状況は一転もせず


「ふあぁああ」
「だから言ったろ。ちゃんと寝ておけって」
「それじゃないんだけどね」


カプワ・ノールは相変わらずの曇天だった。
むしろ、私たちが出る前よりもひどい雨模様だ。
カプワ・ノールに帰ってきてラゴウの屋敷に向かおうとした矢先だった。
私たちの前に現れたのは若い夫婦。
彼らはラゴウ執政官の手に乗せられて、リブガロを狩りに行こうとしていた。
傷だらけ、そしてやつれた顔を見れば分かる。
今まで何度とリブガロに向かっては傷ついてきたのだろう。
妻、ケラス(と後で聞いた)の制止を振り切り、向かおうとする夫ティグルを見かねたユーリは彼らが今求めているものを目の前に放り投げた。
金色に輝く、リブガロの角を視界に捉えたティグルは目の色を変えて、それを手に取った。
また、ユーリの素直じゃない一言に私は心底あきれたが、此処で彼らを見捨てていたらそれはそれで私は何かしていただろう。
決して、これが最善だったとは私は言わないけど。
礼を述べると、まるで神様でも光臨した出来事に固まっている彼らを他所に私たちはそこを離れた。

「ちょっと、あげちゃっていいの?」
「あれでガキが助かるなら安いもんだろ」
「最初からこうするつもりだったんですね」
「思いつき、思いつき」

ひらひらと手を振る、ユーリににっこりと笑みを浮かべるエステル。
そんな二人には決して見せないように私は少し、呆れていた。
もし、彼らがあれを持っていったとしてもずるがしこいラゴウの事だ。
偽者だの言い出して、結局私たちの苦労も彼らの喜びも泡のように消えてしまう可能性だってあったんだ。
だったら、屋敷に忍び込んだほうがまだ良かったのではないか、と。
あぁ、私も素直に「あの家族よかったね」と喜べる性格なら良かっただろうか。

「ん?どうしたのエル」
「いーや。ちょっと、ね」

と足元を見ると私の考えを納得といわんばかりにラピードがこっちを見ている。
下あごの辺りをなでると気にしないでと小さく声を掛けた。

「で?その思いつきで献上品がなくなっちゃったけど、どうすんの?」
「ま、執政官邸には別の方法で乗り込めばいいだろ」

その楽観的なユーリの言葉にリタは深くため息をついて、時間を無駄にしたわと呟き、歩き出す。
私も終始、無言のままそれの後に続いた。
そんな重苦しい空気を変えるため、エステルは手を叩き、提案をした。

「ならフレンがどうなったか確認しに行きませんか?」
「とっくにラゴウの屋敷に入って解決してるかもしれないしね」

ごめん、カロルそれは無いだろう。
さっきのティグルたちの様子と、いまだ降りしきる雨を見る限り。
それを分かっていた、エステルとカロルを除く私たちはあえてそれには反応せず、フレンの元に現状確認をしに行くことを従った。


宿屋に戻った私たちを迎えたのは机を囲み、暗い表情を浮かべているフレンたち一行。
大方、予想はしていたものの、この様子じゃ本当に何も進んでいないのだろう。
私は近くの窓枠に杖を立てかけるとソファに腰を掛けた。

「相変わらず辛気臭い顔してんな」
「考えることが多いんだ。君と違って」

ユーリの皮肉を慣れたように皮肉で返すと、こちらを見て、ほっと安堵したフレン。
内心、ユーリがなにをするか分からないものだからそれを心配はしていたのだろう。

「で、フレンどうだった?」

私が聞くと、ゆっくりと首を横に振る。
その様子だと事態はまったく晴れの方向に向かっていないのか。

「執政官のところに行かなかったのか?」

ユーリが問うと、あっさりと「行った」と返事を返す。
だが悔しそうに唇をかみ締める。

「魔道器研究所から調査執行書を取り寄せてね」
「それで中に入って調べたんだな」

野暮な質問だと私は思った。

「いや、執政官にはあっさりと拒否された」
「なんで?!」

カロルが声を上げた。
帝国の法を一応熟知している人間であれば、アスピオの魔導器の調査執行の権力も、騎士団の意向を無視できないことも分かるだろう。

「魔導器が本当にあると思うなら正面から乗り込んでみたまえ、と安い挑発までしてくれましたよ」

と、ウィチルがぐっと拳を握り締めた。
こうやっててまねきしているのと、後そこに魔導器があると分かっているのに手を出せない研究者としてのプライドもずたずたにされたのだろう。

