執政官の素顔

重い体を引き摺ってやっとこの地下牢獄を抜けた。
階段を上がるさなか、数十匹に魔物にも襲われた。
エステルの手を握って離さないポニーが生き残れたのは奇跡と言ってもいい。
明かりが少し、漏れた部屋に着くと、そこにはこちらとそして向こうを分けるあからさまな鉄格子だった。
突破することは私たちにとってはたやすかった。
そのため、私が無言で術式を書こうとした時だった。

「はて、これはどうしたことか、おいしい餌が増えてますね」

光差す、階段から降りてきたのは年配の男だった。
白いひげを携え、特徴的な場所にホクロ。
そして、細いフレームの眼鏡。
着ている服も絹で出来ていて、銀の装飾。
それは一般の市民では到底買えるものではない。
そして、他人を見下す、いやらしい目つき。
この場にいる誰もが察した。
この男がラゴウ執政官他ならない。

「あんたがラゴウさん?随分と胸糞悪い趣味をお持ちじゃねぇか」

そう、皮肉をこめてユーリが言うと、くっと口角を上げて言う、ラゴウ。

「趣味?あぁ、地下室のことですか?これは私のような高雅な者にしか理解できない楽しみですよ。評議会の小心どもときたら退屈な駆け引きばかりで私を楽しませてくれませんからね。その退屈を平民で紛らわすのは私のような選ばれた人間の特権というものでしょ?」

なにが特権か。
自分が特別な人間だと?
力の無いものから搾取し、おかしな性癖の持ち主でしかないではないか。
そんな男の享楽に付き合わされて殺された人間の無念が私たちが通ってきた道から聞こえてくるようだった。

「まさか、ただそれだけの理由でこんなことを……?」
「さて、リブガロを連れて帰ってくるとしますか。これだけ獲物が増えたなら面白い見世物になります。ま、それまで生きていればですが」

この男、人間だけではなく魔物同士も戦わせていたのだろう。
だからあんなにもリブガロは傷ついていたのだろう。

「リブガロなら探しても無駄だぜ。オレらがやっちまったからな」
「……なんですって?」

ラゴウの顔がら笑みが消えた。
だからって焦っていたわけではない。
ラゴウがリブガロをどこかから買って野に放したというなら、角を失ったリブガロは市民の標的にもならない。

「聞いてなかったか?オレらが倒したって言ったんだよ」
「くっ、なんということを」
「飼っているなら分かるように鈴でもつけときゃよかったんだ」

ユーリらしい、皮肉だった。
そっちの方がそこらのペットと一緒になる。
ラゴウは一瞬、憤怒の表情を浮かべたが、眼鏡を正して再び、穏やかな表情を取り繕った。

「まぁ、いいでしょう。金さえ積めばすぐ手に入ります」
「馬鹿じゃないの?」
「なんですって」

おとなしく、聞いていた私だが、あまりに人間をなめて腐っているラゴウの一言に怒りがこみ上げた。

「かわいそうな頭。お金さえあれば何でも解決できるとでも?人は誰かのものではない。あなたいつか破滅するよ?もう手遅れかもしれないけど」
「ふん、偉そうに」
「ラゴウ!それでもあなたは帝国に遣える人間ですか?」

びしっとラゴウ指を突きつけて言う、エステル。
控えめなエステルでは想像できない。
しかし、そんな話、ラゴウは聞いていない。
ただ、エステルの顔を見ると、それは意外な顔をしていた。

「むむ、あなたはまさか?」

暗くて確認がよく出来ないのだろう。
エステルの顔を見ようとこちらに寄ってきたときだった。
私と、そしてユーリが同時に武器を抜いた。

「蒼破!」
「バニシングスロゥ!」

私がチャクラムからエアルを放出させる。
ユーリの鋭い衝撃破を放つと鉄格子が向こうに倒れた。

埃が巻き上がると、ラゴウが叫んだ。

「き、貴様!なにをするんですか。誰か!このものたちを捕らえなさい!」

その掛け声と共に出てきたのはラゴウの元で動く、赤い絆傭兵団。
私はもうひとつ、チャクラムを抜くと、もう一度、技を繰り出した。
顔も確認できないくらいの早業で相手を倒すと、ユーリが声をかける。

「早いところ用事済ませねぇと敵がぞろぞろ出てくんぞ」
「ラゴウなんて今はいいね。早く証拠を押さえよう」

私たちの目的を忘れてはいけない。
私たちは天候を操るという魔導器を発見して証拠を揃え、有事を起こしてフレンたち騎士団の突入を許すこと。

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