魔導少女の心境の変化

それは深夜、ユーリはあれからカロルを部屋に送るとリタの様子を見に行くというので私もそれに続いた。
「おとなしくしてろよ」とは言われたけど無理やりでも起きてくるとそれ以上は何も言われなかった。
ユーリは扉を叩くと「入って」とリタの返事が返ってくる。
扉を開けると中心にある、ベッドの上でリタは上体を起こしていた。
その傍らにはエステルがベッドに顔をつけてすやすやと眠りにつくエステル。

「おはよう、リタ」

私が手を振るとリタは目を細めてこちらを見る。

「目が覚めていたか。良かったな」
「エルもね。あんた大丈夫なの?」

私は度肝を抜かれた。
初めて名前を呼ばれた上にリタから声を掛けられるなんて。

「大丈夫じゃないかも」
「そんな風に見えないけどね」

「そう?」と不思議そうに返すとリタもふっと笑い返した。
それがとても珍しくて、自然と笑みがこぼれた。
エステルはベッドの顔をつけてリタの治療に疲れて静かに寝息を立てている。
その緊張感の無い寝顔を見てユーリは腰に手を当てた。

「ったく、あれほど無理をするなって言ったのに」
「分かってたんでしょ?言っても聞かないことくらい」
「ま、な」

私はエステルの横に立つと彼女の寝顔を覗き込む。
きっと幸せな夢を見てるのだろう。
私は肩に手を当てると小さな声で詠唱をする。

「聖なる息吹、其の祝福をここへ。ホーリーブレス」

私がエステルとリタに向けて、治癒術を掛ける。
その光は私たちを包むとだんだんと消えてなくなる。
この術は内の疲れを癒してくれるもの。
時間も掛かるものなので戦闘中はあまり使用しない。

「あんたも無茶すんのね。自分だって怪我してる癖に」
「あぁ、これ?」

私は額の包帯を外すと、額を見せる。
そこには地面に打ち付けた跡はまったくない。

「お前、いつの間に」
「さっき着替えていたときに」

自分で治癒術を掛けた。
エステルに初期治療を行ってもらったものの、傷跡までは消せないらしい。
背中の傷は剣士の恥、額の傷は女の恥(とは言わないけど)だし。

「包帯外し忘れてただけなの」
「まぁ、治癒術って便利だよな」

ユーリが呆れた声を交わらせていった。
リタはそんな私たちの声を無視すると、エステルの寝顔を見えてなんとも言いがたいらしい。

「幸せそうな顔しちゃって……」

リタはしばらく考えてから私たちに聞いた。

「あのさ、エステリーゼってあたしのことどう思ってると思う……ってなんて顔してんのよ」
「いや、その」
「ね」

私たちは顔を見合わせた。
想像もしなかった言葉に引き気味になった私たちを見てリタがじと目でこちらを見る。
先に口を開いたのはユーリだった。

「自分がどう見られてるなんて、気にしないと思ってた」
「……!もういい!あっち行って」

私もユーリと同じことを思った。
魔導器のことを一番に思っていてその研究に一身を注ぐ。
それ以外にはまったく興味あるところを見せなかった。
証拠にリタの故郷のアスピオではすごい変人呼ばわりされてるという。
それでもまったく言い返すこともしなかったリタ。
ユーリはエステルを見、そしてリタを見ると

「術式なんぞよりこいつは難しくないぜ。ま、こいつの顔をみりゃ」
「だね」

と、私がリタを見ると顔を真っ赤にして逸らされた。
その照れ隠しが内心かわいいと思っていた。
よくよく考えるとリタは私よりも年下だし(普段大人っぽいから忘れていた)

