炎燃え上がる船


エルは今までに無い気迫のある瞳をしている。
しかし、その反面その奥に映るのはどこか冷めた目をしている。
ザギを目で追うと傷をかばいながらも剣を拾い、そして背中を見せることなく、海に飛び込んだ。
水しぶきを上げ、小さな波が船を襲う。
出来れば、もう二度と来てほしくは無い。
というか、なんで俺があんなやつに気に入られなきゃならない。

エルはそれを見届けると、ゆっくりと甲板を歩いていき、自分のチャクラムを拾い上げた。

その瞬間だった。

船のマストの方角と、そして地下からすさまじい爆発音と、そして黒煙が上がる。

「うぁ」
「あぶね!」

床に倒れたエルを起き上がらせて、やっと事態に体が読み込んできた。
あの腐れ執政官、何があっても火薬か何か仕込んでいたか。
そして、傾いていく船体。

「ちょ!なにこれ」

カロルは何とか武器を突き立て支えに立っている。
エステルたちこのままでは煙に焚かれて死ぬか、柱が揺れてくるか。

「海に逃げろ!」

それが一番得策だろう。此処からならば陸が見えているので泳いで渡ることも可能だろう。
エステルとカロル、リタは海に飛び込むために走るがエルだけがそのまま動かず固まっている。

「何やってるんだよ!」
「わ、私は」
「早くしろ!」

こんな事態にビビッているわけじゃないだろ。
悠長に話している暇もない。
抵抗をするエルの手首を無理やり引き、エステルたちの元に連れて行く。

「げほっ!げほっ!……誰かいるんですか?」
「っち」
「ユーリ!?」

エルの背中を押し、リタに預けると俺は確かに少年の声がした船室へと走った。

遠くで自分の名を呼ぶ声がしたが、振り向いてる間もない。
今ほど、自分の性格を呪ったことはない。
エステルやエルには他人を放っておけない病を治しておけといったくせに
一番自分が医者にでもかかっておいた方がいい気がする。
船室は赤とそして白煙で満たされていた。
汗をもすぐに蒸発してしまいそうなくらい火の燃え広がった船室のベットに横たわる少年。
フレンと同じ金髪にそして貴族のようなフリルがついたシャツなど身なりのよい服装。

「何やってんだよ」

それは自分には果てには少年に言ったかは分からない。
少年は木の椅子に手足を縛られて座らされていた。
剣を抜き、細い手足を縛る拘束具を切り落とすと、少年の肩を抱いて船室を出た。
船は45度傾いていてもう人が立っていられない状態だった。
甲板には人の影がない。
あいつらはうまく、海に飛び込んだらしい。
と、安心もつかの間、爆風が巻き起こり体が船から吹っ飛んだ。

海に落ちると、二人分の体重のせいか浮き上がるのも一苦労だった。
仲間の声が聞こえ、それを頼りに少年を両手に抱き、足を必死に動かした。

「ユーリ!」

浮き上がると無傷な仲間たちの姿があった。

「ひー。しょっぺーな。たいぶ飲んじまった」

と、口から塩水を吐き出す。
口の中が塩辛くて仕方ない。
目もたいぶしみていて、きっと赤く充血してるだろう。

「ユーリ!大変なんです?」
「あ?」

よく視界は確かではないが、ただならぬ様子のエステルの声。

「エルがいないんです!」
「あたしが、嫌がるあの子を無理やり海につきおとしたんだけど」
「なんだって?」


俺はカロルに抱いていた少年を預ける。

「ちょっと誰なのよ、その子」
「そんなこといってる場合じゃねぇだろ」
「ユーリ!」

息を深く吸うと、再び海に体を沈める。
必死に足を動かして海の底に向かっていくと、白いものが視界に入ってきた。
それはまるで羽のように広がってなびいていた。
ゆっくりとしずんで行く体はまるで海の中を飛んでいるようだった。

それは紛れも無い、ティアルエルの姿だった。

(こんなときに俺は何を考えてるんだよ)

それは言葉になりそうで、ならない。
泡になって一言。
おぼれていく、少女を見てまるで天使のように綺麗と思ってしまったなんて。

手を伸ばして掴むと、それをぐいっと強く掴んで引き寄せる。
瞳は硬く閉ざされていて、唇はいつもと対照的なくらい青かった。
腰を抱くと、そのまま地上に向かって足と手を動かした。
光の映る輪に向かって一直線に向かった。

「ユーリ!よかった」
「あぁ、しかしまずいな」

引き上げた、エルの顔は真っ青でいくら揺らしてもまったく起きる気配は無い。
顔ざめた顔、色の無い頬をぺちぺちとはたいても色は戻らない。

「まずいな、ここじゃあ」
「助かった!船だよ」

カロルの言葉の、確かに大型の船が一隻、こちらのほうに向かってくる。
帝国の紋章がマストに描かれている。
大きく、手を振りこちらを見る親友。
やはり手回しがいいなと、親友の仕事の速さに感動すら覚えた。

「どうやら平気みたいだな。っ!ヨーデル様」

まるで招かれざる客であろう、少年の姿を捉えたフレンが驚いた様子だ。

「それにエルは?今引き上げます。ソディア。手伝ってくれ」
「はい!」

小さな小船がこちらに向かってくる。
フレンとソディアを乗せた小型の船がこちらにつくと浮きえを投げ込み、それにつかまる。
引き上げると、まず船で拾った少年ヨーデルをフレンが応急処置をし、エルの処置を猫目の女性騎士ソディアが行った。

確かに俺も騎士団にいたころは海難救助の勉強はしたこともなかったが、その知識は今じゃすっかり抜けている。
そういう豆なところまで復習している親友と、その部下は本当にまじめな性格をしていると思う。

「大丈夫なのか?」

船に運ばれて、他の騎士団に別室に連れてかれたエルの事は何も聞かされなかった。
フレンを引きとめ、問うといつもの引き締まった顔で「大丈夫だろう」と返される。

「命に別状はないようだよ。それにしても」
「なんだ?」
「いや、こちらの事はトリム港についたら説明をするよ」
「そうか、納得の行くようにといいたいところだがそれも無理なんだろうな」
「分からない」

執政官を失脚できるような証拠は全部灰になって消えてしまったのだ。
これからどちらに転ぶか、分からない。
フレンのそんなところなのだろう。

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