封印されしもの
「カロル大丈夫?」
「え?あ、うん」
あのナンという少女に振られて……もといギルドのクビ通告を言い渡されてからのカロルの足取りはとても重かった。
私たちは街を物色(魔核の手がかりを捜す)ユーリたちをもと結界魔導器が設置されていた家屋の近くで帰りを待っていた。
カロル・カペル。
ダングレストではちょっとした有名人だったのをたったさっき思い出した。
臆病者だとか、ギルドを転々としていると噂では聞いた。
カロルは魔物と向かいあうだけの器量がまだ無いのだろう。
それなのに無理をしてギルドにいるのだろうか。
「ねぇ、カロル」
「なに……?」
徹夜したわけでもなく、目の下が真っ黒になっているよ。
「その、無理していギルドにいるんじゃないの?」
「無理?無理なんかしていないよ」
「だって魔狩りの剣って魔物を討伐の専門ギルドでしょ?カロル得意なの?」
「得意ってわけじゃな……。あ、僕これでもエースだったんだから」
その設定ははじめから私たちには通用していないけども。
それこそが無理なんじゃないかな。
「ふーん、じゃあなんでギルドにいるの?」
「なんでって。それは」
と、下を向くカロル。
聞いてはいけない深い事情だろうかと思っていたらカロルの頬が紅に染まっている。
耳まで真っ赤にしたカロルのそれは答えを物語っていた。
「もしかして、ね?」
「そ、そんなの言えるけないよ!」
「優しいカロルのことだから魔物に困っている人を助けたいんだよね」
「そ、そうだね」
「うん、そうだよ」と自分に言い聞かせるカロル。
微笑ましいな、うん。
しかし、カロルはこれから一人で大丈夫なのだろうかと声を掛けたとき、ユーリたちがこちらに戻ってくる。
その表情は疲労感が見え隠れするから吉報は望めないだろう。
「だめね。こっちにも人がいた形跡すらないわ」
「カロル?どうかしましたか?顔が赤いですよ?」
「え?」
「風邪か?」
「え?あ。違うよ」
エステルがカロルの額に手を当てるエステル。
私は黙したままそれを見守っていると。
「あんまりカロル先生をいじめてやるな」
「そう?」
「馬鹿っぽい」
と、一言落したリタ。
その足はすでに新しい目的地へと向かっていた。
「あとはここね」
「うーん」
結界装置が置かれていたこのカルボクラムの魔導器の研究施設。
もし魔核を隠しているならば仲間内でも分かりやすい此処のほかにはもう探すだけ時間の無駄だろう。
それに雨も降ってきたし、カロルと同じで風邪を引きたくない。
その研究施設をくまなく探索すると地下へと続く階段が現れた。
螺旋階段になっていて、地下には何かの魔導器が生きているのだろう。
ぼんやりとした明かりが下から見えるということは地下ではなんらかの魔導器が生きているのだろうか。
踏み外さないように足を気にながら階段を下りると埃を踏みつけた足跡が見える。
「誰かが此処を通ったのかな」
「紅い絆傭兵団か?」
「さぁ?さっきの魔狩りの剣かもしれないし」
「あいつら、こんなところで何をしているんだ?」
「さぁ……。魔物を倒しにだろうけど。っと、エステル?どうかした?」
「いえ、なにも」
と、後ろを振り向くと映ったのは顔色が真っ青なエステルの顔がった。
額からは汗がにじみ出ていて体が重いのだろう。
「な、なんだろう。さっきから気持ち悪い」「鈍感なあんたでも感じるの?」
「鈍感は余計ってていうかリタ?」
階段を下っていくと生暖かい風が下から吹き上げた。
それはとても重くてまるで煙を吸っているようだった。
ガス?と考えたけどもこんな地下で有毒なものが発生しているとは思えない。
仲間の姿を見渡すと、ユーリまでもが肩を上げ下げして呼吸を繰り返している。
「まさか、みんな揃って風邪とか?」
「んなわけないだろ。というかお前は大丈夫なのかよ?」
「私?」
先を開ける扉に手を掛けながら振り向く。
むしろ体が冷え切っているからこのぬるさは気持ちのいいくらいだ。
