何も変わらない



「あーあ……」
「だから悪かったって」

本当に反省しているの?とじっと問えば「してるよ」と短く返された。
ここはカプワ・トリムの宿屋。
らしい。

「まさかカナヅチだとは思わなかったんだよ」
「へー」

いまだ濡れている髪をタオルでくるみ、体には厚手の毛布をくるませている。
船の駄々をこねる私をリタの蹴りが直撃してそのまま海にダイブした。
私は昔から水が苦手というわけじゃなくて全く泳げない。
昔、ある人と船旅をしたことがあるが、豪快に背中を叩かれて海に叩き落されたとき。
危うく死に掛けたときだってある。

「とにかく生きててよかったな」
「ユーリ」
「なんだよ」
「助けてくれてありがと」
「何の話だよ。お前の処置をしたのはソディア」
「素直じゃないんだね」
「あ?」
「そのソディアが言ってたんだよ。ユーリがねって」
「あいつがね」

ユーリが海に沈んでいく私を無理して引き上げてくれたと。
ユーリに助けられたのはこれで2度目だろうか。
いや、私が助けたほうが多いかもしれないけど。

「それにしてもヨーデルが軟禁されてたのがあの船だとは……」
「あ?あの子供か」

まさか、本当にヨーデル殿下があんな場所に居るとは思わなかった。
しかも聞く話では火薬が乗っていた船に拘束されていたなんて。
想像が出来たのはヨーデル殿下を事故と見せかけて暗殺を企てていたとか。

「っと、これから向こうで大切な話があるみたいだからな」
「私もいく」
「体はもう平気なのか?」
「平気よ。着替えるから先に行っていて」
「はいはい」

と、ユーリが行ったのを確認して私はベットから体を起こした。
まだかすかに寒気はするがそんなの気にしている場合じゃない。
私は大きめなシャツを自分のワンピースとかえると、バックの中にあった、密書を手に取った。
外の木箱は水を吸っていて色が赤く変色していたけど、中身は無事のようで安心した。
これを渡せば私の請け負った仕事はそこでおしまい。
しかし、私はラゴウの一言が気になって仕方ない。

私の武醒魔導器を見てあの反応。
まるで私以上に知っているようだった。
このイヤリングが自分のことを知る一番の近道だろうと思っている。
もしその答えを知っているならば問いただしたい。
そして今、ラゴウに接触するために追うべきは紅い絆の傭兵団だろう。

私は皺がつくほどコートを握り締めるとそれを靡かせて羽織った。

「また、嫌なメンバーが揃ってるね」
「お、遅かったな」

みなが揃っているという宿屋の一室の扉を叩くと、そこにはユーリたち一行、そしてフレンたち騎士団。
そして助け出されたヨーデル。
そして居てはいけないメンバーである。

「ラゴウ」

小さく呟いた一言。
にやりと笑った小心者の悪漢。
私たちの目の前から逃げおおせたはずのカプワ・ノールの執政官ラゴウだった。

「おや?どこかでお会いしましたかね?」

私が名を呼び、ラゴウを知ったりと睨みつけるとラゴウは私たちをまるで知らない、初対面の人間であるように振舞った。
そんなラゴウの様子を見てユーリは冗談交じりに言うが顔は笑っていない。

「船での事件がショックで都合のいい記憶喪失か?いい治療術師、紹介するぜ」
「はて?記憶喪失も何もあなたと会うのはこれで初めてですよ」

ユーリが私たちをさすが、お役目ごめんさせていただく。ぐっと拳を握り締めた。
息が詰まった。
あれだけの事をしておきながらしらを切るなんてなんて姑息で汚いのだろう。
もう私はこのラゴウを人間だなんて認めない。

「執政官、あなたの罪は明白です。彼らがその一部始終を見ているのですから」

フレンはいたって穏やかにフレンに向かって言った。
その心中は決して落ち着いてなどいないだろうに。
じっと、しかし激しい炎を瞳の中に宿している。

「何度も申し上げたとおり、名前を騙った何者かが私を陥れようとしたのです。いやはや迷惑な話です」

ラゴウはそういってせせら笑い、 そして困ったように肩をすくめた。

「うそ言うな!魔物の餌にされた人たちを、あたしはこの目で見たのよ!」

声を荒げて叫ぶリタ。

「さぁ、フレン殿。貴公はこのならず者と評議会の私とどちらを信じるのです?」
「この期に及んで……」

フレンは何も答えなかった。
そんな私の腹は煮えくり返っていた。
それは、ラゴウ執政官にもそれは何も答えないフレンに、何もできない私にも。
手に跡で出来るほど杖を握り締めていた。
出来れば今、この瞬間刃をつきたててラゴウを滅してやりたかったくらいだった。
ラゴウの罪は明白であるのに、その罪を追及できないその悔さ、むなしさ。

その心情をこの中の全員は察し取れていて私たちはただ黙ってそれを見ていた。

「決まりましたな。では失礼します」

まるで勝ち誇ったようにラゴウは言い残して、腕を組んで一礼し、部屋を後にしたラゴウ。
部屋の空気はまるで冷え切っていた。
私の横を通るとき、私の魔導器を値踏みするような瞳で見ていた。
ぎゅっと口を結ぶと、口の中で鉄の味がした。



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