは淡い期待と刺激を求めていた。
でも、冷静になって考えてみると、きっと誰かに認めてもらいたかったのかもしれない。
私の気持ちと実力を。
そんなときに鴨がねぎを背負って持ち込まれた話。
誰に迷惑を掛けるわけでもなく、誰に責任を放ることなく自分の欲求が満たされるとそのときは思っていたのだろう。
そのときは

「エル。起きてるか?」
「ユーリは歩きながら寝るなんて器用なことできるわけ?」
「お前、本当に口の減らないのな」
「……」

私の思考が現在に戻ってくる
あれから一年近くたったのか。
確かに孤児院を建設する費用はいくらか出したのだけどそれから一切の音沙汰はなしだったので私も大して気にしていなかったが、キュモールと手を組んだイエガーの姿を見て、私が少しの良心で手を出したことが溝にお金を捨てたようで自分の浅はかだと思う。


「もうすぐ敵の根城に着くんだぜ。しっかりしろよな」
「わかってる……」





背徳の館、イエガーが率いるギルド海凶の爪の本拠地はダングレストから少し離れた森の中にひっそりと存在する。
洋館を思わせる佇まいなのだけど、表は薄暗くまるで幽霊でも住んでいそうだ。

一人飛び出してきたドンを追い、ここまで来たのだけど私はダングレストの状況が気になって仕方ない。
ダングレストを出る前、カロルと合流をしようとしたときに昨晩と同じように混乱に身を任せ、くだらない争いをしている集団を大勢見かけた。
カロルは自ら争いを止める役になるためにダングレストに残った。
突然現れたパティとともに私たちは背徳の館にたどり着いた。
門を守る黒い服をまとった赤眼の男たち。
私とユーリとレイヴンは草むらにエステルたちを引き込む。
赤眼の門番とは別にいくつかの足音が私たちが来た方向から聞こえていたのだ。

「何よ、急に」
「っし。何かもめてるぜ」
「通してっていってるでしょー」

陽気な声がこちらの届いてくる。
声の主は特徴ある少女の声で、前に見たツインテールの少女の二人組、ゴーシュとドロワットだった。
ゴーシュとドロワットは海凶の爪の幹部であり、普通なら顔パスで言ってしまうのだろうけど、なぜか門番と言い合いをしているようだった。

「戻るタイミングがよすぎるっつってるんだ。あんたたちが本物だって証明できるものはあるのか?」
「……やっぱりじいさん、ここにきてるんだな」
「ビンゴなのじゃ、話を聞くチャンスなのじゃ」
「……」

赤眼の男は疑いのまなざしで二人をしげしげと見つめる。

「あんたたちは魔狩りの剣が竜使いを狙ってるってネタを探りにいったんだろ」
「だからテムザ山に向かう前にドンがここに向かったという情報を得たといっている」
「そんなの知ったらほっとけないでしょー」
「……竜使いってジュディス……」
「魔狩りの剣がジュディを狙ってるだと?」

私とユーリはお互いを見合う。
私とユーリは感づいてるがジュディスが言うバウルは始祖の隷長だと思う。
バウルが始祖の隷長だとするとベリウスのように聖核を生み出すことができるかもしれない。
だから魔狩りの剣はノードポリカからジュディを追ったのかもしれない。

「早く通してよー!戦いになっちゃったならば君たちじゃイエガー様の役には立たないでしょー!!」
「っく、通してやるが何人かつけるぞ。それでもいいな?」
「構わないから早く通せ」

こんな小娘に生意気言われてとても屈辱的なのだろうけど、それを飲み込んで赤眼の男が数人ゴーシュとドロワットにつき館の中に入っていく。
私たちには幸いにも門番の数が減り、突入するなら今がチャンスだろう。
レイヴンが指を鳴らして「ラッキー」とこちらを向くとラピードが見張りに向かっていく。
その小さな足音に気づいた赤眼だが、ラピードは得意の早業で赤眼を凪ぐ。

「貫け雷、サンダースピア」

残りの赤眼を私の魔術が片付ける。
私の雷の矢が命中すると体を弓のようにしならせると、そのショックで体を引きつらせ倒れる。
雷の攻撃はできれば自分では受けたくないものだ。

「ナイスだ、ラピード、エル」

私たちは赤眼の意識がないことを確認する。
そしてユーリはふっと館の方を見ると「気づかれていないようだな」と苦笑いをこぼした。

「とっとと入っちゃいましょ」
「……どうしてジュディスが魔狩りの剣に狙われているんでしょう……」
「連中が聖核とやらを探してるんだったら狙いはあの女の乗っている竜かも。あれが始祖の隷長なら、ベリウスのときみたく聖核が生まれるのかもしれない。……死んだときに」

エステルの疑問にリタが応える。

「連中がベリウスを狙ったのは、ハリーの依頼だからってだけじゃないってことか。連中が聖核を欲しがってる可能性は否定できねーな」
「……レイヴン、ドンは聖核を欲しがっていたんだよね。だったら」
「あのじじいが魔狩りの剣を信用するわけないっしょ。じゃあ俺はなんのためにーって思うけどな」
「そうだよね……」

私がふと浮かんだドンがハリーを通じてというのは私の暴論だったらしい。
しかし、気がかりなのはジュディだ。
テムザ山という場所を私は知らないけど、彼女はなぜバウルという友達とそこに立てこもり、魔狩りの剣と戦っているのか。
ぞしてジュディス自身、始祖の隷長とはどんなかかわりがあるか、なぜ私たちを裏切ったか聞きたい事は山ほどにある。

「ジュディも心配だが、ドンのじいさんの方が先決だろ?あのにぎやかな女たちも入っていったしな」
「じゃな。ここをさっさと片付けるじゃ」
「ああ、いそぎますかね」

私はドンに会うのをあまり気乗りしていない。
しかし、これからのことを思うと、目の前のことのために会わなきゃいけない。
私たちが背徳の館に向かって歩き出すが、一人、じっと地面を見つめているエステル。
私たちの視線に気づいたのか、エステルが胸中を口に出す。

「……いえ、あ……ただジュディスが心配で」
「ならテムザ山ってところにいってみな」
「でも、ドンは」
「自分で決める。そうだったよな?行くぞ」

突き放したような言い方でエステルの背中を押すユーリ。
私はそのとき少し彼女に怒りを覚えたかもしれない。

「わたしも!……行きます。今ドンを放ってジュディスに会いに行っても……きっと怒られちゃいます。あなたの目的はなんだったのって」
「じゃ、ドンのじいさんを連れ戻そうぜ。やらなきゃいけないことがまた増えたしな」
「はい!」
「……中途半端……」
「ん?エルちゃん何かいった?」
「別に……それよりもレイヴン」

私の独り言を拾ったレイヴンの話をすり替え、私は言う。
「これからどうなるかわかる?」と。
それは簡単に想像できるものであり、この館に踏み入ってどんなものを見るのか私たちはわかっていたからだ。
おそらく間に合わなかったと。


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