亡き都市カルボクラム
「まるで廃墟だな」
そう呟いたユーリの一言は何も呼応しない、この場所に響いて消えた。
亡き都市カルボクラム。そう呼ばれるようになってからずいぶんと経つらしい。
そのせいでこの土地に住む人間はみんな移り住み、放棄されている。
地面にはその大地震の名残か、ひびが入り植物のつたが縦横無尽に張り巡らされている。
私も紅い絆傭兵団の手がかりが無いのであればこんな場所にはきたくは無かった。
「またいい加減な情報を掴まされたかな」
「また?」
「こっちの話」
と、いうユーリの今更な発言は忘れることにしよう。
先に進む、といってもどこに行けばいいのだろうか。
前といっても崩れかけた廃屋だけだし……きょろきょろと捜していたところだった。
「そこで止まれ!当地区は我ら魔狩りの剣により完全封鎖中にある!」
「この声」
幼い声だった。
鋭い印象もある少女の声。
それを聞いていち早く反応したのはカロル。
「これは無力な部外者に被害を及ぼさないため措置だ」
私たちから斜め後ろの廃屋の屋根でその声の主はたたずんでいた。茶色の髪をぼんぼんがついたゴミでまとめている。
動きやすい黒い装束に背中にはその華奢な体系には見合わない刃がついた巨大なブーメランらしい武器を挿している。
「ナン!」
カロルが満面な笑みで少女の名を呼んだ時、少女の表情がとても不機嫌なものに変わった。
そこでやっと思い出した、ギルドである意味有名なカロルの名前。
それは彼が自称していたギルドのエースなんてものではなかった。
「良かった。やっと追いついたよ」
「どちらさんだ?」
「ほら、前で言っていた。アスピオで。カロルの想い人じゃないですか?」
「そういう関係なのかね」
エステルの想い人って考えは間違えじゃなさそうだけど、それはカロルが一方的なものに思える。
その証拠がさっきのカロルを見たときの冷たい目。
「首領やティソンも一緒?僕が居なくても大丈夫だった?」
「なれなれしく話しかけてこないで」
「冷たいな。少しはぐれただけなのに」
「少しはぐれた?」
カロルのその一言。
ナンと呼ばれた少女の瞳がカロルを軽蔑するまなざしに変わる。
そしてより一層、その声も怒りを混ぜたものに変わった。
「よくそんな嘘が言える、逃げ出したくせに」
「に、逃げ出したりなんかしてないよ!」
「まだ言い訳をするの?」
「言い訳じゃない。ちゃんとエッグベアを倒したんだ!」
「それも嘘ね」
私はその横で「エッグベアって?」と小さくユーリに問うと「いろいろあったんだ」とだけ返される。
短く返事をすると再びその痴話喧嘩……そのやり取りを見守ることにする。
その中でどうも私たちに余計なことは聞かせたくないらしいカロルの節が見られてナンはそのことにも少し腹を立てていたのだろう。
「ほ、ほんとだよ!」
「せっかく魔狩りの剣に誘ってあげたのに。今度は逃げないって言ったのはどこの誰よ!昔からいっつもそう。すぐに逃げ出して!どこのギルドからも追い出され――」
「わぁぁぁぁぁぁあぁぁ!」
カロルの大きな叫び声がナンの言葉をさえぎった。
話をさえぎられたナンは不機嫌そうに顔をゆがめ、私たちの姿を目視した。
「あんた」
「私?」
それは私に向けられた言葉だろうか。
「あんたティアルエルね。師匠が言っていた」
「師匠ってまさかティソン?」
「言っていたわ。あんたのせいで危うく騎士団に捕まりそうになったって!」
「何の話だ?」
「昔ちょっとね」
ナンに向けられたのは確かな敵意だった。
私は大きくため息をつくといたって平静を保ちながら言った。
「あなたたちは魔物の討伐ギルドでしょ?なのに街の近くに魔物をおびき寄せて一般人に危害を加えそうになった。それはギルドとしてどうなの?」
「知らないわ!作戦として必要だったのよ」
それ以上言ったって言葉のぶつけあい。
無意味だろう。
ナンが一方的にその作戦とやらを話すけど、わざとそれを無視をした。
顔を真っ赤にしながら怒ったナンは。
「とにかく、あんたは絶対入ってこないでよ」
「……」
「そして!」
と、カロルに再び向き合うと迷いなく残酷な一言を浴びせた。
「あんたはもうクビよ!」
「待ってよ!」
カロルの呼びかけはまったく聞こえてないらしい。
ナンは腰のブーメランを抜き私たちに向けると
「魔狩りの剣より警告する!速やかに当地区より立ち去れ!従わぬ場合我々はあなた方の命の保障はしない!」
「ナン!」
カロルの呼びかけに何か言い返そうとも考えたんだろう。
ナンは一瞬動きを止めるが、そのまま別の屋根に飛び移るとその姿はすぐに捉えられなくなった。
呆然とそれを見ているカロル。
なんとも気まずい空気が流れていた。
ギルドの人間であれば、いや普通に働いている人間であってもクビは最大級の不名誉だろう。
それも想い人、カロルが言うのは幼馴染からそれを宣告されるなんて。
エステルもどうやってカロルに声を掛けていいか分からず、「えっと」っと言葉を濁している。
「それにしてもどうして魔狩りの剣とやらが此処に居るんだろうな」
「さあね」
「まぁ、魔狩りの剣は魔物の討伐専門ギルドだからその関係だろうけど」
此処の結界は地震で倒壊した際に別の街に持ち出されたとどこかの文献で呼んだ記憶がある。
なので街の中には魔物が住み放題の荒し放題。
しかし、こんな人の住んでいない土地の魔物の討伐をしたって一銭の得にもならない。
「ちょっと待ってくださいリタ」
「何?」
「忠告を忘れたんですか?」
と、歩き出したリタを止めるエステル。
いつもどおりの無気力な声でさらりと言いのけるリタ。
「入っちゃだめとは言ってなかったでしょ?」
「で、でも命の保障はしないって」
「あたしがあんな餓鬼になんかされるとでも?」
「で、でも」
「ま、ともかく。あっちにも事情があるだろうがこっちもそれは同じだ。赤い絆傭兵団が居るかどうかは確認しておかないとな」
ユーリは後ろを何度か振り返りながら言った。
後ろではカロルが下を向いたまま、本当にただついてきていた。