確かに体に何か溜まっていく感じはするけどそれは体を一巡りしてつま先から抜けていく。
「なんともないけど」
扉を開けるとそこは廊下のようだった。
細い道にさらに同じ扉が見える。
ただ違うのは異様な光。
足元には蛍のような光がふわふわと浮いている。
「これ……エアル?」
「え?エアルって目に見えるの?」
普通のエアルは空気中に溶け込んでいて無味無臭、透明だ。
エアルは人間が生きていくうえでもっとも重要なエネルギーである。
そういう話は私よりも専門の魔導師のリタのほうが断然詳しいだろう。
「ついでに言うと濃いエアルは生体にはよくない」
「どうする?引き返す?」
私が聞き返すとエステルが首を横に振った。
それにしても高濃度のエアルが体に悪いとはどっかで聞いていたけど私はそれをまったく感じなかった。
ユーリたちは立っているのも辛そうなのに。
リタの言うとおり鈍感なのだろうか。
それとも?そんな体質なのだろうか。
「とりあえず、いくよ?」
「あぁ」
重い扉を全体重をかけて押す。
中は大広間のようで、その大きさは暗くてよく確認できないけども前に見た闘技場ほどはあるだろう。
そこの中央に浮く、魔導器。
それは結界魔導器ようで、水をためた盆のように魔物を捕らえている。
捕らわれている魔物は家のように大きな亀のような形をしていた。
「……あれ?エフミドやカプワ・ノールの子に似てる?」
「魔導器?と」
「壊れてるのかな」
「魔導器が壊れたらエアルの補給の機能は止まるの。こんな風にはならない」
「あれ……機能しているの?」
「わかんない。あの子何をしているの?」
その魔導器からは蛍光色のエアルが小さな竜巻のように渦巻いている。
結界の中には水がためられていて、ただの魔導器ではないことは分かる。
それは普通の魔導器では起こりえない現象だった。
確かに、魔導器を動かすためにはエアルは必要で、この場にエアルがあることはおかしくない。
しかしこの量は異常すぎる。
目に見えるほどの体の異常をきたすエアル。
街中でも決してこんなエアルが集まることはない。
「あれ?大丈夫なの?」
中の巨大な魔物は体を揺らして結界の膜を破ろうと抵抗を始める。
その巨体がぶつかるたびに地響きが建物全体に伝わっている。
「大丈夫、あれは逆結界だから」
「逆結界?」
「魔物を閉じ込めるための強力な結界よ。簡単には出てこれない……でも」
「このエアル。あの結界魔導器が集めてるってこと?」
魔導器の暴走と言っていいだろう。
結界魔導器から過度に放出されるエアルはユーリたちの体を蝕み、エステルとカロルは立ち上がることすらままならない。
そんな中、飛び出そうとしたのはリタだった。
「待っててね、今直してあげるから」
よろよろと立ち上がり結界の傍に寄ろうと必死に言いかけるリタ。
私はそんな彼女を支えようと私は立ち上がったときだった。
背筋にぞくりと悪寒を感じた。
何者かの視線が自分に突き刺さった。
ゆっくりとその方角を振り返るとそこにはあの大きな魔物が目を細めてこちらをじっと見ていた。
『エンテレ……ケイヤ?』
「っ……」
それは自分の口から不意に漏れた言葉だった。
しかし直感したのはそれは言わされたようで気持ち悪い。
もう一度、巨大な魔物を視界に捉えたとき
すっと体から力が抜けて視界が色をなくして真っ白になる。
体が放り出されるような感覚がした後、急に色を持った。
一面に広がったのは夕日でもない、赤薔薇でもない
真っ赤な血のような紅の色だった。
「っ」
「おい、エルどうしたんだ?」
ユーリの声がとても遠くに聞こえた。
それはまるでガラスの壁に隔たれたように
私は一瞬自分を見失っていたと思う。
そんな時、ラピードが頭を上げて吠えた。
エアルの霧に隠れてリタに向けられて放たれたのは数本のクナイのようなものだった。
咄嗟に私はリタを突き飛ばし、標的を失ったクナイは地面に突き刺さる。
そのときやっと私はこっちの世界に帰ってこれた。