「私たちにその権限がないから馬鹿にしているんだ!」
「でも、そりゃそいつの言う通りじゃねぇの?」
「何だと」
「ソディア!」

昨日と同じように剣を引き抜いたソディアに声を張り上げて止める。
間に入った私は、二人のにらみ合った視線が刺さって痛い。

「此処は穏便に、ね」
「っち」
「へぇ、エルの言うことなら聞くのな」

無言で剣を抜いたソディアにかける言葉もなく私は杖でユーリの額を小突いた。

「今のはあなたが悪いよ」
「そうですかっと」

少なからず、ユーリも今の事態にストレスが溜まっているんだろう。
ポーカーフェイスを気取っているけど……

「ユーリ、どっちの味方なのさ」

カロルが半ばあきらめたように問うと、ユーリは再び剣を下ろし言った。

「敵味方の問題じゃねぇよ。本当に自信があるなら乗り込めよ」

そう、騎士団にはその権利がある。
しかし、だ。
今、置かれている帝国の内部の事を考えればそうはいかない。
何も知らない一般市民であるユーリたちだからこそ言えるのだろう。

「いや、これは罠だ。ラゴウは騎士団の失態を演出して評議会の権力強化を狙っている。今、下手に踏み込んでも証拠は隠蔽されしらを切られるだろう」
「要するに、ラゴウはフレンをおびき出してるっていっても良いんだよね?」その問いにフレンは小さく肯いた。

「ラゴウも評議会の人間なんです?」
「エステル」

エステルの質問には内心私は驚いていた。
なにを隠そう(本人は隠しているけれど)彼女はこの国を担う皇帝候補の一人であり、王族の一人だ。
この国を任される執政官ともなれば評議会の人間という考えは普通に結びつくだろう。
こういうところに彼女の政治への関与の無さを伺える。
私が声をかけた理由が分からないまま、彼女は首を横に傾けていた。

「えぇ、騎士団も評議会も帝国を支える重要な組織です。なのに、ラゴウはそれを忘れている」
「とにかく、ただの執政官様のわけじゃないって事か。で?次の手考えてあるのか?」

ユーリのばっさりと切り捨てた言葉。
フレンは何も答えず、唇をかみ締めたまま、目を伏せた。

「はぁ、仕方ないか」
「え?」

隣に居たカロルにしか聞こえないくらい小さな声で言う。

「何だよ、打つ手なしか」

そう、笑ったユーリにはおそらく、私と同じ妙案が浮かんでいただろう。
おそらく、フレンでさえ。
ただ、私たちに無理をするなといった手前、それは自分では決して言うわけにはいかないのだろう。
ただ、お互いそれを口に出さなかっただけ。
そんな中、ウィチルがまるでフレンの本音を代弁したかのように口を開いた。

「中で騒ぎでも起きれば騎士団の有事特権が優先され、突入できるんですけどね」
「騎士団は有事に際してのみあらゆる状況に介入が許される。ですね?」

法に詳しいエステルがウィチルの案に補足を入れた。

「なるほど、屋敷に泥棒でも入って、ボヤ騒ぎでも起きればいいんだな」
「ユーリ」

にっと笑ったユーリをフレンがたしなめようとしたが、今の提案を聞いて火のついたユーリにはその小さな息は無意味だろう。

「仕方ないね」

と、私も今度はみなに聞こえるように言うと、立てかけた杖を持ちなおし、ユーリの隣に移動する。

「フレン、此処まで送ってくれて悪いけど協力はここまでね」
「君まで」
「気になるじゃない?独裁者ってどんな人だろうなーって。なかなか見れないものは見たくなる性分なの」

人も、そして魔物すら傷つけて喜んで。
そんな人間なんて今までに見たことも無いし、きっと想像も絶するくらい陰険で醜悪な顔をしているだろう。
私に任された仕事はまだ完遂していないけれど、これくらいの寄り道くらいかまわないだろう。
私に対して何か言いかけたフレンだがきっと諦めたのだろう。
そしてもうひとつ、ユーリの性格を理解しているフレンはきっとこれを断らない。

「ユーリ、しつこいようだけど」
「無茶はするな、だろ」

分かっているなら、それでいいんだ。
そう言いたげな顔でフレンはきゅと表情を強張らせると。

「市中の見回りに出る。手配書で見た窃盗犯が執政官邸を狙うと、情報を得た」

私たちはかすかに笑って迷いを無くしたフレンを見届けるとその部屋を後にした。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -