海賊帽をかぶった少女


「はぁ」

と、盛大にため息をついたエル。
自分で言い出しておきながらこちらが返すと、それは盛大なため息で感激してくれるなんてちょっと傷つく。
利用してるし、されているなんて分かったのは帝都を出てすぐだ。
こいつの正体が少し明るみになるたびに浮かぶ疑惑。
しかし、こいつの屈託のない、いや世間一般では悪気の無いような顔を見ているとそうとはまったく思えないのがまた複雑だ。

「なぁ、エル」
「なに?」
「どこに向かっているんだ?」
「んー。悪の総本山に偵察をしに?」
「は?」

ふんふんと鼻歌を歌いながらエルは小雨を気にせず、歩き続ける。
それについては行ってるもののこいつがどこに向かっているのかは分からない。
やがて歩き続けてしばらく経ったころ、悪の総本山とやらに着いたらしい。
そこは人間の倍の身長はある白い外壁と、屈強な男が数人煌びやかな門を守る巨大な屋敷だった。
そう、どこをどう見たってこれは貴族の屋敷の他ならない。
遠くから屋敷を眺めお決まりの考え込むポーズをとり小さく呟いた。

「やっぱり、間違いないか」
「なにが?」
「あの門番。此処は察しのとおり、この街の執政官さまのおうちだけど。あの人たち騎士団の人間に見える?」
「そりゃ、どこをどう見たってなあ……」

騎士団であるならばお決まりの甲冑を今時ではダサいマントを身にまとってる。
そして帝国騎士あるもの身なりにも気をつけるだろう。
あんな、無精ひげの生えたり、髪を逆なでたりしている者はまずいないだろ。

「ギルドの人間か?」
「たぶんね、紅い絆(ブラット)」
「おい?」

エルの口元に手をやって言葉をさえぎった。
その門番の前に一人の少女が仁王立ちをしていた。
年も身長もカロルと同じくらいだ。
まるで御伽噺にでも出てくる海賊を連想させるような帽子にワンピース。
そして肩から掛けたポシェットからは双眼鏡が見えている。

「あの子……」
「知ってるのか」
「いやぁ?危ないんじゃないかなって」

確かに、そう思ったとはすでに少女は歩き出していた。
小さな歩幅で必死に門に向かって走り込もうとするが、少女の足は浮き上がっていた。
門番の男がまるで子猫を掴むように少女の首根っこを掴んでいたからだ。
「あう」といかにも子供らしい声を上げながら少女はふっと男に笑いかけた。

「何、入ろうとしてるんだこのガキ」
「まぁまぁ、これでも食って落ち着け」

と、少女が取り出して男に突きつけたのは何かの串に刺さった料理だった。隣でエルが「おいしそうなおでんだね」と笑っている。
そのおでんとやらで門番を釣ろうってか。
当然、それは却下される。

「いらねぇよ。此処はがきの来るところじゃねぇんだ」
「ユーリ」

とひょいとこちらに向かって少女が飛んでくる。
それを受け止めると「ナイスキャッチ」と隣で冷やかされる。
少女は思っていたよりも重い。
体中にまとっている装飾品のせいか。

「むむ」
「へーき?」
「うむ、なんともない」

子供なのに癖のあるしゃべり方をする少女だ。
そう、どことなくハンクス爺さんに似てる、あとばあさんにも。
しかし、威厳というものはまったく感じられないが。

「子供一人にずいぶん乱暴な扱いだな」

たとえ、変な思考を持っていたって、見た感じはただの子供。
撒き方ならいくらでもあったろうに、大人の対応ってやつをまるで知らないのか。

「なんだ、お前は?そのガキの親かなんかか?」
「は?」
「だって、パパ」
「お前は冷やかすな」

どっちが味方なのかよく分からない。
むしろ、どっちも敵か。

「俺がこんな大きな子供の親に見えるか?」
「まぁ、ちょっと?」

考えられないこともないよといい、くすっと笑うエル。
仲間にも見放されたかと笑う、門番たち。

「再チャレンジなのじゃ」

そんな俺たちのやり取りをよそに靴で地面を小突くと少女は再び、門番に見かって走り出す。
しかし、2度目は先ほどようなわけがない。
少女に向けられたのは光る、剣先。
ぴたりと止まる少女。

「おいおい。丸腰の子供相手に武器向けるのか?」
「ガキにはこれが大人のルールだって教えてやるだけだよ」

と、視界からいつの間にかエルの姿が消えている。
少し見渡せば、視界に入るかぎりぎりの場所で手を振っている。
なにをやってるんだ、と内心呆れたときだった。

「えい!」

と、少女が懐から取り出したのは丸いボールのようなもの。
それを地面に叩きつけると、小さな爆発音がして、煙が立ちこめる。
かすかに青に色づいたその煙りはあっという間に視界をさえぎる。
そんな中動く小さな影を捉える。

「おいおい。ここまでやっておいて逃げるのか?」」
「美少女の腕を掴むのはそれなりの覚悟が必要なのじゃ」
「?」

と、さらばじゃと声が聞こえた。
すると後ろから煙幕を吹き飛ばす突風が吹いた。
おそらくエルが魔術でも使ったのだろう。

「あーあ」

悪態をつくエル。
手元を見てみれば少女の姿はなく代わりに人形を握っていた俺。
いつの間に摩り替えられたのだろうか?
あの少女をかたどられた人形を見てみればなんとも馬鹿にされた感じがこみ上げてくる。
あの煙幕の中とは言え、知られず人形とすり代わるなんて普通の人間ではまず無理だろう。

「何か収穫もあったことだしそろそろ帰らない?」
「そうだな」

何の収穫があったかは敢えて聞かないが
門番もあの少女に目くじらを立ててこちらを見もしない。
これ以上騒ぎに突っ込む前に足早に俺たちはそこをあとにした。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -