消えてしまった感情



それは同じ治癒術師としての違いを明白になったときもある。
カプワ・ノールで傷ついた人の治療に当たったときだ。
私がただ作業として治癒をこなすのに対して、エステルは
その人の傷口を見て同じ痛みを味わうようにその人に共感し、そして声を掛けた
「大丈夫ですか」「今よくなりますからね」と。
治癒術を使ったって痛みがすぐに消えるわけじゃない。
しかし、その言葉を聞いた人はみんな痛みが引いたかのような笑みを浮かべていた。
そして、必ず感謝した。
「ありがとう」と。
そしてエステルは必ずお礼を言う。

もともと、私は治癒術が好きじゃない。
好きじゃないというより、苦手なのだ。
血とか傷口を見るのが。
その真っ赤な色とそして痛々しい傷跡。
それを見るだけでとても痛くなる。
同じ場所が、同じように。
痛いのは嫌だ、だから私は目を背けたりした。
そして言葉も出なかった。
早く終わらしてしまいたいと思ったから。

それなら治癒術をしなければいいと思うけどそんな甘い事は言ってられない。
私が治癒術を苦手になる前から治癒術を使えることは沢山の人に知れ渡っていたし。
それは私が治癒術を使えると知る前、私の意識が湖に浮く花びらのように浮いて、どこにあったか分からない、感情の黎明期。
ぼんやりと目の前に居た人の傷を治した時のみんなの驚愕な顔。
目の前に居た魔物を滅したのが始まり。
人間、手を抜けば怒られたりするし何より
その時はいや、今でも見放されるのが嫌なのだ。

ある人が私に「一生懸命になれることはないのか」と聞かれたときに私が出した答えは「たぶん、ある?」
だったと思う(その適当な答えにため息をつかれたけど)でも内心の答えはノーだった。
あぁ、唯一本を書くときだけ私は私を表現できることもあった。
女性を主人公にするのはその心に自分と共通するものを見いだせそうな気がするから。
自分と重ね合わせて考えると、別の人格になったような気がする。
そうして自分から背けることによって私は現実から逃げてきたのかもしれない。

小さくため息をついてヘリオードの真新しい宿屋の天井を見上げた。
低い天井は窮屈さを感じさせる。
新しい木目の数をたゆたう意識の中数えていた。

「何でだろ……」他人と自分を比べてしまうと今のように自分が嫌いになる。
ヒトから見ても私はとても悪い性格だと思う。
平気でヒトを使うときだってある。
そのときは自分の大義名分を理由になんとも思わないけどその人がいい人であればあるほど苦しくなる。
あぁ、こうやって考えるのもいやになってきた。
そうやって逃げると必ず睡魔に襲われる。
いつもそうだ、よく眠って気持ちを切り替えれば次の日にはそれなりには前に進めて歩けた。

「わう……」
「ラピード?」

今日はいろいろあって疲れてしまったし(といっても半日は寝てるけど)もう部屋に帰ろうとしたときに私の部屋の前にはラピードが眠っていた。
鎖する音がして、傷跡と反対側の右目が少し開いてこちらを見、そしてラピードが立ち上がった。

「どうしたの?」
「わふ」

と、小さく返事をするかのように吠えた。
大概、ラピードはユーリの部屋で寝ることが多い。
大部屋でみんなが寝たときでも部屋のドアの内側で夜を過ごすことが多い。
確かユーリはカロルと相部屋だったかな。

「漏れちゃったとか?」

ユーリもあれから早めに部屋に退散してしまったし。
ラピードは「そのとおり」と言うようにうなずくと鼻先でドアの扉をつついた。

「じゃあ今日は一緒だね」

私はポケットからカギを取り出すと、それを差し込む。
鈍い音を立てて開いた扉。
私よりも先にラピードが部屋に入り、ソファの上を陣とった。
私は腰のホルダーからチャクラムと杖を抜くと、それを部屋の床に投げ捨てた。
そしてベッドに体を投げいれる。

「あーあ……」

洗剤の匂いが残るシーツに体を埋めて小さくため息をついた。
私も彼らのように正直に他人を救えるような人間になりたい。
でも、そんな余裕私にはないのだ。

それは私が逃げる理由・

「やめよう……」

考えるのは。
眠気もあるけども別のことをすれば少しは忘れられるだろうか。
そういえば、と私は自分のバックから紙の束を取る。
それを持つとラピードが隅を空けてくれたソファに腰掛ける。
私の本職のほうの仕事をしようと。
ペンを手に取ると私はその白い面に文字を連ねていく。

「寝ちゃった?」

時折、横で丸まっているラピードの頭を撫でると、気持ちがよさそうに喉を鳴らした。
それを見て思わず笑みがこぼれた。
眠い目を擦りながら膝の上で必死にペンを躍らせた。
その世界に引き込まれれば嫌なことは全て忘れられたから。



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