魔狩りの剣


「俺たちの優しい忠告を無視したのはどこのどいつだ?」

霧が薄くなって向こうに3人の影が映った。
入り口付近で私たちに忠告を残していったナン。
それに緑のフードを目深に被った細身の男。
表情は小さく見えた口元でしか確認できないけど、口は三日月型に笑っており今の状況を楽しんでいるようにしか思えない。
そしてずっしりと構えた大柄の男。
この男だけは知っていた。
魔狩りの剣の首領であるクリント。
その実力だけは折り紙つきだ。
ユーリはエステルをかばう様に前に立ち、体の不調を思わせないように笑うと

「悪いな、こっちにゃ大人しく忠告を聞くような素直な人間はいないんだ」
「なるほど、って。クビになったカロル君もいるじゃねぇか」

隠れるようにユーリの後ろに立つカロルだがエアル酔いが酷いのがその場にも立っていられないようでぺたりと地面に腰を下ろしてしまう。

「エアルに酔ってるのか?そっちはかなり濃いようだね」
「……ちょうどいい」

クリントがはじめて口を開いた。

「そこで大人しくしていろ。こちらの用事はそちらのけだものだけだ」
「大口叩いたからにはペットは最後まで面倒見ろよ。途中で捨てられると迷惑だ」
「ちょっと待ってってば!」

やっぱり魔狩りの剣はこの魔物の討伐を目的としていたか。
普通の魔物であれば止める必要だなんてなかった。
でもなぜか、私はこの魔物に自分の過去を見出せるような気がしていたんだ。
チャクラムを魔狩りの剣の3人に向かって放つ。

「っち!エアルに酔っていないやつもいたか。っててめえ!」

私の顔を見て急に形相を変えるフードの男。
確か前にもこんな風に一もめを起こした記憶がお互い蘇ってきた。

「ティアルエルか!よくもあの時は」
「余所見していていいの?」

私は風の魔術でチャクラムの方角を変えると、それは男を追尾するが相手もかなりの俊敏さを兼ね備えている。
チャクラムはかすっただけで私の手元に帰ってくる。
こんな攻防を繰り返しているにも関わらず、首領クリントの興味は亀のような魔物からは離れないらしい。

「わう!」

そのとき、ラピードが天井を仰いだ。
まるで雹のように天井から瓦礫が部屋一面に降り注いだ。
その中から現れたのはラゴウ執政官邸で現れた全身鉄の鎧で姿を隠した竜使いだった。
竜は人を乗せたまま天井を一回りすると一気に異変を起こした結界魔導器に向かって突き進む。

「あいつ!」

リタの隣を一瞬のうちに駆け抜けると、竜使いの槍が神業のように結界魔導器の中心に位置していた魔核を貫いた。
とたん、魔物を封じていた結界は解ける。
魔物の咆哮とその巨大な足で地面を踏みつけるとその衝撃でエアルの霧が飛ばされはっきりと状況が読み取れるようになった。
エステルとカロルは急に気分が晴れたため、目を丸くしていた。

「ふへ?あれ?……平気です?」
「け、結界が破れたよ」
「逆結界の魔導器が壊れたから当たり前でしょ!んっとに!あのバカドラ!」

と、リタが炎の魔術を竜使いに向かって乱射するがそれはきれいに弧を描かれるようにして避けられる。

まったく無視を決め込み、巨大な亀の魔物と対峙するクリント。
やがて奇妙に笑いを浮かべながらその大剣を抜いて切りかかるがそれは亀の甲羅の部分に当たり乾いた音だけが響いた。
普通の魔物であれば一丁両断するような一撃であるのにそれをものともしない魔物。ただそれは魔物の怒りを駆り立てただけで、さらに魔物が暴れだす。
体が浮かんでしまうくらい地面が浮き沈みする。
しかしそんなクリントの頭上に降りかかるのは空を舞う竜が放った火の息吹だった。

「ぬっ!」

それを大剣で振り払うと、竜使いは魔狩りの剣に向けて槍を向ける。

「ほう?」
「まず、オレを倒せって事らしいぜ!面白いじゃねえか!」

と、声を上げるフードの男。
宙に浮き上がる竜。
それを追って壁を垂直に駆け上がるフードの男。
ナンもブーメランを抜くと竜使いに向かって投げつける。
魔狩りの剣の標的は完全に竜使いに切り替わっていた。

「おいおい。ペットの保護はどうしたんだよ」

そして、魔物の標的もユーリたちに変わっていた。
というより、魔物が見ていたのはユーリの隣で腰を抜かしていたエステルと私だった。
そして魔物は私たちに向けて地響きを上げながら踏み出した。

「はは、やべ。足震えてら」

とても私たちが勝てるような魔物ではないのは明白だった。
その巨大な足で踏みつけられたらそれだけで終わってしまいそうだった。
そんな魔物と戦う上で一番最初に立ち上がったのはユーリだった。
そして私が続いた。
恐怖が無かったわけじゃない。
ただ、自分を守るためには戦わないといけない。
自分を知るためにはこの魔物を鎮めないといけないと分かっていたから。
それだけが私の勇気を奮い立たせた。

「なら隠れていればいいんじゃない?」
「冗談だろ?お前はいいのか」
「じっとしていてほしいだけなの。それに私ぺしゃんこになりたくないしね」

そう軽口を交わした私たちは最後に顔を合わせると笑いあった。
それを合図にユーリは地面を蹴った。
ユーリは魔物に切りかかるとやはりその岩のように強固な甲羅に阻まれてしまう。
私のチャクラムも同様、弾かれるだけだろう。
ユーリが前衛として守ってくれるならば、私は強力な魔法の詠唱に入ることにする。

しかし、その間も決して術をゆっくりと唱えられたわけじゃない。
魔物が体を揺さぶるたびに部屋全体が揺れて頭上から瓦礫が降ってくる。
それを避ける度に魔術が中断されて完成しない。

「っ!ユーリ大丈夫?」
魔物の足がユーリを踏みつけようと襲った。
それをすんでの距離で避けるユーリ。
平気だとこちらを笑う。
そのとき油断していたのだろう。
まるで銃弾のように魔物が蹴った柱の瓦礫がこちらに向かって放たれる。
避ける間はなく、どうすることも出来ないと思ったとき、

「わう!」
「ラピード!」

ラピードの剣がその弾丸をはじき落した。
なんというかラピードは本当にヒーローというか良いところ取りをする。
しかし魔物から守ってくれている。
私はすぐさま体制を立て直すと術の詠唱を再開させる。

「星の瞬き、無数の煌きよ、闇を浄化する光となせ、レイ!」

光が収束した線が足元から魔物の足元から突きあがる。
それは魔物に当たることなく宙に向かって消えていくがいくらかの牽制になったらしい。
ぴたりと魔物の動きが止まった。
そしてゆっくりと体を後退させて振り向くと部屋の置くにあいた大きな空洞に逃げ込もうとする。

「こら待て!」

追いついてきたリタが魔術で阻もうとするがユーリがそれを止めた。
これ以上、実力差のあるあの魔物と戦ってもこちらが危ないだけ。止める理由も無い。

「お前はいいのか?」
「いいよ。別に」

ユーリが私の気持ちを察してか小さく声を掛けるが私は短く返した。

「よくよく考えると私、魔物と喋れないし」
「そうか」

もし、彼が人間の言葉を喋ってくれるならという願望はまるで夢のような話だし。
よくよく見ると魔狩りの剣とそしてあの竜使いの姿は消えていた。
おそらく竜使いはラゴウ邸の時のようにうまく逃げおおせたのだろう。
それを追って魔狩りの剣もこの建物から姿を消したということだろう。

「がきんちょは?」

あたりを見渡したリタが一人欠けていることに気がついた。
私も魔物と戦闘を始めたころからカロルの姿を見かけていない。

「先に外に出たんだろ。俺たちも退くぞ」
「はーい」

おそらくカロルの事だから先に逃げおおせていることだろう。
無理もない、あんな大きなそれこそ怪物と戦う羽目になるなんて誰が想像したことだろうか。
実際、私も彼らが居なかったらすぐに逃げていただろうから。
部屋を出て階段を駆け上がる。
その間でもリタは「バカドラを殴りたかった!」とよく分からない後悔の言葉ばかり繰り返していた。


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