ありがとう、いってきます


あの魔物が私たちのことを知っていた。
もしかしたら聞けば私たちが生まれてからずっと気にしていた自分の正体を知ることが出来たかも知れない、しかし。
それは話が通じるのではあれば


ダングレストを囲む大河から姿を現したのは城ほどの大きさがある動く要塞のようなものだった。
巨大な大砲が全体を覆い、中央には他のものとは比にならない重砲を積んでいた。
その巨大な主砲が火を噴けばダングレストの街半分は跡形もなく消え去るだろう。
帝国の最終兵器ともいえるその要塞。

その姿を見ても魔物はひるむことを知らない。
こちらから視線をはずすことはない。
翼が呻る、巻き起こる突風が私たちを襲う。

「堅牢なる加護を!バリアー!」

私は即座にエステルの前に立ち、何とか魔術でそれを防ぐ、が。
今度は私を見、その鷹のような目でこちらをにらんだ。

『お前のようなものは見たことがない、しかし。同じ世界の毒であることは代わりはない!』

「世界の毒?」

しかし、その首をエステルに向けた。
治療に当たっていたエステルもさすがに気がついたのかじっと魔物を見つめる。

『忌まわしき世界の毒は消す!』

「なっ」

言葉が出なかった、人の言葉を発する魔物は初めてだった。
憎しみと敵意がこもった冷たい言葉がエステルに当てられたとき、魔物が両羽根で風を巻き起こした。


代わりがない?
この鳥は何を言っているのだろう。
そして明らかな殺意が浴びせられて、私もエステルもすっかり腰が抜けていた。
するとその嘴を大きく開ける、人語を喋る魔物、紅蓮の炎が見える。
炎の息でも吐くつもりだろうか、私の魔術でもあれは防ぐことが出来ない。
そのときだった、巨大要塞ヘラクレスから耳が張り裂けるような爆音が響いた。

遠くから大砲を巨大鳥に向かって連射する。
下手な鉄砲も数を打てば当たる、その手法は見事に魔物に命中した。
一瞬よろめくが、大きなダメージになっていないのだろう。
翼を開き、空に羽ばたく。

「おい!」
「ユーリ!」

遠くから駆け寄ってくるユーリ、カロル、ラピード。
騒ぎを聞きつけて来てくれたのだろう。
近くにはまだ負傷者が大勢いた。
それは騎士団の人間だけではなく、ギルドは一般の市民も含まれている。
巨大鳥は上空でヘラクレスの攻撃を避けるだけで精一杯の用でわき目も振らない戦いは確かに街に傷跡を残していた。

「ちょっとお願い!」
「おいエル待て!」

腰が抜けて、ただ無表情を貼り付けたエステルを任せると私は近くに走り出す。
本当は今すぐここから逃げなければいけないのは分かっていたのに。

このまま街を出て行っていいの?

「神の身遣い、その意思を我らに、響け、壮麗たる歌声よ!」

広場を覆うほど巨大な術式が刻まれた、それは青い柱のような光は浮き上がる。
こんな大規模で治癒術を使ったのは初めてで私の足はふらついた。

ちょうど真上で何かが割れ音がした、
ふっと顔を上げると建物の屋根が地震で崩れ箪笥ほどの大きさの瓦礫が降りかかってくる。
避けられない

そんな間もなく、頭に手を当てて体を縮めた。

もうだめかと思ったとき、私の上にひとつの影が落ちた。
人の形をしたそれは私をかばうように立って剣を薙いだ。
瓦礫は小石ほどに木っ端微塵に砕かれた。

「……ぁ」

開いた口が塞がらなかった。
そこにいたのは白い髪をなびかせたごつごつとした体格の老人であった。

「ドン!」
「何ぼけっとしてやがる!さっさと走れ!てめぇの助けなんかいやしねぇんよ!」
「でも」
「まだわからねぇか。嫌いだってこと無理やりする必要なんかねぇ。やりてぇとこを勝手にやればいいんだよ」
「なっ……」

私が治癒術をあまり好んでいないことを知っていただろうか。
なら、ダングレストに帰ってきたときにもさせなくてもよかったんじゃないか?
否、私がギルドの一員である以上、何もしないということは私がギルド全体から批判を買ってしまうことになる。

