体を蝕む悪夢


『だから言ったじゃないですか。彼女は半端者だと』
『満足に力を発揮することもできない。いつまでも子供みたいに世界に引きこもってわけの分からない絵本を書く』

それは男の声だった。
どこかで聞き覚えのある、そして懐かしいようでどこかにくい声だった。
それをまるで私は部屋の壁になったような視点で聞いていた。
私の体は壁と一緒で身動き一つとることすら出来なかった。
それは自分のことを言われているのだろうに、それなのに耳をふさぐことすら出来ない。

『仕方ないじゃない。比べられても』
『『  』様は立派に公務をなさっているというのに』

私の目の前で喋ったのは服屋に居るマネキンに貴族に仕える女中の服を着せたような人物たち。
10数人、わけの分からないことを私の前で繰り返す。

『あぁやって部屋に引きこもって』
『せっかく血をひいているというのに、もったいない』
『ねぇ、『   』さまの部屋に置いてあった日記を見た?』
『あんなのは日記とは言わないわ』
『うそばっかり』
『夢ばっか見て。いつまでも子供じゃいられないって誰か言ってやりなさいよ』

直感だった、それは自分の事を言われていると。

(やめて!)

そう声を発せれば済む話なのに肝心の声が詰まって出てこない。
その間にも彼女らの私を謗る言葉は続く。
昔から、そういわれていたような気がして。
誰かと比べられていたような気がして
誰も見てくれなかった

今の状態と一緒、私は空気と一緒で
埃のような誰にも必要とされない、邪魔な存在だった気がする。
いつも一人だった。

いつも、部屋に一人座って、本を読むか、書くか、それだけだった。

それなのに、どうして、こんなにも思い出すことが全て赤塗りされるのだろうか。
そんな疑問に誰かが答えてくれる前に私は、世界に引き戻された。


「っ……あ……」

やっと、体が動いた。
視界は少し薄暗い、大きく開いた窓から差し込むのは、夕日に染まった赤と、縦に伸びた影の黒だった。
そこで私はベッドの上で横になっているのだと気づいた。
体を少し起こそうと、横に動くと、目じりに溜まった涙が一滴シーツに落ちた。

「おはようさん」
「ゆー、り?」

そして部屋の隅から声が聞こえた。
ベットから少し離れたところに一人がけ用のソファにひじをついて座っていたのはユーリだった。
私は声がすぐに出ずに上半身だけそっちにむけ、少し首を傾けた。

「お前があんな無茶する性格だとは思わなかったわ」
「私?なにした?」
「覚えてないとか言わせないぜ。魔導器に突っ込んでいって爆発に巻き込まれて怪我をしたかと思えば咳き込んで倒れたじゃねぇかよ」
「そうだっけ……」

確か、それで暖かい感覚、たぶんエステルの治癒術をかけてもらったところまでは意識は持っていたのだけど。
ふっと怪我をした額に手を当たれば、ガーゼのようなものが当てられてその上から包帯できつく固定されていた。

「ユーリが此処まで運んでくれたの?ありがと。リタは大丈夫?」
「エステルが看てる。たぶん平気だろ」
「そっか、ユーリにまた迷惑掛けちゃったね」
「それはいいんだけどな。お前、自分のこと分からないのか」
「何で?」

私が首をかしげて返す。
帰ってくる答えは想像できたが、どこまで答えればいいか探るためにわざとそう返した。

「エアルを吸収?してたろ。あと、うなされてた」
「うなされてた……そうだね。嫌な夢を見たの」
「ほぉ」
「こうね、言い返せないのに、ずっと悪口を言われる夢」
「はは、そりゃ最悪だな」
「でも、悪口かな。ほとんどその人たちの言うとおりだったし」

そう、言い返せなかったのは夢の中だけだったからじゃない。
それが事実であればあるほど、人は言い返せないものだから。

「なんか、笑っちゃうね」
「お前、本当に自分のこと分からないのか」

その質問は何度めだろうか。
今までそれはずっとはぐらかしてきたが、今度のユーリの目は有無を言わさない、とても棘のあるものだった。

「そうだよ、分からない。自分の本当の名前も。両親の顔も。そして自分が何者なのかも」
「……」

私の答えを黙って聞いているユーリ。

「私は一応、名の知れた作家らしいけど。それは誰かに与えられた名前じゃない。自分が居ると示すために無理やりでも作ったもので。だから私の本当の名前を知る人も探しても居ないし。私の気持ちを読み取れる人なんて居ないと思っている」
「そうか……」
「ねぇ、私は誰なんだろうね」
「……」

それははっきりとしていなくて分からないけど、たまに見る夢。
夢の中では私はとてもだめな人間だった。
毎日、毎日のっぺらな顔も分からない人たちに悪口やだめだしされて自分の今やりたい事、なぜか今の自分だと笑ってしまうような幼稚な2流の小説ばかり綴っている。

