知らない


本当に今日は厄日か疑う。
大きな拾いものを二つもして、なおかつ一人は天然が入ったお嬢様。
そして一人は天邪鬼の謎の少女。
どちらも見た目はよくて両手に花とか思われるかも知れないがどちらも曲者過ぎる。
そして暗殺者に親友と間違われて襲われる始末だ。
そして助けに入った少女は自分でも始めてみる、魔導師。
あぁ、魔導師だから下町で水道魔導器を止めることができたのかと、いまさら納得した。
そして、お嬢様がいう部屋の前に着くと扉の前で立ち止まったエステリーゼ。

「じゃあ着替えてきますので少し待っていてください」
「手短にね」

そういうと、エルはこちらを見向きのせず、廊下の終着点を見つめている。
そしてぽつぽつと何かを呟きながら考え始めた。
何か言ってやろうかと思ったが逆に何かされそうな気もするのでやめておく。
と、エステリーゼの扉をふっと見たときだった。
扉から少し顔を出して、入り口に剣を立てかけている。

「念のため」
「心外だな。覗くわけないだろ」
「フレンに言われているんです。ユーリにあったら気をつけるように」
「あいつ」

なんつう事を吹き込んでいるんだよ。
まだそこまでの考えにはいたってなかったものの。
こちらは面白くないのでエルの方を向くと顎に手を当ててやはりぼそぼそと独り言を繰り返す。
俺の接近にもまったく気づく様子もない。
こいつ、何も考えないで行動するようなやつだと思っていたから少し意外だった。

「ヨーデルが……エステリーゼ。渡して……でも。いないから……カプワ……執政官…傭兵団」

単語だけがこちらに届いてくる。
俺にとってはそれは理解不能に近い。
取りあえず、これ以上詮索するのも互いのためにならないだろう。
エルを後ろから見ると、やはり華奢なんだと分かる。
自分の胸の辺りまでしか身長はなく、やせ細った(あくまで俺の主観だが)不健康そうな体をしている。
それと似つかない、ぶかぶかのコートにブーツ。
そして気になったのは一対だけのイヤリングだった。
それは耳からチェーンでつながっていて先には三日月を模した飾りに青白く輝く丸い宝石がはめ込まれている。
その宝石は見る角度を変えればまったく違う色を見せる。
宝石のことなんか知らない俺でもそれはとても珍しいものなんだとわかったのと同時に

「これ……」
「っ!!な、なに」
「あ、わりい」

それに手を触れた瞬間、びくりと体をこわばらせたエル。
おどろき、こちらを見上げている。

「びっくりした」

体は数かに震えていた。
それは暗殺者と対峙しても怖気づきもましてや視線ひとつ変えることなかった少女の意外な姿だった。

「平気か?」
「へーき。それで急になに?」
「いや、これってまさか武醒魔導器か?」
「正解、よく分かったね」

とエルはチェーンを持ちあげ俺の手に乗せる。
近くで見るたびにその宝石の輝きは月に似ているなと思った。
それは俺がつけているものとは別のものだと思った。

「宝石かと思った」
「私もはじめはそう思ったよ」
「珍しい色だよな。どうやって手に入れたんだ」
「知らない」
「は?どっかで買ったとか拾ったとか」
「知らない」

それはあっさりとした答えだった。
答え方もただ無表情にいっぺんして知らない、とだけを繰り返している。
それは、いままでのはぐらかすという行為とはあまりにかけ離れた断言。

「誰かから貰ったとか」
「わかんない」
「お前、本当のこと言ってるのか?」
「そうだけど」

俺の手からイヤリングを取るとエルは口をつぐんでうつむいた。
そして
まるで
泣きそうな瞳と
声で

「何も思い出せないから」

と、だけ言うとねじが止まった人形のように何も喋らなくて、そして止まった。

「あの、お待たせしました」
「お帰りなさい、エステリーゼ」

と、エステリーゼが扉から出た瞬間、彼女は氷のように冷え切った表情を解いて暖かい笑みで笑って迎えた。
そのギャップについていけなくなり俺の体は氷ついていた。

「似合っているよ、その服。ユーリもそう思うでしょう」
「あ、あぁ」
「髪の毛も下ろしたほうが絶対いいよ」
「そうでしょうか」
「うん」

エステリーゼが着替えた、まるで桃の花の蕾のようなスカートの裾を引っ張りながら笑うエル。
他愛のない会話をしてる彼女は先ほどの人形のような無表情とはまるで別人のようだった。
「さぁ、いきましょう」
と笑ってエステリーゼの腕を引き先導する彼女と、先ほどの「知らない」といった彼女。
どちらが本当のティアルエルか分からなくなった。
ただその背中を追いながら、俺は彼女の言葉の本心を捜そうとしていた。



「ぁー本当にいい空気」

と、大きく手を広げて深呼吸を繰り返すエル。
あの胡散臭いおっさんといったとおり、女神像の下に地下への階段が続いていてその薄暗い道を抜ければ貴族街に飾られているもう一対の女神像のところに出た。
半信半疑だったものの一応心の中で礼は言った。

「これがシャバの空気って言うんですかねー」
「どこで覚えた、そんな言葉」
「え?教えてもらったんです」
「例の親か。お前本当にろくなこと教えてもらってないな」

お前、それは女の子が使っちゃいけない言葉だろう。

「エステリーゼ。どうかしたの?」

貴族街のさして珍しくもない景色を見て、感動してるようにも見える。
城の天辺から出ている結界魔導器を見てポツリとこぼす。

「窓の外から見るのとぜんぜん違います」
「そりゃ。大袈裟だな。城の外が初めてみたく聞こえるぞ」
「そ、それは」
「まぁ、いいじゃない?お嬢様だと自由にお出かけできないでしょう。城とか貴族の決まりって本当にめんどくさいものだから、ね。エステリーゼ」
「えぇ、そうなんです」

あっさりといった、エルはぐーと握った拳を突き上げ体を伸ばす。

「ま、取りあえず脱出成功って事で」

右手を上げる。
するとエステリーゼは表情を明るくして、右手の人差し指て手の中心にさす。

「あはは……」
「何か間違えました?」
「こうするんだよ」

とぱしっと手をあわせる。

「これが勝利の合図なの」
「よく分かってんな」
「まぁね」
「なるほど」

うんと、エステリーゼはうなずいた。

「で、エステリーゼはこれからどうするの?」
「フレンを追います」
「行き先知ってるのか?」
「先日騎士の巡礼の旅に出ると話していましたからザーフィアスから近い街。ハルルのはずです」
「となると結界の外か」

結界の外には街の人間、ましてやお嬢様も想像できないような魔物が存在する。
果たしてこのお嬢様一人で大丈夫なものか、心なしか心配だった。

「エルはどうするんだ」
「探しものはここにはないって分かったし。取りあえず宿屋に戻って荷物を取りに行くわ。お風呂も入りたいし」
「確かに」
「そしたら、騎士団に見つからないうちに帝都を出るから。だからここでお別れだね」
「え、そうなんです?」
「もともと私は巻き込まれたんだもん」
「勝手についてきたんだろうが」

確かに、騎士に捕まるはめになるなんて俺も想像しなかったが。

「お前、結界の外で一人で平気なのか」
「勘違いしてるようだけど、私はもともと遠くの町から一人で帝都まで来たのよ。観光に」
「さっき探し物って」
「それはついで」
「あーはい。そうですか」
「取りあえず。ユーリ。助けてくれてありがとう。楽しかったわ」
「それはお互い様だな」

ぺこりと俺たちを見て一礼すると彼女は走って貴族街の中に消えていった。

「縁があったらまた会おうな、ティアルエル」

と大きく手を振ったときだった。
隣でおとなしく聞いていたエステリーゼが

「え?エルってティアルエルって言うんです?」
「あぁ、そっちが本名だとか言ってたな」
「ティアルエルってまさか」

驚きを隠せない表情だった。
エステリーゼは彼女が走り去った風景を見つめてまさかと繰り返していた。
謎だらけの少女の正体が少し明るみになったのはこれから少し後の話になる。








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