光のある場所


「まったく、治癒術師さまさまだな」
「そうでしょうか?」

私は首をかしげた。治療を終えた男が腕を曲げ伸ばしをしているので「まだ傷口開きますよ」とさらりと言っておいてそれを止める。
治癒術といっても傷口を塞いだり、出血を止めるのが限度だ。
失った血液を取り戻すことは出来ないし、治癒術にもある程度の限度がる。
でも、傷口を塞いだり、解毒をしたり仲間を援護できるものは普通の人間には出来ないらしい。
素養がないと、魔術は発動も適わないらしい。
私はそんな人間を知っているし、自分が魔術も治癒術も使える、素養のある人間だということを自分でもかなり誇りに思っている。
これさえあれば、食べるのには最低限こまらないし、それなりに他人に感謝されるから。
でもその知識はどこで得た?と聞かれると言うと私は必ず口をつぐむだろう。
そしてしばらく考えて思う。
それを言う必要はあるのだろうか?と

手当てしながら聞いた話ではこの結界は少し前に花が咲く前の時期、つまり結界の精度が落ちる時期に魔物に街が襲撃されて樹にダメージを与えられた。その時に樹は結界としての機能を停止したという。そのすぐに帝都からフレン・シーフォと名乗る騎士の集団が村に助力をし、さらに此処から東にある帝都お抱えの学術都市に結界の故障原因を探るために向かったいう。
しかし、それからすぐに現れたエステリーゼとユーリたちがこのハルルの樹を直したという。
直接見た人はエステリーゼが樹に触れ、そして光に包まれたと思った、刹那。
樹は満開に咲き誇り、結界としての機能を取り戻したという。
人々は奇跡だの治癒術だの言うが。
奇跡はさておき、治癒術でそんなことが可能だろうか。
私の治癒術は他人とはぜんぜん性能も違うもので、騎士団でもギルドでも私ほどの使い手はいないと自負していた。
しかし、エステリーゼも同じだった。
しかも武醒魔導器を必要としないという点。
でも、治癒術はさっき自分でも結論つけたように傷口を縫合したりせいぜい、毒や体の痺れ、そして疲労感を取る程度。

結界魔導器に効く、というわけじゃないだろう。

「百聞は一見にしかずね」
「何かいったかい?」
「いえ、用事を思い出したので、この辺で。あぁ、そうだ。その前の治癒術師さんどこに向かうかとか聞いていませんか?」
「うーん。東に向かうとか言ってたような」
「そうですか」

やはり、そのフレンを追っていたか。
しかし、私が向かうのは此処から西の方角にカプワ・ノール。
会うこともないだろうと思う。






街の中央にある、長い坂を登れば、ハルルの結界魔導器のある場所だ。
しかし、地面には太い根が螺旋のように這っており歩きにくいことこの上ない。
それに舞い散る花が視界を邪魔する。
ぼんやりと見える樹の影。
そして樹の根元に人の姿が映る。
こんな美しい光景を前にしているのだから、花見でもしているのかと思うだろうが私はそうは思えなかった。
なんとも、言いがたいけど
異様な光景だったのだ。
それは青年だった。
私に映ったのは銀の髪が微風でなびく後姿。
手には見たこともない黒い剣がむき出しのまま握られている。
それは姿が確認できた、場所で私の足は勝手に止まった。


なんともいえない感情が私を襲った。
声が出そうで出ない、それは喉まで出掛かったはずなのに。
今まで感じたことのない、そして探していた懐かしいような感情。

「あ……」

やっと、声が出たかと思えば、
瞬間、立ちくらみと異常な頭痛が私を襲った。
それはまるで警告のようだった。
何も思い出すな、干渉するなと体が言ってるようで。
小さなうめき声を上げればゆっくりと振り向く青年。
一層、深ま頭痛に視界がかすんでくる。
青年の緋色の瞳がゆっくりと私を捉えた。

「――――……」
「?」

青年の口からこぼれた一言を私は拾うことが出来なかった。
けど、それはまるで人の名前のようだなと感じた。

刹那、風が舞い上がった。
下からも上からも飛び交う花びらであたりは一面の桃色に包まれる。

風が弱まってひらひらと静かに落ちていく花びらの。
その先にはすでに青年の姿はなかった。
やがて、吐く息とともに収まる痛み。

「今の人」

私のことを知っていた?
今まで誰に聞いても分からないといわれてきたのに。
そんな考えに深く浸る暇もなくばたばたと歩いてくる人の足音と声。

「もー。早くしてくださいよ!!」

ぜーぜーと息を切らしながら坂を走って登ってきたのは年のころ12歳くらいの少年だった。
魔術師が着る白い法衣にふちのあるメガネ。
身長はその年の少年からするととても低いだろう。
薄緑の髪はきれいにまとめられているがてっぺんから髪がはねていて、それはまるでりんごのようだった。

