背けてはならない現実


「うっ……」

ラゴウ邸の地下に着いた私たちを一番に襲ったのは鼻が曲がるほどの腐臭だった。
しかも、これは動物や魔物の類ではない。
それを想像したら頭は真っ白になった。

「なんか、くさいね」
「っ……」
「エル?大丈夫ですか?」
「うん……」
「大丈夫って顔じゃねぇぞ」

体から力が抜けて足がふらついてしまう。
鼻がいいラピードは床にひれ伏したまま立たない。
小さく、うめくような声を出すだけ。

「あー!もう此処からじゃ操作できないようになってる」

リタがリフトをいじるが、それは時間の無駄に終わりそうだ。
足を進めたエステルがふっと顔色を真っ青にした。

「血と、あとはなんだ?何か腐った匂いか?」
「人の腐臭……」
「は?」
「なんでもない。黙ってて」

ユーリが私の言葉を拾うが、それを有無を言わさず押し黙らせる。
それを考えれば、考えるほどこの空間にいられなくなる。

その瞬間、ぐるるると獣の声がした。
ラピードではない、道中見たことがある凶暴な魔物の一種だ。

「おい、構えろ」
「分かってる」

ユーリがみなに声をかける。
少なくとも、3匹この部屋には魔物が潜んでいた。
狼のような外見の魔物は勢いよく飛び掛ってくるが、私は避けて、杖で体をはたき落す。
体制を崩した魔物、私はすぐさま詠唱に入る。

「凍える、氷塊。アイシクル」

杖の先に生まれた、数十個の拳ほどの氷の塊が魔物を打ち付ける。
頭部、にひとつ当たるとそのまま意識を混濁させる。
その隙にカロルが魔物をハンマーでたたきつけた。

他の二匹も同様に、ユーリたちが連携を使って倒したようだった。

ふっと息をついた。
その時だった。

「……パパ、マ……助けて」

それは私たちの声ではなかった。
その小さな声を頼りに隣の部屋に出ると、視界も確保できない部屋の隅に小さく丸まった影がひとつ。
私たちは一目散にそれに駆け寄った。
それは少年だった。
年は10代前、茶色の髪をまとめた少年。
泣きはらした後で声はかすれている。
頬、目を真っ赤に腫らして泣きじゃくる少年の肩を抱いて、落ち着かせるエステル。
その中私は部屋を見渡すと、そこに広がっていたのは。
腐敗した、人の形をした、骨や肉だった。
どれくらい此処に放置されたかは知らないが、形が残っているものから察するにえぐられた跡や食いちぎられた痕跡。
常人なら卒倒してしまうような匂い。


そんな中、私は唇をかみ締めた。
その事態をゆっくりと飲み込んでいたのは私だけだろう。

「なにがあったのか、話せる?」

やがていくらか落ち着いた少年にエステルはゆっくりとそして優しく訊ねた。

「こわいおじさんにつれてこられて……パパとママがぜいきんをはらえないからって」
「ねぇ、もしかしてこの子、さっきの人たちの」

確か、此処に来る前にティグルとケラスという夫婦にあった。
流すほどにしか話を聞いていなかったが確か、子供の話をしていたかも知れない。

「パパ、ママ。帰りたいよ……」

と、再び泣き出す少年。
当たり前だ。
こんないたいけな少年一人、こんなところに入れて、辺りは人骨だらけ。
おまけにいつ、魔物たちに襲われて、同様のものになるか分からなかったのだから。

「大丈夫。もう大丈夫だからね。お名前は?」
「ポリー……」
「ポリー。男だろ。めそめそすんな。すぐに父ちゃんと母ちゃんに会わせてやるから」
「うん……」

ユーリにしては柔らかな表情で言うと、少年は袖で涙を拭ってうなずいた。
すぐにこんなところを出ようと、みんなぞろぞろと部屋を出て行った。
そんな中、すぐに足が進まなかったのが私だ。

「どうしたエル」
「こんなことが許されてるなんて思いもしなかった」
「お前、血が出てるぞ」

私の顔を覗き込んで、吃驚したユーリの顔を目が会う。
確かに口の中が少し鉄の味がした。
この中にいるから感覚が変になったとばかり思っていたが、どうやらさっき自分で唇を噛んでしまったようだ。

「大丈夫か?」
「別に」
「ひとがせっかく心配してやってるのに」

ありがとう、ととてもいえる気分じゃなかったんだ。
あとで一言、代わりに謝りたいと思う。

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