するとエステルは小さく息を漏らすとゆっくりと瞼が開かれる。
がばっと体を起こすとリタとじっと目が合う。

「リタ!目が覚めたんですね!」

リタが答えるよりも早く彼女の体をぺたぺたと触り、

「あ、でも油断したらだめですよ。治ったと思ったところが危ないんです」

その言葉はさっきまで疲労で倒れていた本人に言いたい。
リタは私が彼女に治癒術を掛けたこと言おうかとこちらを見るが私は口に手を当ててしっと言った。
そんなこと言ったらエステルは私を心配するに違いない。
体中物色されるのはごめんだし

「エルももう大丈夫なんですか?」
「おかげさまでね」

エステルは左腕の武醒魔導器に手を当てると詠唱をはじめる。
するとリタを包み込む淡い光。

ユーリは隣で頭をかき、リタはエステリの腕を掴むと優しく言った。

「もう大丈夫よ。……あと魔導器を使うフリ、しなくていいわよ」
「え?なんのことです」
「んー……」
「あんたね」

苦笑いをするとエステルに向ける。
驚き、そして戸惑ったように私を見るエステル。

「ばれちゃってるみたいだね」
「え?じゃあエルもまさか」
「そのまさか」

あっさりと言ってみせるとユーリも

「魔導器がなくても治癒術を使えるなんてすげぇよな」
「どうしてそれを」

そのとき、
不意に窓の外から長い影が差した。
それは異様に部屋に広がって私たちの注目を集めた。
広いバルコニーの居たのは竜使いとその竜だった。
彼らは私たちに槍を向ける。
この間とは違うのは彼らの殺気が私たちに向けられていること。
ユーリが瞬時に剣を引き抜いた。
手元に何も持たない私は手の平を向ける。

「あっ!あのバカドラ!」
「リタ!」

飛び上がろうとするリタをエステルはベッドに押さえつける。
ユーリは舌打ちをすると、剣を抜いた。
竜は窓越しから灼熱のブレスを吐いた。
それは風と共に、窓のガラスは粉々になって私たちを襲う。

「堅牢なる加護を!バリアー」

私は咄嗟に結界を張る。
円柱の透明な柱が地面から伸びて私たちの前に降りかかるガラスの破片をはじく。
そして結界が消えた瞬間、ユーリは走り出した。
竜使いは焦る様子もなく、ジャンプして向かう、ユーリの前に槍を人なぎした。
それを受け止めるユーリ。

「蒼破!」

相手の槍をはじくと、今度はユーリが横ぶりに剣をなぎ、衝撃破を発生させる。
しかし、それを軽々と避け宙を舞うと、一瞬で空に飛び上がる。
天窓が邪魔で姿は追えないが、再度攻撃を仕掛けてくることは無かった。
ただ、暗闇に消える一つの影が星に向かっていったのだけは分かった。

「何だったんだ、一体」
「わかんない」

鞘に収めて、空を見、呟くユーリの横で私は同じく、その影を追っていた。

「ただ、今回は確実に私たちを狙ってたね。」

エフミドの丘、ラゴウ執政官邸、そしてカルボクラム、彼らが共通して行っていたのは魔導器の破壊だった。
たびたび、こちらに向かってくることも会ったし魔狩りの剣とも交戦していたが、それはひきつけてくれたものだと思っていた。
人間に直接危害を加えようとしてたとは思えない。

「リタ!大丈夫ですか?」
「――?」

エステルの声が響いて私たちははっと後ろを向いた。
そこにはリタをかばったまま、リタの心配をするエステル。

「あんたって子は……」

どんな状況に置いても自分より他人の心配をしてしまうエステル。
そんな彼女の心が、最近のリタを丸いものに変えたのかも知れない。
私は前にエステルのそんな性格が損だとフレンに言ったことがあるけど、それは間違いだったのかもしれないと最近思うようになっていた。

「やっぱり、違うね」
「どうしたんだよ、いきなり」
「私とエステル」

独り言のつもりだったが、それを拾ったユーリに自嘲気味に答えた。

「そうか?俺は似てると思うけどな」
「そんなことはないよ」

ゆっくりと首を横に振って否定の言葉を繰り返す私にユーリはそれ以上何も言わなかった。



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