砦と私の正体

「はー。どうも調子が悪いんだよなあ」

と、私は手元にある映像魔導器をこつんと叩いた。
この魔導器は風景を記録してまた別の機械で紙などの記録してくれる。
写真というものを撮るものなのだが最近どうも調子が悪い。
帝都に来る前から明かりが焚けなくなってついにはシャッターを下ろしてもまったく反応しなくなった。
またおかしなもの掴まされたかな……
今度あのギルドの人間を捕まえたら文句を言ってやろうと思う。

最後に帝都の姿を残していこうと思ったのにと、意気消沈気味だったがそこは我慢して次の目的地であるカプワ・ノールに向かうことにする。
その過程でデイドン砦、花の町ハルル、エフミドの丘と越えないとならないところはたくさんあるけども。
帝都から1日ほどの所であるデイドン砦、ザーフィアスを守る最後の砦でもある場所。
堅牢な門構えと、そして帝国騎士の駐在基地だけでもかなりの大きさになる。
ザーフィアスを行き来する人間であるならば必ず通らなければならない場所でもある。
帝国騎士団のお膝元であるからギルドでどんなに不満があっても静かにしているが。
今日は何かと騒がしいようで。
行く手を阻む砦の前には小隊くらいの騎士が集まって槍を構えている。
すると聞こえてくるのはどどどどと大地から介して響いてくる地鳴り。
地震なんかじゃなくてそれは嫌な予感を脳裏の再生させる。

そして砦の向こう側、平原側から見えるのは土煙とそしてそれを巻き起こす原因である、魔物の群れだった。
着いて早々これはないんじゃないかと、血の気がすっと引いたのを感じさせる。
そして砦の奥にはまだ逃げ遅れた集団がいる。
必死な形相でこちらに走ってくる。

『早く入りなさい!門が閉まるわ!!』

と上からはかすれた女性の声が聞こえてくる。
それを見上げるとそこには私のあまり会いたくない人物がいた。
私の記憶が正しければ商業ギルド『幸福の市場』の首領であるカウフマンだ。
その声を手繰るように必死に門の中に走り込んでくる人々。

「よし、待避は完了した!門をしめろぉ!!!」

見張り台に立っていた騎士が門を閉めようとしているが、門の先にはまだ数人残っている人物がいる。
なにが完了しただ。
めがねでも買ったほうがいいんじゃないか。
私が思わず遠くから走りだそうとしたときだった。
門番の騎士をその長い尾で叩きつけ、威嚇をする、犬。
それは帝都であったユーリの相棒?のラピードで間違いなかった。
門が途中で閉まったのを確認するや否や、門の外に向かって走る二人の人物。
それは私より1日早く帝都を去ったはずのユーリとエステリーゼだった。
私はそれを砦の出るか出ないかの距離で見守っていた。

「ユーリは女の子を!!」

と、エステリーゼは迷いなく、門の直前で足をひねらせた男の治療に当たっている。
そしてユーリは一人泣いている少女を抱えるとそのままこちら側へと帰ってくる。
エステリーゼも治療が終わるとその男性と一緒に帰ってくる。
なんと言うか、無謀というか本当に勇気ある人たちだなと心の中で承伏した。

「お疲れ様」
「お前」

私は帰ってきたユーリに声を掛けると意外そうな顔でこちらを見ていた。
再び、門が閉まっていく。
しかしユーリが助け出した少女が門の外を指差し、泣き叫ぶ。

「お人形!!ママのお人形!!」

はっと、閉まり行く門の外には小さな少女の人形が横たわっていた。
しかし魔物の群れの先頭は迫っているし、何より門がもう閉まりかけている。

「ったく、めちゃくちゃ目立ってるんじゃねぇか!!」
「無茶よ!」

ぼやく間もなくユーリは走り出していた。
その背中を呆然を見つめているが、私はすぐに腰に掛けていたチャクラムを手に取る。
人形を手にとってこちらに帰ってくるユーリの後ろには拳一個あるかないかの距離で魔物が迫っていたのだから。
風のエアルを利用して投げた。

「ノクターナルライト!」

目にも止まらぬ速さでそれは魔物の先頭たちを貫いていく。
ユーリはぎりぎりのところで走りぬけてきた。
人一人が抜けられるがぎりぎりの場所でユーリは門の間を滑りこんできた。
直後私のチャクラムが帰ってきたと同時にぎぎぎと大きな轟音と立てて門は閉じられた。

「はぁ……」

ユーリより私が先にため息を付いた。
なんて無茶をする人たちなんだろうと。
こんなことをしてもいわば一銭の価値にもならないのに。
もちろん見返りを求めて何かをするわけでもないのに。
とにかく困っている人を見捨てられない性格だと分かったけど、こちらの寿命を縮めるのだけは本当に勘弁してほしい。

「娘ともども助けていただきありがとうございました」

横目で先ほどの親子に礼を述べられているユーリたちが目に入った。
はぁ、とた再びため息をついて心を落ち着かせたら、この場から退散しようかと思ってたところだった。

「おい、エル」
「奇遇ですね。また会いました」

それはかなわず。
ユーリたちがこちらに帰ってきていた。

「また再会できるとは思ってみませんでした」
「再会っていうか、こんな無茶ばっかりしてたら命がいくつあっても足りないよ?」
「俺もそう思うわ」

と、剣をつきこの場に腰を下ろす、ユーリ。
エステリーゼは私の手をとると嬉しそうにはしゃぐ。
すると、なにが気づいたようにはっと手を離すといきなり自分たちの荷物をはぐり始めた。
それはすごい必死に。
呆然と見つめる私とユーリをよそにエステリーゼは本とペンを差し出す。