「さっさと、行け!帰ってくるんじゃねぇぞ!」

ドンの怒鳴り声からぴりぴりとした気迫が伝わってきた。
分かっていたんだ、ドンは浮いた私を誰よりも心配してくれて守ってくれたこと。
本当は捨てられてもおかしくない私を、

「ありがとう……!」
「ふん」
「私、世界を見てくる!」

ドンの笑った顔を見たのは本当に久しぶりだった。
溜めていた、涙が一粒頬を伝った。
本当にドンは私を泣かすのがうまい人だ。
私はまだ子供だからドンや天を射る矢の人がどんな気持ちで接してくれたかなんて分からないし、この世界のことも知らない。

「エル!」
「私行くわ、一緒に」
「そっか」
「エル!」

ユーリが笑った、カロルが私の手を引いた。
ドンは腕を組み、それを見ていてくれた。

そして、残るは桃色の帝国の姫。
彼女は橋でまだ治癒に当たってた。
ただその手はまだ震えていた。

「世界の毒……」

そう呼ばれた、私たち。
エステルは心に引っかかりがあるのか、その場を動こうとしなかった。

「ここにいちゃ危ないよ!」

あわあわと両手を広げ、伝えるカロルだが彼女はうつむいたまま答えなかった。
迷っているのだ。

「エステル」
「は、はい?」

そんな彼女を鋭い瞳で見据えたユーリ。
ユーリもエステルと一緒で水道魔導器の魔核を取り戻した後どうするか。
しかしユーリは今、決意をして腹は括ったそんな表情だった。

「俺はこのまま街を出て、旅を続ける」

「え?」と困惑したエステル。
ユーリはエステルの瞳を見据え、しっかりといった。

「お前が帝都に戻るってならフレンのところまで走れ!」
「……!」

エステルは街を振り返った、そこでは帝国騎士団の精鋭がこちらを見ていた。
その中に先日、隊長になったフレンがこちらを見ていた。
帝国に変えればエステルはそれこそ騎士団に囲まれて安全な生活を送ることが出来るだろう。
今上空で交戦する巨大鳥が襲ってきたって自身で守る必要もない。
ただ、権力と地位に縛られた世界。
もう一方は結果も権力も捨てられた世界だった。
自身の身は自分で、自分を守ってくれるものはいない。
ただそこには自由があった。

「ねぇ、エステル」
「はい」
「私はこのまま帰っても何かが変わるとは思えない。自分自身を変えるのは自分だよ?」

私は静かに、そしてゆっくり言った。

「今のままでいいの?」

じっとエステルの瞳の奥を捉えた。
そしてじっと考えるエステルの新緑に瞳。
帝国に姫はゆっくりと頷いた。
その顔にはもう迷いなんてなかった。

「エル、ありがとうございます!私は旅を続けたいです!」
「そうこなくっちゃな」

ユーリが微笑んだ。
私も心の底から嬉しかったんだ、彼女が変わっていくところを見ると、自分の昔を見ているようで。
私が手を差し出して彼女がそれをつかんだ。
力を入れると、私たちは一気にダングレストの出口の橋を駆けた。


「ジュディス?」
「あ、れ?」

そんな中、一人ぽつんと佇む人影がひとつ。
空を見上げる、青い髪のクリティア族の美女が一人。
確か、彼女はガスファロストにいたというジュディスだ。
私は直接言葉を交わしたことはなかったが、仲間はもう顔見知りといった様子。
彼女は空を、ヘラクレスと巨大鳥を見上げていた。

「あら?」といった落ち着いた様子で私たちを見たジュディス。
一度、勢いで通り過ぎた私たちだが再び足を止める。

エステルがこの場にとどまるのは危険だと訴えるが、彼女は悠長にも空を、鳥を見上げた。
(話をしている?)ジュディスの行動は遠くの巨大鳥に目で何かを訴えかけるようにも見えた。
が、今はそんなことを言及している間もない。
クリティア族は特徴的な尖った耳を持った、古の風習を継ぐ、この世界でもごくわずかな種族だ。
聞いた話だと、クリティア族はすごくマイペースな性格だということだけど、ジュディスもそれなのか、この嵐のような事態にも驚きもしないしあせる様子もない。

「心配ないわ、あなたたちは先にいって」

しかし、その言葉をエステルは聞かずにジュディスの手を取った。

「さぁ!早く!」
「あら、強引な子」

拒む様子もなく一緒に走り出した、ジュディス。
この展開を予測はしていたのか、肩をすくめて私たちの後ろをついてくる。
そのとき、ヘラクレスと激しい攻防を繰り返していた巨大鳥が急に進路を変えて南の空へと姿を消していく。
ヘラクレスが追撃を図るが、さすがの大砲も遠くのかなたまで届く様子はなかった。

「あれ、帰ってく?なんで?」

雲の合間からさす、朝日がとてもまぶしくて鳥が消えた空を細い目で見送っていた。

「ヘラクレスにうんざりしたんだろ。とにかく行くぞ」
「う、うん」

これでひとつの危険は回避できたが、もうひとつ私たちには走らなきゃならない理由があった。

「待つんだユーリ!それにエステリーゼ様も!」

ヘラクレスはダングレストの街にずいぶん痛々しい傷跡を残してくれたらしい。
街の出入り口である橋も中心は木っ端微塵に砕かれ、渡ることは不可能だ。
しかし、今の私たちにとってそれは好都合だった。
橋の向こうのフレンがこちらに向かってただ叫ぶ。

「面倒なのがきちまったな」
「ユーリ、幼馴染にそれは……」

と、こんな状況にもかかわらず控えめに突っ込みを入れる。
エステルが足を止めて。フレンのほうを振り向く。

「ごめんなさい。フレン。私、やっぱり帝都には戻れません。学ばなければならないことが、まだ沢山あります」
「それは帝都にお戻りになった上でも……」

言いかけたフレン。
しかし、エステルはゆっくりと首を横に振った。

「帝都にはノール港で苦しむ人々の声は届きませんでした。バルボスの悪行も」
「……」
「自分から歩み寄らなければ何も得られない。それをこの旅で知りました。だから……私は旅を続けます!」

それはエステルの本心だった。
ユーリや私たちの目を気にして旅に同行してきた彼女とは違い、今度は断言する。
旅を続けたい、続けると。

「エステリーゼ様!……」

言いかけたフレンに向かってユーリは懐から取り出した青い球をフレンに向かって投げた。
それはガスファロストでバルボスから奪還した下町の水道魔導器の魔核だった。

「フレン!その魔核、下町に届けておいてくれ!」
「ユーリ!」
「帝都にはしばらく戻れねぇ。俺、ギルドはじめるわ」

カロルと私がはっと、ユーリを見た。
カロルに曖昧な答えを返していたユーリもついに親友に言い切ったのだ。

「ハンクス爺さんや下町のみんなによろしくな」
「ギルド……それが君がいっていた気にのやり方か」
「あぁ、腹は決めた」
「それは構わないが、エステリーゼ様は」
「頼んだぜ」

最後のフレンの言葉は聞かないふりをしてユーリはこちらを向いた。
カロルに向かい、視線を落とす。

「言うのが逆になっちまったけど、よろしくなカロル」
「ユーリ……うん!」

カロルが満面な笑みを浮かべて頷いた。

「お前も一緒に来るんだろ?」
「まぁね」

エステルにはあれだけ言い切ってしまったのだから。
とまだ必死に何かを言っているフレンを見る。
帝国にいるものとして、これを認めるわけにはいかない。
いや、彼の性格として今は絶対分かり合えないだろう。
と、フレンの後ろで明らか私に向かって手を振る人物がいた。

それに苦笑いで応じるしかなかった。
照れくさそうに控えめに手を振るハリーとその隣で手を組む、ドン・ホワイトホース。
本当は別れたいわけじゃないけど、今だけは少し、寂しいのをこらえることにした。

今度はちゃんと自分の記憶を取り戻してから彼らの元に帰ってまた馬鹿みたく騒ぎたい。

私は彼らの元に届くように大きく手を振った。
声は聞こえないけれど、「いってきます」そう伝わるように。

「何してんだ!置いてくぞ」

私は髪を掻き揚げて振り向き、走り出す彼らの後を追う。
私は新しい仲間とまた一緒に旅に出る。


今度は自分自身のために。

空を見上げると、曇天はどこかに消え去り空は晴れていた。
太陽が世界を照らし、光が世界を包んでいた

まぶしいほどに




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