幸福の市場

「ねぇ、あなた。私の元で働かない?報酬は弾むわよ」

きたほら。
私はユーリの背中に隠れるように姿を潜めた。
現れたのは男女二人組み。
先ほどの騒ぎで叫んでいたカウフマンとその部下の男だった。
カウフマンはユーリを見ると、妖艶な笑みを浮かべてそう言った。
しかしユーリはすぐに返事をしないでそのまま立ち去ろうとする。

「社長に対して失礼だぞ。返事はどうした」
「名乗りもせずに金で釣るのは失礼って言わないんだな。いや勉強になったわ」

その、どちらが無礼か分からないユーリの発言に男の目が吊上がったがすぐにカウフマンが制して割って入ってきた。

「予想通りの子ね。確かに先に名乗っておくべきだったわね。私はギルド幸福の市場のカウフマンよ。商売から流通まで仕切らしてもらってるわ」

カウフマンたちには悪気がないのは私は分かっていた。
結界の外、帝都の外ではカウフマンは名の知れた有名人。
ギルド、幸福の市場は帝都にも出入りが認められている、いわばこのテリカ・リュミレース最大の商業ギルドだ。
しかも流通も扱うということは情報を握っているということ。
それを言うと、一部の知識は情報や偵察をメインとする天地の窖なんかよりぜんぜん詳しい。

「ふーん。ギルドね」
「私、今困っているのよ。この地響きの現況のせいで」
「あんま想像したくないけどこれって魔物の仕業なのか?」
「えぇ、平原の主のね」

毎年、もう少し遅れた時期になるとこの辺は平原の主、つまり魔物のボスを含めた集団が大挙して帝都のほうへ襲ってくるという。
デイドン砦はそれを守るための此処にある。
デイトン砦が今まで一回も破られたことないのを考えると、ここに留まるのが一番安心、安全なのは相違ない。

「どこか別の道から平原を越えられませんか?先を急いでいるんです」
「さぁ?平原の主が去るのを待つしかないんじゃない?」

エステルがそのフレンという騎士に暗殺者に狙われていることを伝えたいのは気迫だけで伝わってくるけど。
できないことに駄々をこねるのは子供と一緒だ。
もちろん、それができないと断定するのは早い。
カウフマンの含み笑い、そしてその言い方。
それは確実に何かあると私とユーリは感じていたが、それに気づかないエステルは「待ってなんて居られません。私、他の人にも聞いてきます」
「エステル」

というなりエステルは人の居るほうへ走り去ってしまった。
止めようとも考えたが、彼女は困るまでの頑固さの持ち主だ。
ユーリがラピードに視線を送るとラピードが後からついていく。
監視役とでも言おうか。
ユーリは少しため息交じりに

「流通まで取り仕切ってるのに別の道、本当に知らないのか?」
「主さえ去ればあなたを雇って強行突破という作戦もあるけど。あぁ、あなたが居れば主も心配ないかしら?ティアルエル」
「やっぱり気づいてた?」
「当たり前じゃない?あなた見ないと思ったらこんな場所に居たとはね」
「やっぱり知り合いなのか?」

知り合いって言っても嫌なほうの。

「お金になるのこの子」
「は?」
「誤解を招くような言い方はやめて」

面識のない初対面の人にそんな言い方したらそれこそ勘違いというか私の生き方そのものを疑われるだろうに。

「幸福の市場は私の取引先みたいなものよ」
「私がこの子の本の発行や販売を担っているの」
「そー。詐欺まがいな契約を結ばれてね」「ほー」

とユーリは納得してくれたようだ。
私が作家として間もないころに私の本を発行してくれた唯一の理解者。
あのころは別の商業ギルドに見せても「夢想家」だの「現実と夢が混ざりあってる」だの理解してくれなかったけどカウフマンだけが私の小説を見てこれは売れるわ(そこで内容を評価しないのはどうかと思ったけど)ということで一緒に本を出すことになった。
それから幸福の市場にはお世話になりながらそれなりに出してきたが今回私は彼らに何も言わずに旅に出てしまったのだ。
一言、声をかけていればこんな気まずい再会にはならなかっただろうに。

「それにしてもあなた此処でなにをしているの?こんな退屈な旅をするくらいだったら新作を書いたほうがぜんぜん有意義よ」
「出たよ、金の亡者」
「何か言った?」
「いえ、何も?」

ぴしっとカウフマンの眉が動いたところでこれ以上言うとまずいと笑って話を止めとく。

「それで、平原の主の話だっけ?魔狩りの剣にでもまかしておけば?」
「あぁ、あの子たちね。さっき騎士に取り押さえられていたようだしもう無理じゃないかしら」
「またねぇ」
本当に問題を起こすのがすきなギルドだ。
本人たちに悪気がないのかどうかは知らないけども。

「で?ティアルエルこっちの仕事を請ける気は?」
「ちょっと待った。こいつ一人であの魔物の相手をさせる気か?」
「まさか。私ぺしゃんこになりたくないし、カウフマン、悪いけど私も用事があるの。他を当たってくれると」
「そーそ。そんなに護衛がほしいなら騎士団にでも任せてくれ」
「冗談はやめてよね。私は帝国の市民権を捨てたギルドの人間よ?自分で生きるって決めて帝国を飛び出したのに今更助けてはないでしょう。当然、騎士団だってギルドの護衛なんてしないわ。他のギルドに頼みたくって通れないんだから意味がないじゃない」

帝国のやり方に帝国を統べる法に疑問や怒りを持つ人間は大勢いる。
むしろ、それを感じない平民は一人としても居ないだろう。
市民権は騎士団の保護および、結界内(街)での居住を許されてるということ。
一生働いて、国に定められた税金さえ払って、何の疑問を持たず生きていれば普通に生きていける。
ギルドはそんな帝国のあり方に疑問を抱いてしまったものたちが集団となり、やりたい事をやるために作られた。
人を守るのなら、護衛ギルド。
カウフマンのような商用ギルド。
冒険者の多い天地の窖。
など、ギルドは結界の外を生きるものにとって必要な存在だと思う。
しかし、ギルドを運営するのは何よりも根性とそして自分のいき筋必要なんだというのは感じる。
この世界の大本である帝国に反発しながら生きていくのだからそれは当然か。
自分の物は自分得る。
それがどんなに大変なことは知っている。

「へぇ、自分が言ったことの筋はちゃんと通すのな」
「そのくらいの根性がなきゃギルドなんてやってられないわ」

にっと笑ったユーリには驚きとそして歓喜が混ざっていた。
私もカウフマンは筋のある人間だと思う。
だからこそ、彼女を頼るところもお互い利用しあうこともできる。
そんなカウフマンをユーリは嫌いじゃないようで。
しかし、ユーリは素直ではないということは短い期間しか居ないが分かっている。

「ならその根性でこの平原の主も何とかしてくれ」
「ここから西、クオイの森を抜けなさい。その森を抜ければ平原の向こうへ出られるわ」
「知ってるじゃない」
「あら?あなたも大方予想はついていたんでしょ?」
「クオイの森ね」

とため息をついた。
帝都ザーフィアスから北西に位置する、人が踏み入ることないクオイの森。
確か、呪いの森とも呼ばれている。
私もファンタジー作家であるから呪いの話はそれなりに信じている。
それに火のないところに煙は立たないっていうし。

「けど、あんたらがそこを通らないって言うことは何かお楽しみがあるわけだ」

私たちは顔を見合わせた。
呪いの話を嫌ってほど聞かせて怖がらせてみたいものだがそんなのに怖気づくような人間ではないことは分かっているし。

「察しのいい子は好きよ。先行投資を無駄にしない子はもっと好きだけど」
「礼は言っとくよ、ありがとな。お姉さん仕事はまた縁があれば」

にっこりと手を振り、送り出すカウフマン。

「あ、ユーリ」
「お前はどうするんだ」

私が呼び止めると、立ち止まりいつになく真剣な表情でたずねてくる。

「私?このまま砦に居るわ。わざわざ森を抜けてまで急ぐ必要もないだろうし」
「そっか?残念だな」
「なにが?」
「いーや。こっちの話。達者でな。怪我すんなよ」
「それはこっちの話だよ。あ、そうだ」
「ん?」
「今度あったら何かおごって」

は?と首をかしげるユーリ。
急な催促に身に覚えもないと言いたげだね。

「さっき助けてあげたじゃない?」
「あぁ、あれな」

砦で突っ込んでいったユーリを一応助けた。
もちろんそのときは見返りなんて要求していないけど。

「分かったよ、また今度あったらな」
「そう?じゃあエステルによろしくね」

と手を振ると、ユーリはおうとうなずくときびすを返し、砦を後にする。

「なかなか骨のある子じゃない?気に入ってるの?ティアルエル」
「まぁね」
「どんな関係なの?お姉さんに少し話してみる?」
「どんな関係もないよ。私はちょっと情報を仕入れるために彼を利用しただけ」

それは何も責めないユーリを利用したこと。
本人はそれなりに世間を知っているし、勘も獣なりに鋭いので気づいているかも知れないけど。

「本当に、それだけだよ」

そう冷たく言った自分の胸が少し痛んだ気がした。


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