花の街の救世主

「それじゃあ、ここまでね」

久々に土を踏んだ足が少し痛い。




結局ユーリを送り出してから騎士団からの通行許可が下りたのは10日後のことだった。
その10日は地獄だった。
カウフマンが親切にも宿を取ってくれるというから甘えたのが運のツキ。
紙とペンしかない部屋に9日間も篭らされて執筆活動をさせられたのだ。
そしてご飯のも外を出れず、唯一、部屋を出たのはお風呂のときだけだったか。
もう私もクオイの森に行こうかと抜け出そうとしたら監視をつけられていたらしく、部屋に押し戻されるし。
寝不足で夢と現実がごちゃごちゃになった私が書き上げたその作品は私の中で一番の駄作になるに違いないと確信をしていた。
その下書きの束をぱたぱたと扇子代わりにしているカウフマンが何よりも憎い。

「まぁ、とりあえず。宿代と食事代。ここまで馬車で送ったあげた代金はこれでいいわね」
「金の亡者?」
「何か言ったかしら?耳が遠くて聞こえないわ」

もう、何も言うまい。

「月と天女ね。今度の話も期待しているわ」

それは儲かるほうで受け取っていいのだろう。
あぁ、心底人が憎いと思ったのは初めてだ。

「まぁ、あとあの青年君への情報代とあなたにさっき教えてあげた情報のお金を引くと」
「ちょっと待ってなんでユーリの分を私が」
「だって気に入っているんでしょ?」
「それとこれは違うわ」

馬車の上でそろばんで計算を始めるカウフマンの手を止める。
あれは親切で言ってあげていたんじゃないのか。
私もこの10日、そうだと信じて疑わなかったし、それのおかげでカウフマンの評価も自分の中でいくらか上がってきていたのに。

「それに、いいじゃない?気に入ってる彼のために少しくらい尽くしてあげても」
「……はぁ」

結局なにを言い返すことも出来ずに私はそれを承諾した。
カウフマンはデイドン砦を出てこのままカプワ・ノールに向かうといので途中まで馬車で同行させてもらった(もちろん有料)で。
此処から少し先に行ったところに花の街、ハルルがある。
たいした用事もないが一応、探しもののために立ち寄ることに決めた。

私は馬車から荷物をまとめると、足を滑らさないように慎重に降りた。

「じゃあこの本の出版の話は後日、人をやるわ」
「分かった」
「あと、あなた映像魔導器持っていたわよね」
「持ってるけど」
「花の街ハルルの様子を撮ってきてほしいのよ」
「なんでまた?」
「なんでも花の街ハルルが今、満開の時期らしいのよね。しかもそれは異常なほど」
「ふぅん。でも残念。私の映像魔導器。今故障中なの」
「また?」

あきれたように声を上げる。
私はバックから映像魔導器を取り出すと、それをカウフマンに手渡した。

「出来れば修理を頼んどいてくれないかな?」
「分かったわ。あー。あとこれ餞別よ」

と額に手を当てながら答えるカウフマン。
そして部下の男に何かを命じて持ってこさせる。
それは私よりも長身な、銀の杖だった。

「聞いたわよ、家に杖を置いてきたとか、あなた魔術師なんでしょ?しっかりなさい」
「あー。ありがとうございます。そうなんですよね。最近忘れ物が多くて。帝都の宿屋にも水筒を置いてきちゃって」

私は杖を受け取ると、それで地面をつつく。
うん、なかなかの持ち心地もよくて軽い。
おまけにエアルの伝達を良くさせるために杖の長辺にはそれなりの細工もしてあるようだ。
そうそう帰るものじゃない。

「それじゃあ気をつけていってらっしゃい」

短く返事をすると私は大きく手を振ってこれに応えた。



それから徒歩ですぐだった、花の街ハルル。
花の街と呼ばれる由縁はこの街の結界魔導器にある。
この街の中心には帝都の城と同じくらいの大きさの大樹が聳え立つ。
そしてこの街の結界魔導器はその大樹と同化している。
魔導器の中には植物などと融合して進化するといわれるものがある。
その代表がこの街の結界魔導器である。
時期にはピンク色の花が咲き誇り、その花の花弁は散る光景はまさに天国にも勝る絶景だと聞いていた。
そして幸福の市場の人間が言うには今はちょうど蕾が膨らむ時期だと聞いていたが。

「案外、あてにならないのね」

その天国は私の前に広がっていた。
まるで雨のように降る花弁はひらひらと踊っている。
小さな風に踊らされる花びらをひとつ、手に取り、私はその風景にうっとりと悦に入っていた。

街の中心である場所に向かうさなかも人々は和気藹々としている。
そこは帝都とはまったく違う街の姿だった。
しかし、そんな美しく、平和であろう花の街のある一角だけ気になっている場所はあった。

「あれは、病院?」

それは街の街頭に設置されたテントの中には医者らしき人間と手当てを受ける人が数十人。
気になり、そのテントの入り口をくぐる。

「どうしたんだ?お嬢さんも怪我でもしたのかい?」
「あ、いえ」

やっぱりそれは病院で間違いないのだが、少し気配の違うもの。
病人より圧倒的に怪我人が多かったのだ。
それは大きな事件があったといわんばかりのものだった。
包帯で怪我をした男の人に包帯を巻きながら医者であるおじいさんは私に聞いた。

「皆さん、何かあったんですか?」
「ちょっと前に魔物に襲われてね」

忙しいにも関わらず、私の素朴な疑問に親身に答えてくれたおじいさん。

「魔物に?だって、ここには結界がありますよね」
「ててて……」
「あ、ごめんなさい」

私が話掛けたせいで少し手元が狂ったらしい。
ぱっくり裂けた手元を押さえてうめき声を上げる男。
私は診せてくださいと男の怪我の上にそっと手を重ねる。

「癒しの光よ、ここへ」

私がささやくように詠唱を終えると、光の粒子が怪我に集い、そして傷をみるみると塞いでいく。
仰天としたようにその光景を見ていた、医者のおじいさん。

「へー。あんたも治癒術師なんだな」
「あんたもって?」
「いやね。ちょっと前までこの街の結界で壊れてしまってね。それで名前は尋ねられなかったがピンクの髪の治癒術師さんたちが結界を治していってくれたんだよ」

ピンクの髪の治癒術師というとユーリとエステリーゼだろうか。
結界が壊れていた言うのも信じがたいことだが、それを治したと?
どんな手を使ったのだろうか、と顎に手を当てて考えていたときだった。
私の周りにはまだ治療の終えていない、人たちが目に映った。

「あの、よかったら手伝いましょうか?」
「あぁ、頼むよ。人が足りなくてこまっていたところだ」
「あと、その話のいきさつについて詳しく聞かせてください」




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