出立の朝

小さな雨音が窓を打ち付けて特有の音色を作り出していた。
それは久しぶりに感じる目覚ましだった。

「もう、朝なんだ」

早めに眠りについたというのに、眠った感覚がしない。
近くを流れる運河の水音が部屋に響いていた。
窓から外を覗くと朝立ちの後なのだろう、霧がダングレストの街を包んでいた。

きっと川の水位が上がってきて下水に溜まっているのだろう。
重い体を起こして服を着替えた

今日この街を出ることになる。
次帰ってくるのはいつになるか分からない、もう帰ってこれないのか、

部屋の隅に立てかけてあった写真たてをわざと下向きに倒した





「早いんだね」

靴以外すべて新調した。
前回の旅でずいぶんと汚れてしまった白いワンピースは黒いフリルのついたものに変えた。
前よりは動きやすいものだと思う。
コートもん後ろが長いものに変えたし、バックも前のものよりはものが入るものにした。
さすがにカロルのよりはぜんぜん小さいけども

杖も短いものでバックに収まるようになった。

ダングレストの中央の広場で騎士団が整列していた。
その中を縫ってみれば、豪華な馬車の前で立っているエステル、そしてリタ、カロルの姿があった。

「よかった、エルまで来ないかと思った」
「ユーリは来てないんだね」
「そうなんだよ、僕呼んでこようかな」

と、不満をもらすカロルに「やめておいたら」と声をかける。
どうせユーリのことだから、エステルのことを考えて会ったらエステルが別れにくくなると遠慮してるのだろうから。
リタはいつものあっさりとした表情とはまったく違って複雑そうに視線を泳がしていた。

「エアルクレーネの調査が終わったらあたしも帝都に、い、行くから」
「はい、楽しみにしてます」

素直にエステルに会いたいかといえばいいのに私は少し笑った。

「あんたも、気を落とすんじゃないわよ。あたしがいろいろ調べてあげるから」
「あれ?リタ。今日は優しいんだね」
「別にあんたのためじゃないから!あのラゴウに珍しい魔導器持ち逃げされるのが嫌なだけよ!」

と、赤を真っ赤にしながら照れくさそうな表情を無理やりそらしていったリタ。
私たちはエステルがどこか寂しそうな表情を見ないようにしていたんだと思う。

「じゃ、じゃあね!」
「あ……」

リタは全速力で街の外に走っていってしまった。
どこまで素直じゃないのだろうか、相手がエステルじゃなかったらすごくいじられるんだろうな(私はいじっているし)

「カロルはこれからどうするんです?」
「うーん、僕はユーリと一緒にギルド作りたいな」
「それ、いい考えだと思います」
「へへ」
「あ、ユーリ呼ばなくてもいいの?」
「えぇ、まだ休んでると思いますし」
「……やっぱり僕呼んでくるよ!」
「カロル」

と、彼までも宿屋に向かって走っていってしまった。
ただでさえ、後ろで騎士団の人間が急ぐそうにと視線を一身(エステル)に向けているのだ。
カロルが往復して帰ってくるまで待ってはくれないのだろう。
エステルは切ない表情でカロルの後ろ姿を名残惜しそうに見つめていた。

「あの、エル」
「ん?」
「ラゴウのこと。本当に力足らずでごめんなさい」
「エステルが謝ることじゃないでしょ?」
「はい……」
「それに、私勝手なこと考えてた」
「え?」
「最初エステルと会ったときは自分のことも人に言えないのかなって思った。あなたが皇族で心配になったことだってあるんだ」
「ご、ごめんなさい」
「でも、それは違った。エステルは私が思っている以上にいろんなことを考えていたね。私も本当はエステルが帝都にいるのがあるべき姿だと思っていたけど、それは違ったね」

そう、彼女は誰よりもこの国のことを憂いていた。
話にきいたハルルのことも、ラゴウのことも
一番、他人のために考えて行動したのはエステルだった

「ありがとう、ございます」
「寂しいのは一緒か……」
「はい……」
「エステル。本当は知りたいんでしょ?」
「え?」
「魔導器を使わなくても、魔術を使える理由」
「はい……」
「私も一緒だから分かるよ。他人と違うって見られるの。辛いもんね」

と声に出したそのときだった。

「なんだ、あの影は!」
「こっちに近づいてくるぞ!」

と、騎士団の人間が全員震撼した。
上空か飛来する影。

「エステリーゼ様!」
「フレン」

見上げて見ると、そこには赤黒い巨大な鳥がこちらに向かってきている。
まるで神話に出てくるフェニックスのような姿。
建物ほどある体がこちらに降りてくると辺りの人間、建物が突風で吹き飛んだ。

「エステリーゼ様!エル!早くこちらへ!」

フレンが手を引き、エステルを避難させようとした刹那、巨大な鳥はその巨大な翼で突風を巻き起こし騎士団の人間を吹き飛ばしていく。

「ティアルエル!ここは私が!」
「エルさん」
「ソディア、ウィチル?」

私たちに割って入っていった今やフレン隊の小隊長になったソディアとアスピオの研究院のウィチル。
エステルはフレンに手を引かれ物影で吹き飛ばされ怪我をした騎士団の隊員の治療に当たっていた。
それを見た巨大な鳥。

「あれは……!」

魔物とは思えない姿、そう私には見覚えがある。

「カルボクラムでの……?」

巨大な亀のような生き物。
とても魔物とは思えない容姿。

「っ」

そう、またあのときのように沸き起こってくる偏頭痛。
ただの魔物とあった時にだって決してなりはしない。
頭を抱えた私に向かってその魔物は向きあった。
何をするわけでもなく、ただ首(こうべ)をこちらに向ける魔物。
後ろには愕然とした表情の騎士団長アレクセイとフレンの会話している姿があった。

「騎士団長……!どうしてここに!」
「騎士団の精鋭が……やむを得ない。ヘラクレスでやつを仕留める!」

アレクセイが叫んだとき、魔物とは違う地響きが橋から伝わってきた。


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