誰だって怖い




向ける先を失った憤りを石壁にぶつけると、手に痛みが全て返ってきた。
それはまるで、俺が今まで投げ出してきたものの代償だといわんばかりに。

「ったく、痛いところつきやがって。何も変わってねぇのはオレだって分かってる」

騎士団を辞めたときは騎士団にいても何も変わらないと思った。
それだったら自分の中の物を守っていたほうがまだ自分の守るためにもいいと思い込んでいた。
しかし、自分がいくら騎士団から下町の連中を守ったとしても厳しい取立てが無くなるわけじゃない。
市民が貴族たちにこき使われることが無くなるわけじゃない。
騎士団たちが市民を魔物から守るために剣を振るってくれるわけじゃない。

だからって今俺に何が出来る?
どうやったらこの世から不平等を消すことが出来る?

「ねぇ、ユーリ。何暇そうにしてるの?」
「おま……いつの間に」

いつの間に近づいてきたんだよ、エル。
足音もまったくせず、声を掛けられるまで気づかなかった。
いつもの笑みはどっかに消えており、きゅっと唇をかみ締めた。

「嫌だね、こういうの」
「そうだな」
「だからってふてくされて出て行っちゃうのどうかと思うけどねー」
「ふてくされてなんてねぇよ」
「でも眉間に皴がよってるよ?」

と自分の眉間に手を当てて言う。
確かに気分が悪かったのは本当だ。
いくら平静を装っていても、それはあくまで自分を治めることしか出来ない。
こいつの特技か何か知らないけど、人の本音を引き出すのがうまい。
言いたいことはずばりといってしまうキツイ性格というわけじゃない。
それでも心の中に秘めていることを言わない。
本当につかみどころの無い性格をしている。

「ユーリもエステルとカロルに立派なこと言うなら自立しないとね」
「そうだな」
「例えば、ちゃんと定職についてとか?」
「おい」
「自分のマイホームを持って、あと貯金も始めないと」
「おい」
「冗談だって」

あははと奇妙な笑い方をした。
本当にこいつは俺とまじめな話をするために来たのかよ。

「ねぇ、ユーリ」
「なんだよ」
「私の知り合いに。偉い人がいるの」
「ほー」
「体が大きくて態度も大きくて、他人を顎で使って。あーあと声も大きいのよ」
「どんなやつだよ」

まさかそれが父親とか言わないだろうな、こいつ。

「でも自分の芯もしっかり持っている人よ?その人は私に言うの。自分の足で歩けってね」
「……」
「私はユーリたちと違って帝国が嫌いだとかそういうことはないよ。でもそんな私だって誰かが目の前で苦しんでだりしたらね?人は思っているよりも単純だから誰かが嫌いだと言い出したら自分も嫌いになる。でも逆もしかりでしょ?」
「要するに?」
「一人の意識が変われば変わるものだよ。いい方向にも悪い方向にも。だからそんな風に背中を向けてもよくないよって事」
「一人の意識が全部変えるか?」
「そうかもね」

と言って、俺の服の裾を引っ張る。
それは早く行こうと急かすように。

「止まってる時間も無駄だよ。前に進まなきゃ。私が不安になって仕方ないの」
「不安?」
「分からないけど。私もユーリと同じかな。止まってるの。前に進もうとしてるけど。自分が分からなくて怖い」
「お前……」

なんつぅか、本当に心の壁が高いやつなんだ、こいつは。
自分をさらけ出すことをするときは自分の弱い部分を見せているのと一緒だ。

「自分が分からない」

と言葉を漏らす。
うすうす勘付いていた。
誰よりも博識だが、どこか垢と常識が抜けていて
そして時折、何かに追われ怯えて泣いているような表情を浮かべる。
俺の性格が災いしているのかそれとも?
心配で仕方ないんだ、こいつが一人でいるのが。

「お前、俺たちについてくるんだろ」
「うん。私も気になるの。その魔核泥棒」
「そうか。よかった」
「え?何が?」
「いんや、こっちの話」

いくらこいつが詮索するなと距離を置いていたとしても、こいつの事が気になって仕方無いんだ。
こんな性分じゃないのにな。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -