紅い絆傭兵団の最期

「お前……」
「なんだ?あれは」

いつものエルの深紫の瞳はまるで黒曜石のような、夜空のような漆黒の瞳に、目は猫のように細められこちらをにらみつけていた。
唇は一切動くことなく硬く結ばれていた。
顔は雪のように、死人のように白く色が通ってなかったのだ。
まるで陶物の人形のような豹変した彼女の姿がそこにあった。

「エル、お前!」
「な、馬鹿な」

最初は魔導器を奪われた激情からか、こんな暴挙に出たかと思えば、それはまったくの検討違いだったようだ。
まるで人形のように表情を失っていた、そして片手には剣が握られている。
敵味方の認識はおろか、自分が何をしているのかも分かっていないらしい。
彼女は柄を再びぐっと握り締めると、今度は敵をレイヴンとみなしたのか、こちらに向かって体勢をかがめてこちらの間合いをつめて来る。
彼女が剣を握った左腕は信じれないくらい鮮血の赤で染まっていて。

「ちょ、これどうなってんのよ!」
「さぁな!」

レイヴンが彼女の剣を短刀で受け止め、弾くと体勢が崩れるが、彼女が足で床を小突くと、足元で光が収束する。

「危ない!」
「ちぃ」

咄嗟にレイヴンを突き飛ばしたのとほぼ同時に光が矢の形に変わり、地面から俺たちを狙って上ってくる。それもすごいスピードで。

「青年、ちょっと乱暴なんじゃない!」
「死にたくなかったら引っ込んどいたほうがいいんじゃねぇか!」
「ユーリ!エルはどうしたっていうんだ!」
「わかんねぇよ!」

フレンの問いにも短く返す。
そう、この中の誰一人でさえ今のおかしな状況についていってる人間なんていやしない。
バルボスが彼女に何かしらしたのかと思ったが、おそらくバルボスの部下もどこかで伸びているところだろう。
彼女の手に握られた鮮血が傷を負ってない彼女のものでないなら。
それにこのガスファロストを登ってくるときに手薄な警備にもそれなりの合点がいく。

「おかしい!魔術であることは間違いないのに、詠唱もなし。それにエアルを練ってる形跡もない……」
「エル!目を覚ましてください!」

リタ、そして涙目で訴えるエステルの声はとうに届いていないのだろう。
光の矢を何とかかわすとフレンが困惑したが、剣を抜くと彼女と対峙する。
無論、俺もだ。

それを合図に彼女は俺たちに向かって剣を突きつけてきた。
それを何とか、横にかわす。
しかし、それは一撃だけじゃない、何度も、何度も剣でこちらを突いてくる。
それはあまりに見ない、剣の流だったので避けるのも精一杯だった。

「っと、本当にしゃれになんねぇぜ!」
「ユーリ!」

漆黒の瞳がこちらに向けられ、その視線が突き刺さるように痛かった。
フレンに名を呼ばれて見れば今度は俺の背後から光の矢が伸びる。
それを弾く幼馴染。
俺に剣を向けながら、術も同時に発動させるなんて、普通の人間には不可能だ。
魔術のことは詳しくないが、昔騎士団にいたころ習ったことではかなりの集中力とそしてイメージが必要になる。

そう、普通の人間には無理なのだ。

じゃあ、彼女は今、どんな状況に置かれてるんだ?

考えが目の前の状況を上回ったとき、彼女の剣が俺のほほを突き刺す。
しかし、俺が剣を顔の真横に構えガードしていなければ頭に風穴が開いていたに違いない。

「こんな力あんなら今度はまともな時にご教授願いたいね!」

金属音が響いた、耳がおかしくなるんじゃないかと思うくらい近くで。

「……」

剣が上空を舞う。
もともと彼女の体格にあっていない重さだったのだ。
力いっぱい横に弾けば簡単に剣は彼女の手から外れる。
空を舞った剣は独り、カランと音を立てて地面に沈んだ。

無言のまま、じっと上目遣いで鋭い瞳を絶やさずこちらを見ていた。
相手の出方を伺う猛獣のように。

そのときだった、ことの成り行きを無言で見ていた、首謀者が立ち上がったのは。

「伏せろ!」

とっさに彼女の手を引いた、俺が何もしなくてもそれを避けていたかも知れないが。
彼女の背後から、大きな爆発と衝撃破が流れてきたのだ。
風を巻き上げて、炎が急速に燃え上がる。
思わず、彼女をかばうように抱きとめた。

「ユーリ!エル!」
「こっちは大丈夫だ!あの剣はちょっとやばいぜ!」

バルボスが剣の力を発動させたらしい、まるで狂ったように剣を何度も、何度も振り続ける。
巻き上がる爆発に体を起こすことも出来ない、何も出来ない自分がもどかしくて仕方ない。

「魔導器と馬鹿にしていたが使えるではないか!ダングレストごと吹き飛ぶといいわ!」
「っ!」

バルボスの手元にエアルだろうか、赤い火花が収束した。
俺の横で無表情に自分の敵に向けられていたエル視線は急に色を取り戻したように空を見上げた。
空、そこは竜巻を引き起こしていた魔導器があったはずの場所、そこに一人の人影が存在した。

「あいつ……」
「まて!」

現れたのはケープ・モック大森林でおかしな黒い剣でエアルを斬った銀髪の男、デュークだった。デュークは剣を空高く掲げるとまるで、エアルを吸収してるかの用に黒い剣に飲み込まれていった。
そして、一瞬目がくらむほどの光で目が見えなくなった。
次に目を開けたときにはバルボスの剣の刃先が崩れ、そしてその先がごとりと地面に落ちた。

デュークはいつの間にかこちらまで降りてきてそして伸びたエルの影の上に立っていた。
そのとき、エルの瞳が完全に色を取り戻し、そしてエルの声色と信じれないほど低い声で「やめろ!」と叫んだのと同時にデュークは黒い剣をエルに伸びた影に突き刺した。

「っあ……!」

まるで後ろから糸で引かれたように仰け反ると、声にならない叫び声を上げて前のめりに倒れそうになるエルの体を支える。
体をゆすると「ユーリ……」と小さく俺の名前を呼ぶ。
顔は色を取り戻し、いつもの声色で。

「わ、たし……」

「何があったんだろう……」そう小さくつぶやくとゆっくりと瞼が閉じられた。
それに答えることなく、俺は床に寝かしつける。
ラピードがじっと彼女を見つめていた。

「エル!」
「エステルはこいつを診といてくれ」
「分かりました……!」

駆け寄ったエステルに告げると、彼女がぐっと表情をこわばらして頷いた。
そう、まだ終わったわけじゃない、俺たちの前にいまだ立ちはだかる本来の剣を持ったバルボス。

「……所詮頼れるのは己の力のみだったな。さぁお前ら剣を取れ!剛風のバルボスの力とくと味わうがいい!」

はなからそうしてくれりゃこんなややこしい話にならなかったんだ。
冗談じゃない、そう苦笑いを浮かべながら再び剣を握り締めた。
そう、水道魔導器の魔核、何やかんやで増えてしまったがエルの魔導器もついでに取り返してやるために。




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