坂の頂上に着いた少年は息を切らして、地面に手をついて少しへたばっていたが、すぐに私には目もくれずに結界魔導器の制御盤に向かう。
制御盤の鍵盤を叩きながら「信じられない」「異常だの」と独り言を繰り返す。

「ウィチル、待ってくれ」

やがて追ってきたのは金の髪と碧眼の騎士だった。
位ある人物なのだろう、他の騎士とは違う紋章の入ったマントを身にまとっている。
どこか、人のよさそうな印象の騎士だ。
息を切らすことなく彼は少年の元に向かうと、彼がいじる、制御盤の様子を顎に手を当て考え見入っていた。

「これは異常ですよ。どこをどういじったらこんな状態になるんでしょうか。安定はしてますよ?でもめちゃくちゃです」
「これをやったのは――?」
「あ……」

遠めからでもその樹の様子を見ようかと近づいてみると、騎士のほうとつい目が合ってしまった。
彼は驚いたようにこちらを見たが、動揺する様子もない。
しかし、右手は確実に剣の持ち手に添えられている。
やっぱりそこらの間抜け丸出しの騎士とは違うらしい。

「君は?」
「隊長!」

すると追ってきたのは女性騎士。
手には小ぶりの剣が握られており、意味深にその先を私に向けている。
私は彼らより先にここに居ただけだからね、と講義する間もなく私は杖を握り締めた。
きっとこの杖が私を魔術師だと何よりも証拠としていたのだろう。
こんな街に魔術師が居るとすれば、普通、帝都お抱えの魔術師か、もしくはギルド所属の人間だろうから。
女性騎士は短い茶髪の髪におさげをしている。
その髪を振り乱して狩りをする鷲のように鋭い目つきでこちらを捉える。

「何者だ」
「……」

何も言わず、私はただ睨み返した。
もしかして、ユーリを追ってきた帝国からの人間かも知れないと一瞬思ったからだ。
ユーリは顔が知られているが私は大丈夫だと高を括ったのがいけなかったかと。
しかし、間に入ったのは金の髪の騎士だった。

「やめないか、ソディア」
「しかし、フレン様」

何か言いたげだが私とその騎士を見比べて言葉に詰まる。
しかし、今この金髪の騎士に向けてフレンといったか。
フレンといえば、ユーリの親友で、エステルが散々追っていた想い人ではなく友人ではないだろうか。
騎士の小隊長でというのも当てはまる。
私は杖で小脇に抱えると片手でバックの中を探り始めた。
彼が本当に彼らの言うような人物であれば私は捜しものを半分満たしたといってもいいかもしれない。

感情的な女性騎士を諌める、フレン・シーフォ。
そして、なんやらしゅんとしおれた顔の女性騎士とこちらに近づいてくるフレン・シーフォ。
再び女性騎士を見るとそれは明らかな敵意をこちらに向けているのが分かる。
フレン・シーフォは背後からのそれには気づいていないようだったが。

「いきなりすまなかったね。でも君はアスピオの魔術師じゃない……ね?」

確認を取るように、ウィチルに視線を見、少年は深く何回もうなずいた。

「私は」

と、バックの再奥からあるものを取り出す。
それは少し高級な赤い木箱に入った。
中央には金の判で模様が刻まれている。

「これは」

それを見て、驚愕の色を隠せない騎士たち。
私は再度、それをバックの中に押し込むと。

「私はギルドユニオンから派遣されたものよ」

そう、言い放つとフレン・シーフォは焦ったように周りを見渡した。
即座にフレン・シーフォは隣に居たウィチルに声をかけると急いで坂を下っていく。

「此処では人の目につく。宿屋に部屋を取るからそこで話を聞いてもいいかな?」
「構わないわ」

私がうなずくとウィチルの後を追う、フレン・シーフォ。
私たちの横を通り過ぎざまに女性騎士に後を頼むと声をかけていってしまった、
隣で顔を見合すと、きっとまた視線が刺さる。
穴が開きそうだった。

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