不条理な世の中だけど


ダングレストの宿屋の階段を一気に駆け上がって、私は勢いよく扉を開けた。
叩きつけるような音が部屋中に響いて先客の二人は私を見た。

「エル?!そんなに急いでどうしたの?」
「ラゴウの話……」
「そのことならたった今、カロル先生から聞いた」

二つ並んだベッドの奥側に腰をかけたユーリが目を伏せていた。
すっと顔を上げると恐怖を感じるくらいとても鋭利な表情をしていた。

「そっちもその話聞いたんだな」
「レイヴンから聞いた。面白くない話だね」

私がレイヴンから聞いた話、それはラゴウの処分についてだった。
帝国の反乱行為、カプワ・ノールでの職権乱用行為によって罪もない人間を魔物の餌や奴隷商に売ったり、帝国の管轄外での魔導器の悪用など叩けば叩くほどその悪行の数々は人の所業とは思えないほどにひどい、がしかし。

「執政官の地位剥奪だけ、ね」

そう、最終的に帝国がラゴウに下した答えがそれだった。
何百に近い人間を陥れ、これだけ帝国とギルドの仲を裂いておきながらの帝国評議会の結論だ。
ギルドの人間は不服と思っているだろう。
ラゴウは帝国では位の高い貴族の出身であって、そのコネや権力を使って証拠や罪をもみ消した結果だった。

「これが今の帝国のルールか。ったくほんと面白くねぇ」
「どうしよう、ユーリ」
「さて、な」
「ちゃんとした罰を受けないなんてこんなの、絶対おかしいよ!そうだエステルにいえば何とかなるかも知れない!」

と言って、カロルは愛用のカバンを肩から下げて部屋から走って出て行ってしまう。

「おい、あんまりお姫さまに迷惑かけるんじゃねぇぞ」

ユーリの忠告はカロルの耳には届かなかっただろう。
二人になると、ユーリはふぅと大きく息を吐いた。

おそらくエステルも同じことを気にかけて出来ることならどうにかしたいと奔走してそうだろうけど、皇帝不在の今、帝国の執政権を持つのは騎士団でもなく評議会の人間なのだろう。
その一人で権力を持つラゴウをいくら皇族とはいえ正式な皇帝でもない限り一回下された決定を覆すことなど不可能だろう。
この世界のことは散々勉強して目で見てきたこともある。
私だってユーリだっていたいほどそれが分かっている。
「参ったね」と私が言葉を漏らした。
こうなってしまっては私の魔導器を取り返すためにはラゴウと直接コンタクトを取らなきゃいけなくなったわけで。
本当に今の帝国は腐りきっている。

「あーあ……。どうしてこうなっちゃうかなぁ……」
「だな、何やってるんだよ、フレン」

長い沈黙が流れた。
私は床を、ユーリは天井を見つめてお互い次の言葉を考えていたのだと思う。
フレンは今回の功績でそれなりに出世するんだろうな。
フレンならきっと先頭に立ってラゴウの処分の不当性を訴えてくれているだろう。
同じことをなぜ騎士団長であるアレクセイもしないのだろうか。

「なぁ、エル」
「なに?」
「法で裁けない悪、お前ならどうやって裁く?」
「何それ?ラゴウのこといってるつもり?」
「さぁな」

おもむろに投げかけられたユーリの一言。
声はいつもより低く、ごまかしようもない重い空気だった。

「私なら」

どうするだろうか?
誰も苦しめることなく、そして何よりも早い手段がひとつだけある。
それはラゴウを殺すことだ。
ラゴウはたくさんの人間を殺した、
きれいごとは言うつもりはない、生きている価値もない人間なんだ。

「甘いかも知れないけど。それでも法に訴えるわ。この世界で生きる上では世界のルールに従うのが当然だと思う、から。どんな理由でも犯しちゃいけないことがある」
「そうか」
「でも、それってすっごく最低な選択だね。だって、結局は自分以外の人間が苦しむのを見逃す、そういうことでしょう?」
「そう思えるだけまだいいかもしれないぜ?」
「そうかな」

目の前で苦しむ人間がいると分かっていても行動ひとつ取れずに指をくわえているのだから。
ユーリはすっと立ち上がると部屋の隅に立てかけてあった剣を手に取った。

「ちょっと出かけてくるわ」
「どこに行くの?」
「ん?騎士団の駐屯地のテントかな」
「フレンに文句でも言いにいくつもり?」
「まぁ、そんなところかな。んじゃあおとなしくしてろよ」
「……?」

と、頭を撫でるとユーリは部屋を出て行ってしまう。
すれ違い際に「待ってろよ」と小さく呟いたのが聞こえた気がした。

「待ってろって」

ここは私の部屋じゃないのだ。
部屋の主である二人は出かけてしまったし、ここにいるのもとてもおかしな話だ。
私もこれからどうしようかな、本当はダングレストにラゴウがいると知っているし、魔導器を取り返したくてたまらないのに、それが出来ない。
私が今ダングレストで滅多な行動を取れば帝国評議会にギルドとの講和にいろいろと突っ込まれてしまうから。

そんなことを考えながら宿屋を出るとそこには地面に伏せて目だけ開けてこちらを見上げているラピードの姿がそこにあった。
宿屋の看板の前で夕日の光を浴びながら何かを語りかけるかのようにじっとこちらを見ているラピード。

「どうしたの?」

と聞いても返事が返ってくるわけがない。
当然だけど私はラピードの言葉が通じてるわけじゃない、行動でなんとなく分かるだけなのだから。
ラピードはじっと私の瞳を一線に見つめているだけだ。

「こんなところにいたら風邪引いちゃうよ?ユーリが帰ってくるの待ってるの?」

じっと目を瞑ったラピード。
耳がピクリと動いた。
じっと見ていたけどそれ以上何もする気もないようだった。

「じゃあ、風邪引かないようにね?」
「わう……」

私は立ち上がると、自分の家に帰ることにする。
明日、エステルは騎士団に連れられて帝都に帰るらしい。
ヘリオードで強引にアレクセイを説得してここまで来たがさすがにもう許されないらしい。
リタもダングレストを出るというし、明日エステルの見送りくらい行こうと思っていた。
ついでに私も明日出立するって決めていた。

本当はすごく寂しくなる。

今まで一人で旅をしたこともギルドの人と旅をしたことあるけど、どんなに厄介ごとに巻き込まれようとユーリ、ラピード、エステル、カロル、リタとの旅は本当に楽しかったんだ。
エステルは帝国の皇族であるから何度も、今でも帝国にいるのが自然の形なんだと思っているけど、彼女が皇族でなければよかったのに、今になってそう思う。

それだったら、同年代の友達くらいにはなれただろうに。

「本当に、寂しいな」

白い、月が顔をのぞかせた空を仰いで独りで呟いた。




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