「……変なこといったね。ごめん。ユーリ。今のことは忘れて」
「あぁ……」
「エアルの影響を受けないことだけど。周りは落ち着いたら一度医者に診せて見る。ただの病気かもしれないし」

ユーリは瞳を伏せたまま、何も言わなかった。
私はなるべく気持ちが上に向くように言っている。
それはユーリに向けてではなくきっと私に。

「もう一つ。気づいてると思うけど。私とエステルは魔導器を使わなくていいのは……これはリタに頼んでいるから今に解明してもらえるかな。私だけじゃないって分かったから必ず何か糸口があるはずだし」
「たぶん、エステルも同じこと思ってるな」
「だろうね。ただの特異体質であってほしいけど」

と、私は笑った。
心からの願望だった。
ユーリはなんとも返事が返せず気まずそうに部屋を見渡す。

「カロル?もう入ってきていいと思うよ」
「え?」

扉越しで声が聞こえた。
カロルがこの部屋の前で扉を開けようか迷っていたのは知っていた。
大体、ユーリのエステルの話を切り出してきたところくらいだろうか。
カロルはうつむいたまま重い扉を開ける。

「エル、大丈夫なの?」
「このとおり」
「おい」

私がベットから出ると、ユーリが止めようと立ち上がるがそれを片手で制する。
本当に体のだるさはもう消え去っていて、ただ貧血のせいか立ち上がったときに足もとがふらついただけ。

「どうしたの?カロル」
「んー……」

この部屋に入る前からカロルの元気が無いのは大体察していた。
でなければ、カロルは扉を軽く開けて私たちの話に入ってきただろうから。
カロルはうつむいて自分の握り締めた拳を見つめながら言った。

「どうしようも無いやつだって、思ってるよね」
「カロル?」

それに答えることなく、私は首をかしげた。
ユーリはただ黙ったまま、窓の外から見える星の光を眺めている。

「カルボクラムのことも、今日のことだって……」

カロルの調子はカルボクラムでナンに叱りつけられた時一緒だった。
確かに、今日の昼間の一件、記憶はところどころ飛んでるがカロルは何もしなかった、できなかった。
ただ、怯えてみていただけ。
しかし、それは他の人と一緒の反応だっただけで
リタはあの爆発に巻き込まれて怪我を負ったし、私も無事かといわれれば首を横に振る。
ユーリはカロルを見ると、目を細めて笑った。

「今日はさすがにびびったよな。帝国の騎士団長様もあれにはお手上げだったぜ」

と、おどけたように言う。
確かに、あれが無謀なことだって分かっていた。
もちろん、私もリタの元に行く前に散々立ち止まって余計なことばかり考えていた。
一歩踏み出すことが出来たのは決して勇気というわけじゃなかった。
たぶん、あそこにリタが居なくて誰かが何とかしなくちゃいけない状態。
私しか出来なかったとしても私はあの場所に行ったりはしなかったと思う。
だとしたら私を突き動かした感情というのは一体なんだったんだろうと考えるとそれはきっと友愛だったのかもしれない。
ユーリはカロルの横に立つと

「大の大人だって出来ないことくらい沢山あるんだ」

カロルは私を見る。

「私が出来ないこと……も沢山あるよ」
「ユーリにも?」
「あぁ」
「そう……だね。世の中簡単じゃないよ」

「そういうことだ」とユーリは満足げに頷いた。
カロルはしばらく黙っていたが、強いまなざしでユーリを見上げていった。

「あのさ、ユーリ」
「ん?」
「僕とギルド作らない?」

語尾は遠慮気味だったがカロルの言葉に第三者だった私も驚いた。
ユーリはしばらくカロルを見る。
するといつもの笑みが戻ってくる。

「ギルド、か。そういや、その選択もあったな」
「え?」
「何驚いてるんだよ」

ユーリの意外な言葉にカロルは吃驚したようだ。
カロルもだめもとで言ったのかもしれない。

「だって……やっかいごとはごめんだとか言うと思ってたから」
「はは」

私もそうだ。
旅をしていたユーリは何回もその言葉を漏らしていた。
笑ったユーリを見て、少し安心したのかカロルの顔に表情が戻っていた。
彼は次に私を見ると

「もし良かったらエルもどうかな?」
「私?」
「カロル先生、そりゃ無理な話だろ」
「え?」
「んー……考えとくといいたいところなんだけど。ちょっとね」
「そか、ごめん」

私が言い切ると、こちらもだめもとで声を掛けたのだろう。
カロルは特に肩を落す様子も無い。

「まぁ、大人にもいろいろあるんだよ」

そう、ユーリの言うとおりだ。







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