断罪の剣は振り下ろされる

月の光が頼りだった。
ダングレストの街も深夜になればさすがに寝静まり、辺りには人っ子一人いやしない。
ダングレストの玄関口である橋に小さな馬車が止められていて数人、武装した男が数人。
その中に一人だけ、背の小さな老人が立っていた。
それはあのラゴウだった。

「アレクセイがいないと思って羽目をはずし過ぎましたか」

反省の色すら見せないラゴウの姿を見て俺は小さく舌打ちをした。
フレンの元に会いに行くと今回の件で隊長に就任したといわれた。
親友の昇格を心から喜びたかったが、引っかかって、そして飲み込めない現実が今目の前に突きつけられていた。
フレンが隊長に就任しようがラゴウ一人裁きにかけられない、そもそも俺たちが騎士団に入って上を目指した理由、この帝国の不条理な法を変えるため。
腐りきった帝国の内部でも親友は代わることなく自分の目標に一途に生きていた。
フレンならば、どんなものにも飲み込まれずやがては帝国を変えてくれるだろう。
信じている


だが、今はそんなこと待てる余裕も、時間もなかった。

今、こいつを生かしておけば苦しむ人間がいる

エルのように、泣く人間だってたくさんいるんだ


「フレン・シーフォ。生意気な騎士団の小僧め……この恨み忘れませんよ。評議会の力で必ず厳罰を下して見せます」

ごめん、そう誰かに向かって謝った。
反省の色も見せないラゴウ。
こいつには生きる価値があるというのだろうか、こいつにとって市民は駒であり自分に従うだけの存在であることには変わりないのだ。
ラゴウは懐から、あの月と同じ輝きの魔導器を取り出し、魔核を覗き込むといやらしく笑った。

「この魔導器さえあれば、あのアレクセイにも一泡吹かせられますね。まったくいい拾いものをしたものです」

普段、絶対に泣かなかったエルの泣き顔が脳裏に浮かんだ。
誰よりも強く凛としていた彼女がただ泣いたのだ、その手にある魔導器を失ったことによって。

フレンの悔しさも

エルの悲しさも

俺は全部わかっていた


「うわっ!」
「ぐぉ!」

俺は迷わず剣を抜いた。
月に光を頼りに、ラゴウの両脇を守っていた護衛の男を切り捨てた。
幾度となく人を斬ったことはあったが、その手で命を奪ったのはこの時がはじめてだった。
突然の出来事に面を食らったラゴウと目が合う。
ラゴウは目を見開き、信じられないといった様子で俺を見ていた。

「あ、あなたは!!」

動揺か体中からにじみ出ていた。
震える手で俺を示す。

俺は剣にこびりついた、血を一閃し、しぶきを払う。

「私に手を出す気ですか!私は評議会の人間ですよ!あ、あなたなど簡単につぶせるのです!」

それはこの先、お前が生き延びれることが出来れば、な。

「こ、こんなことをして!……無事ではすみませんよ!」

ラゴウの精一杯の虚勢だった。
じりじりと後ずさりしながら思いつくだけの言葉をぶつける。

「法や評議会がお前を許しても、俺はお前をゆるさねぇ」

剣が唸った。
必死に逃げようとするラゴウを捕らえると、腹を一気に切り裂いた。
暗闇で見えないが確かに血しぶきが舞った、ラゴウの手から落ちた青白く光る月の輝きがラゴウの断末魔を照らした。

「そ、そんな……あと少しで宙の戒典が……!」

自分は無慈悲にもラゴウの背中をさらに切ると、前のめりに体を埋めたラゴウが橋の下に落ちていく様を見届けていた。
静まり返った街に消えた水しぶきの音。

そして、地面に転がった魔導器を拾いあげた。
これを返せば、再びエルは笑ってくれるだろうか

『どんな理由があっても――』

何を考えてるんだ、俺は

美しい光を放っていた魔核は光を失っていた、
赤黒い液体がついたその魔導器は光を失っていた。


犯してはいけない、一線がある

それを踏み越えてしまった、のに。
これ返してエルは本当に笑ってくれるか?

それは俺の慢心だった。


ふらふらと足取りは重かった、宿屋の前には相棒のラピードがじっと伏せていた。
足音に気づくと耳をぴくりと動かした。

「ラピード……」

何か言いたげな瞳が再び閉じられた。
伸びかけた手が自然と引っ込んだ。
自分の手は今、赤黒く何かに触れただけで壊してしまいような予感がした。
ぐっと握り締めた左腕は行き場をなくした。



エルが魔導器を何よりも大切だと分かっていたのに、それをすぐに返すことは出来なかった、
結局は自分が拒まれるのが怖かった

残酷なほど輝く月が俺だけを照らしてるように錯覚してしまう、



それは空に輝く星だけが知っている



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