「あの、サインをください」
「は?」

と、私に突き出して言ったエステリーゼ。
先に声を発したのはユーリだった。
エステリーゼが取り出したエメラルドグリーンの薄い本には覚えがあった。「あ、深き森の精霊?」
「そうです!」
「マニアックだね。あまり会話にもされないのに」

と、私たちの会話は首をかしげてユーリは聞いていた。

「なぁ、エステル。大丈夫か」
「ユーリ。この方は。ティアルエルさんは作家です」
「はい?」
「そうらしいです」
「そうらしいってお前」

え?と事態を読み込めないユーリをよそに私は恥ずかしながらも自分の既刊の図書の表示裏に適当にサインをした。
エステリーゼは嬉しそうにそれを懐にしまった。

「ユーリ知らないんですか?」
「どっかで聞いたような名前だと思ったんだがな」
「雪の女王、薔薇の少女といった、女性を主人公にしたファンタジー作家さんです。深い心情とストーリーをメインに描く今一番売れている作家さんなんですよ」
「ほー。なんとかと天才は紙一重ってね」
「おおきなお世話だよ」

じと目で言い放ったユーリに笑顔で返してやる。
失礼な人。

「んじゃあ帝都にはなにをしに来てたんだよ」
「取材とかそんなところ。それより二人とも私より先に発ったのになにをしてたの?」
「あいにくこっちは旅に慣れてなくてね」

と、首をかしげて言った。
確かに慣れていないならばこのデイドン砦に着くまでに時間が掛かってもおかしくない。
私たちみたいな人間ならば街道を通るより早く着く道も知っている。

「エル」
「なにエステリーゼ?」
「私のことはエステルって呼んでください」
「エステル?」
「はい」

と、屈託のない笑みでうなずいたエステリーゼは私の手をまた掴む。
手袋越しからでもそれは暖かくて私は思わず、笑みを移される。

「分かった、エステル」
「それで、エル」
「なに?」
「あの、新刊はいつ出るんでしょうか。私ずっと楽しみにしていたんです。いつも月間隔で出ていたのに」
「今は所用で少し休んでいるの。それが終わったらまた続きを書こうと思っていはいるわ」
「そうでなんです?楽しみにしてます」

本当はこういう情報は漏らしてはならないと昔言われたような。
別にもうかまわないかもしれないけど。
ユーリはつまらなさそうにこちらを見ると、どこかに姿を消そうとしている。
それに気づいたエステルが待ってくださいと後を追う。

「君のご主人様は気分屋なんだね」
「わふ」

と、足元に残っていたラピードに話掛ける。
こちらを見上げて返事をするラピード。
にしてもよくしつけられてるというか賢いというか。
これで戦闘もこなしてしまったのだからすごい。
私は頭を少しなでるとエステルの後を追った。
砦は封鎖されてしまった。
魔物はある時期になると急に凶暴化を見せる。
結界の恩恵がある街ならともかくテイドン砦のような場所だと人も気配でまず襲われる。
他の魔物と比べ物にならないこの平原の主はある一定期になるとこの砦を攻めてくる。
そうなると砦の門を閉め、人と魔物の行き来を遮断するしか手はなくなってくる。

おそらくここも早くて一週間、最悪で一月はここに滞在する羽目になるだろうか。
別に急ぐ旅路ではないと思うのでここで少し体でも休めようか。
と、考えていたところだが私たちの横で

「だから、なぜ此処を通さないのだ!魔物など俺様がこの拳でノックアウトしてやるものの」
「あー」

嫌な連中がいるなあとため息をついた。
騎士団に己らの武器を突きつけて詰め寄る数人。
武装した人物、それは騎士団とは別の者たち。

「簡単に倒せる魔物じゃない!何度言えば分かるんだ!」

唾を飛ばして言い返す騎士に目深にフードをかぶった怪しげな男はいった。

「貴様は我々の実力を侮るということだな」
「たいしたことない癖に」
「エル?知ってるやつなのか?」

ユーリの問いに私は素直にうなずいた。
そして後ろで腕を組んでいたがたいのいい首領は身長ほどあるむき出しの斧を騎士に突きつけた。
それを地面に突きつけるとそこは小さなクレーターができている。
重いんだろうな、と勝手に想像した。

「邪魔をするな!先の仕事で騎士に出し抜かれた鬱憤を此処で晴らす」
「おい!」
「これだからギルドの連中は」

こんなところで騎士に喧嘩でも売るつもりか。
おかげで騎士の人たちが集めって来ている。
私たちはそれを避けるように視界に入らないように門から離れた。

「なんだあいつらは」
「ギルド、魔狩りの剣の首領とその取り巻きってところね」
「知ってるのか?」
「まぁ、外のことは詳しいかな。小さなギルドだけどいろいろと有名でね」
「ま、騎士に喧嘩売ってたらな」
「ギルドの皆さんはあんな感じなんですか」
「それは偏見よ、エステル」

確かにギルドの人間は帝国に不満を持った人間が多い。
それがギルドの存在の意味もあるけどもギルドの人間が帝国を捨て生きているということもあると思う。
説明を始めたらそれこそ歴史とかなんかは長いけども。
私はかくかくしかじかよ、とその一言でその場は終わらせた。
ユーリたちは騎士たちから身を隠しながら一刻も早くハルルに抜ける道を探るというのだから。
それに少し覚えがある私は静かにその後を追うことにした。



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