そして暗い檻の中で


「いてぇ……」

地下牢の寒さにもなれたころだった。
頬をさすってみるとやはり赤くなっている。
手加減なしで殴り続けやがって。
相当ストレスためっているのか、騎士団のやつらは。
底冷えした床の上でぼーと考えているとやがて今まで耳に入ってこなかった雑音が聞こえ始める。

「で、その例の盗賊が難攻不落の貴族の屋敷からすんごいお宝を盗んだわけよ」
「知ってるよ、盗賊も捕まって盗品も帰ってきただろう」
「いやぁ?そこは貴族様の面子が邪魔してってやつでよ。今お屋敷にあるのはその贋作でよ」
「馬鹿な」
「ここだけの話な。漆黒の翼が目の色変えてアジト探してんのよ」
「例の盗賊ギルドか?」

囚人と看守とのなんとも気楽な語りだった。
俺の視線に気が付いたのか、看守は咳払いをして

「ごほん、おとなしくしていろ。もうすぐ食事だ」

そういって、足早に独房を去っていく

「そろそろじっとしているのも疲れるころでしょーよお隣さん。目ぇさめてるんじゃないの?」

その気楽なしゃべりが今度はこちらに向けられる。
起きたのはだれのせいだっつーの。

「……そういう嘘、自分で考えるのか?おっさん暇だな」
「おっさんはひどいなぁ、おっさん傷つくよ。それに嘘ってわけじゃないのよ。世界中に散らばる俺の部下が集めてきた情報でな」
「はっはっは。面白いおっさんだな」
「蛇の道は蛇。ためしに質問してみてよ。何でも答えられるから。海賊ギルドが沈めたお宝か?最果ての地に住む賢人の話か?それとも」
「それより、ここから出る方法を教えてくれ」

もちろんあてつけ言ってるつもりだ。
そんなのあるなら俺だったらとっくにとんずらしてるね。

「10日もおとなしくしてりゃ出してもらえるんじゃないの」

そんなの俺だって痛いほど分かってるよ。

「そんなに待ってたら下町が湖になっちうよ」
「下町?あぁ、聞いた。水道魔導器が壊れたそうじゃないの」
「今頃どうなってるんだろうな」
「悪いね。その情報はもってないわ」

独房にぶち込まれているやつに期待なんかはなからしてねーけど。
にしてもこんな胡散くさいおっさんでさえ下町の状況を知ってるのに騎士団はほんと下町がどうなっても構わないのか。

「そういや、おっさん」
「なんだい?」
「俺と一緒に女の子が連れてこられなかったか?まだ13,4くらいの」
「しらないなー。なに?兄妹で泥棒でもしたの?」
「ちげーよ」

確か一緒に連れてこられたはず、途中から意識ないけど。
無罪放免ということになったならそれでいいが、外見だけでもキュモールは気に障ったらしく、今頃どうなっているかは分からない。
ここに居ないということはいやな予感しかしない。

「そうか。はぁ、モルディオのやつもどうっすかなあ」
「モルディオってアスピオの?学術都市の天才魔導師とおたくらって関係あったの?」
「知ってるのか?」
「お?知りたいか?知りたければ相応の報酬を貰わないと」
「学術都市の天才魔導師なんだろ?ごちそうさま」

自分からぺらぺら喋っておいていまさらないよな。
モルディオのことは分かったが、あの少女や下町のことはどうするか。
この静寂な空間の中でひたすらと考えていたときだった。
出口の方からこつこつと足音が聞こえた。
それは俺の前をとおりすぎる。
一瞬しか目には掛からなかったがその正体には見覚えがあった。
銀の髪に高価そうな銀の甲冑。それに紅のマント。
騎士の誰もがあこがれた騎士団長のアレクセイだ。
昔、俺が騎士団にいたころ何度か遠目で見たことがあった。

アレクセイは部下に命じると隣のおっさんの牢を空けさせる。

「出ろ」
「いいところだったんですがねぇ」
「早くしろ」

それだけ言うと足早に出口に向かう。
それを目で追っていると一方ゆっくりと歩き出したおっさんは俺の鉄格子の前でわざとらしくよろめき膝をついた。

「騎士団長直々なんておっさん何者だよ」
「……女神像の下」

ポツリと言い残して部屋に鍵を放り込む。
そして何事もなかったかのように立ち上がっていってしまった。

「そりゃ抜け出す方法知りたいとは言ったけどな……」

こんなもの持っているならなんでわざわざこんな場所に留まっているのか。
幸い看守もいないのでそれを差し込むとぎいいと鈍い音を立てて扉が開く。

「マジで開くのな」

周りの様子を伺いながら外に出ると、相変わらず人の気配はない。
とにかく今は下町のことも心配だった。
たぶん、今は深夜だ。
どれくらい意識を失っていたか知らないがこれほど人の気配がいないのもそれで納得もいく。
朝までここには誰も戻ってはこない。
下町からここまで往復しても十分時間の余裕がある。
様子を見に行くだけならいいか。
そのまま床を踏みしめると人の気配に気を配りながら地下の独房を抜け地上の階段を登る。
すると小さな声とぼんやりと明かりが見えてきた。
まずったかと思いながら聞き耳を立てる。

