泣いているのは?

それは私にとってはとても残酷な宣言だったと思う。
体が重い、私はどうやら償いきれない過ちを犯してしまったらしい。

「用事は分かってんな」
「うん……」

汗ばんだ手でコートの裾をぎゅっと握り締めていた。
何百年に一回の嵐のような出来事が過ぎ去ったギルドユニオンは不完全燃焼に終わったギルドの人間が愚痴るのを廊下で聞きながら私はユニオン本部のドンの私室へと呼び出されていた。
到着してみると、私と目をあわさず、まるで別箇の物見る瞳でこちらを見たドンと気の毒そうな顔のレイヴンの二人。
私はこれから自分がどうなるか、それで大体理解してしまった。

「今の状況、大体理解できてるな」
「ギルドと帝国の戦争は寸止め、お互い講和を持つことになった。バルボスはガスファロストにて自害、紅い絆傭兵団の人間はほぼギルドユニオンが更迭し、ギルドは解体に向かってるだっけ?」
「そこまで分かってんなら十分だろ」

それは他人から、エステルから後で聞いた話だった。
私は自分でも理解できなかった、バルボスの自殺と、自分の犯した行動。
それは天を射る矢でも波紋を呼んでいるという。
私は無意識か、何かにのっとられたような感覚のまま、ユーリたちに剣を向けたという。
それは天を射る矢の中でも反逆行為とみなされた、それだけではない、私はどんな理由であれバルボスにつかまり、仲間の足を引っ張ったことになるのだから。
それは、どんな理由があったとしても、誰かが許してくれても私は自分で自分を許せない。

「確かに今回の講和はてめぇの功績があってこそかもしれねぇが。てめぇで決めたルール、破ろうってことはねぇだろうな?」
「分かってる」
「そうか、なら何もいうことはあるめぇ。ここから今すぐ出ていけ」
「ちょっと、ドン」
「……ありがと」
「エルちゃん?!」

鋭い目が私の背中を押した。
私はただ頭を下げたまま、その部屋を走って出て行った。
振り向くことは出来なかった、怖かったんだ。
まるで軽蔑されたような目で、使い物にならないといったような瞳で見られるのは。

「あれ?エル?」
「カロル……」

ユニオン本部を逃げるように出て行くとそこには、仲間の変わらぬ姿があった。

「エル体は大丈夫なんです?」
「……もちろん、エステルのお陰で」
「そう?それにしては顔色悪いんじゃない?」
「そう、かな?」
「何かあったのか?」

熱を測ろうと寄ってくるエステルに思わず後ずさりしてしまった。
そう、変わったのは私一人。
私のよそよそしい態度は自分だけは恥ずかしいと思っていた。
でも私はガスファロストで彼らにしてしまったことを他人から聞いて前みたいな態度を取れないだろうと思っていた。
私は、彼らを『殺す』つもりだったのかもしれないのだから。

「本当に、本当に大丈夫なんです?」
「エステルは心配性だね。平気だよ。もう立てるし、ぴんぴんしてる」

と、私はくしゃりと髪を掻き揚げる、と左手はいつも耳に掛かっているものがなくて、まるで空振りした。
思い出したくない、そんなつもりはなかったのに、いやなほど私の胸にそれは刻まれていた。
そう、私の武醒魔導器は奪われたまま戻ってくることはなかった。

「おい、エル」
「……みんな、ごめんね!」

それ以上の言葉は出なくてぽつりとつぶやいた言葉、心配そうに差し出してくれたエステルの手が怖くて、不安そうに私の顔を覗き込むカロルに私の雨にぬれた顔を見られるのが嫌で。
私は走り出していた、仲間の声なんて聞こえない。
そう自分に言い聞かせて。



誰もいなくなった街の隅で私はもう行くこともないだろうギルドユニオン本部を長い間見つめていた。
今にも泣き出しそうな空を背景にユニオンの本部はとても遠くに感じた。




私の家はダングレストの一等地とも言えるユニオン本部の近くにある。
下は金物屋になっていてたまにギルド、魂の鉄槌のメンバーが出入りするのを見かける。
そこの二階のワンルームが私の家だった。
家は物置と化している。
昔はそこで読み書きや世界の情勢について学んだが、最近では忙しすぎて寄り付くこともなかった。
実際自宅に帰ってくるのも実に数ヶ月ぶりだから。

少し古ぼけた鍵穴にバックの奥に押しこんであった鍵を差し込むと重い扉がゆっくりと開いた。

「はぁぁ……」

ため息が思わず漏れた。
ただでさえ気持ちが奈落の下、地獄の底くらいまで落ち込んでいるというのに私の前にうつるのは原稿が散乱した部屋。
そういえば前に部屋を出る前には遅刻をしかけて原稿が散乱したのを気にも留めず急いで出てきたのだっけ、ずいぶん前のことだから忘れていた。
部屋はこれさえなければ、本ばっかりの部屋だ。
前にカウフマンを招待したときにいろいろと家具をお勧めされた。
身長ほど積み重なった本が一人で住むのに十分な部屋の半分を占めている。

本をどかしながらベッドを目指す。
途中目に付いた、本は確か子供が使うような字の教則本だったり、子供向けの御伽噺のように書かれた歴史書だったり、絵ばっかりの小説だったり。
それを見て、私の心は確かにイラついていたと思う。
どれも私を心配してハリーやカウフマンが持ってきてくれたものだ。

私が、ギルドを辞めさせられなければならなかった原因。
それは自分自身にあることは十分、分かっていたけど、私にはあのとき抗うことも出来なかった。
本当に、何なのだろう、私は。
自分の記憶を辿ろうとしても近道どころか、記憶がなく字も満足に書けなくて自分で自分の足を引っ張った。

「っ!」

私なんて!
もっと恵まれた環境で普通に育って生活できていればこんな悔しい思いも、抜けたような思いもせずに済んだのに!!!
ぶつけようのない怒りがピークに達して近くにあった本を手に取った。
それは大切なものだったかも知れないけど、関係ない。
今の自分はとても醜い形相をしていただろう。
それを振り上げると白い壁に叩きつけた。
ばさっと音がして下向きに開いた本は床に散乱した。
それだけでは気が済まなかった、私は近くにあった本を何冊も、何冊も壁や床にたたきつけた。
こんなものに八つ当たりしても気持ちは晴れることはないだろう、分かっていたのに。
自分を責めることしか出来なくて、それから逃げるための自衛手段だったのだから。


嗚呼、今日は逃げてばっかだ。



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