失われた魔術

やがてその樹をも軽々と踏み潰し、現れたのは
巨大な狼のような魔物だった。
空に吼え、その獰猛な牙と爪を剥き出しにしている。

「ガットゥーゾ?なんでこんなところに」
「知っているのか?」
「普段はこんなところに出てこないような大物よ。気をつけて」

といったとき、すぐ隣からもがさがさと音が聞こえた。
私は瞬時に判断を下した。

「ソディア!」

私は彼女を突き飛ばした。
体制を崩し、飛んだ彼女だったが、そこにはガットゥーザほどの大きさではないが、
それは飛び掛ったような体制が獲物を無くした土を蹴る。
そして狩りの標的は私に向けられる。
逃げようにも私の後ろは断崖絶壁な丘の果て。
こんな夜に海に飛び込もうものならばまず助からないだろう。

「こっちだ!」

と、フレンはこの中のボスであるガットゥーザに向かって剣を付き立てた。
鋼鉄のようなその岩肌は何者の障害さえ許さない。

「煌け、焔。猛追!ファイアーボール!!」

と、畳み掛けるかのようにウィチルが魔術を放つがそれもただ、当たるだけではじかれる。
と、私が魔物にじりじりと詰め寄られていたところをソディアが背後から剣を振り下ろした。
断末魔の叫びを上げながら、魔物は絶命をする。

「あ、ありがとう」
「私は隊長の援護に回る」

と、それだけ言い残して、ソディアはまた走り出す。
遠くから騎士たちの戦いを見ているが、剣が通用しない以上分が悪すぎる。
相手の大きさは全身が武器になる。
だからといって、魔道少年ウィチルにはあれを滅するほどの火力はない。
ここは、私がやらなければ。

「エルさん?」
「あなたは敵を錯乱出来るような術を」
「……わかりました」

ウィチルはぎゅっと唇をかみ締めてうなずくと新しい詠唱を始める。
それとほぼ同時に私は詠唱を始める。

「ささやかなる大地のざわめき、ストーンブラスト!!」

と、ウィチルが放った石つぶてがガットゥーザの目を直撃した。
そしてすさまじい咆哮を上げながら、体を揺らし抵抗をする。

「星の瞬き、無数の煌きよ、闇を浄化する光となせ!!」

と、私は杖を回しながら、線をつなげて術式を描く。


「離れて!」

私が集中のため閉じていたまぶたを開け、そう叫ぶと前衛の二人は霧散した。
さすが、判断力はあるらしい。
私は杖先を魔物に向けた。

「レイ!!」
「!?」

私が唱えると魔物の足元には巨大な魔方陣が生まれ、相手の頂上をに光が収束した。
やがてそしてそれは柱のように敵を包み、そして貫いた。
光は灼熱と同じ、その柱に体を照り焼かれた魔物はただ、地面に這い蹲る影だけ残して消えた。

「……はは、すごいね君」

それを見た3人は言葉も出ないようでただただ呆然と見ていた。
やがて剣を収め、汗を拭ったフレンがそう呟いた。

「あ、あの」
「なに?」
「今の術ってどこで覚えたんですか!?」

ずり落ちためがねを正しながら、問うウィチルにわからないとだけ答えると

「だってありえないです。今の術はずっと昔に……」

そこまで言って口をつぐむウィチル。


「ずっと昔にって?」

私が逆に聞き返すと、

「僕も詳しくは知らないのですが、今の系統の術を使う人間はいないです。昔は使われていたのかもしれませんが」

と、だけ教えてくれた。
自分のことなのに、興味津々と言った様子で聞く私に異様さを感じた、フレンがえっとと言葉を濁した。
そこで私は我に帰ってフレンのほうを見向く。

「あ、ありがとうエル助かったよ」
「こちらこそ」

と、私はフレンに会釈すると、後ろで息をなくした魔物の様子を見ていたソディアにも声をかけた。

「ありがとう、ソディア。助けてくれて」
「いや、その」

と、素直になれないソディアを見て、私は苦笑いをしていたと思う。
そんな他愛もない会話をいつまでも続けていたかったけれど私は心を切り替えて、フレンに問う。

「ねぇ、フレン」
「なんだい?」
「確か、此処にもお世辞には強力とはいえないけど結界があったはずだよね?」
「確かに」

と、私たちはふっと空を見上げると、結界の輪が無いことに気づく。
夜だからと大して気にも留めていなかったけれど、なんらか事件があって結界が機能を停止したことを象徴していた。
だから先ほどのような魔物が人のにおいに誘われて、この結界をなくしたエフミドの丘に来たのだろう。

「見に行きますか?」
「いや、幸いにも此処は最近、人とおりも少ない。先を急ごう」「そうだね」

その判断は的確だと思う。
私たち意外にもこの異変に気づく人は居るだろうし、それならば私たちがかざわざ戻るよりもハルルから連絡をしてもらったほうが早い。
それに彼らは名目上巡礼としているけど、カプワ・ノール執政官の事をこれ以上先延ばしにすれば私たちの立場を危うくするだろう。
誰もそれには異存ないようでうなずくとフレンの後を走っておった。



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