「だから知らないっていってるじゃないですか」
「お前は自分の名前さえ思い出せないのか」
「記憶喪失なもので」

そんなおかしな話は通じないだろう。
そこは取り調べ室のようで机に向かい合わせた男女。
いないと思ったあの少女だ。
頬杖を付いて騎士団の質問に知らないとだけ答えている。
一方の騎士は相当いらだってるようで、まぁ当たり前か。

「お前は昨日税の徴収にもいただろう」
「あ、そういえば。昨日の?いやもうおとといの人じゃないですか」

本当だ。
よくみれば俺が殴った左頬がはれている。

「ちゃんとお仕事してるんですね」
「うるさい、余計だ」

っちと舌打ちをする騎士。

「それにお前が言った名前は住民記帳にも載ってない」
「それは適当に言ったので当たり前でしょうね」
「貴様、騎士団を馬鹿にしてるのか」


こいつ、偽名で騎士団の取調べをごまかそうとしたのか。
本当に反省の色もないな、巻き込んだ俺が言うのもなんだけど。

「だから騎士団じゃなくてあなた個人ですけど」
「きさまあ」
「あっ?」
「なんだ」

と、俺に気づいたのか少女が俺を指差す。
やばい、騎士が俺のほうを振り向いたときだった。
がたんとすごい音を立てた。
少女が机をひっくり返してバランスを崩した騎士の上に倒したのだ。
顔面から床に突っ込んだ騎士はそれをもろに受けてぐえと声を発したのを最後に意識を手放した。
甲冑を着てなかったら怪我じゃすまねぇぞ。

「あら、ユーリさん?」
「お前、やることえげつねぇな」
「そうかな?」

床に座ったまま挨拶をする少女に思わず苦言が漏れる。
さてとと立ち上がると少女は部屋の隅にあったキャビネットから俺の愛用していた剣を取り出す。

「サンキュ」
「いえいえ」

少女は荷物を回収したようで肩掛けのバックをくぐらせるとこちらを向く

「そういえばよく牢屋出れたね」
「奇抜なおっさんが協力してくれてね」
「じゃあこれは必要ない……か」

そういって人差し指にくるくるとかぎの束を回す。

「ははっ。そうみたいだな」
「っと、ずいぶん痛みつけられてたからね」

と俺の手を取る。
騎士団に一方的にぼこられた俺は体中すり傷などで腫れ上がってる。
痛いって訳じゃないのでそのままにしていたが。

「癒しの光よ、来たれ」

と少女が詠唱を唱えると、なま暖かい光が俺を包む。
するとみるみると傷はふさがり腫れは収まる。
意識していた痛みもどこかに飛んでいってしまったようだ。
これは治癒術だ。

「お前、治癒術師だったのか」
「違うよ。ただ使えるだけ」
「ほー。使えるだけね」
「騎士団だって使えるじゃない」

そう短く切る。
おそらく体に見につけているのか武醒魔導器があるんだろうが、聞いても答えてくれるような性格ではなさそうだ。

「じゃあここを抜けますか」
「私は身バレしてないけどユーリさんはいいの?」
「朝までに帰ってこれればかまわねぇさ。それより」
「ん?」
「さっき聞きそびれたな。お前名前なんていうんだよ」

なんだかんだでずっといるのに知らないままだ。
こっちだけ一方的に知られているというのも気持ち悪いしな。

「聞いても得にならないと思うけど」
「いつまでもお前じゃ呼びにくいだろ」
「確かに……」

ふぅと息をつく。

「ティアルエルよ」
「それ本名か」
「たぶんね」
「ほー。ティアルエルか」
「エルって呼んで。自分でも呼びにくいと思うし、知り合いはみんなそう呼ぶから」
「わかった」
「じゃあユーリさん」
「俺もユーリでいいよ。そういう他人両義なのは嫌いなんだ」
「そう?じゃあユーリ行きましょう」

そういってエルは暖かい笑みでにっこりと笑った。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -