映るのは漆黒の瞳

「そんなに心配?」

と、竜使いのおねーさんこと、ジュディスは俺に向けてそういった。
あれからこの場所はダングレストからそう遠くない場所にある、紅い絆傭兵団が造った魔導器を掲げた要塞だと聞いた。
そして武器を奪還し、この要塞の上階へと上がっていくと、ダングレストで別れた仲間がそこに待っていた。
エステルに「大丈夫か?」と全身調べられてリタには散々嫌味を言われてカロルには「ばかばか」と責められてなぜかおっさんにも愚痴のひとつをこぼされた。
そして何より、口うるさかったのは一緒にいた親友のフレンだ。
「また、無茶をして」と何度も何度もまるでオウムのように繰り返されたしだいには参った。

仲間と合流して、それでもエルは探してもいなかった。
こうなったらバルボスに直接聞き出すほかなく、俺たちはさらにさらに上の魔導器に向けて歩き出す。
雲が厚い、風が吹きすさむ空を見上げて柄にもなく考えこんでいた。
エルの様子が明らかにおかしかったこと。
そして、俺たちとは別の扱いでよそに捕らわれたとこ。
ただ単純に俺たちよりドンを揺さぶる材料としてなるので身近に置きたかっただけかと考えられるけど、本当にそれだけだろうか?
エルの魔導器をはじめから特別視していたことに何か関係あるかと。

「まぁ、な。エルのことは俺が原因だしな」
「そうなの?エルって子。どんな子なの」
「結構いやみったらしいヤツだぜ?すぐに他人の揚げ足を取るし。あぁ、後さりげなく字も下手だったな。まるでガキみたいな字書くやつだ」
「そう……」
「でも、なんだかんだいって他人はほっとけないやつみたいだな。自分のことも大切なんだろうけどな」
「不思議な子、だったものね。いろんな意味で」
「お前、エルのこと知ってるのか?」
「さぁ?それはどうかしら」

そう含み笑いを浮かべてジュディスは先に行ってしまった仲間の後を早足で追う。
ジュディスが言うとおり、自他共に不思議なヤツだ。
記憶喪失で自分のことを知らないとか、自分の世界に引きこもって夢みたいな小説ばっか書いたりとか、変な言い回ししてきたりとか。
それでも、誰かを救おうって気持ちは人一倍持っていた。
認めたくなくて拒絶している節もあったが。

俺は片手に携えた、剣をもう一度握りなおした。
絶対、あいつは連れてかいらなきゃならない、そう心に誓って。




「性懲りもなくまたきたか」

ロフト式の魔導器を使って頂上に再び舞い戻るとそこには壊れた魔導器を見上げるバルボスの姿があった。
相変わらずチェーンソーのような大剣におかしなエネルギーが生まれ、火花を散らしている。
そこに、俺がずっと追ってきたもの水道魔導器の魔核があった。
リタの目が剣に向けられ、鋭く光った。

「もしかして、あの剣にはまってる魔核、水道魔導器の?」
「あぁ、間違いない」
「分をわきまえぬ馬鹿どもめが!カプワ・ノール、ダングレスト、ついにガスファロスト!忌々しい小僧どもめ!」
「バルボス!ここまでです、潔く縛につきなさい!」
「間もなく騎士団も来る、これ以上の抵抗は無駄だ!」

そう剣を抜いて、切っ先を向け、バルボスに高々という、エステルとフレン。
それは気に障ったのかバルボスは唇をかみ締めて、しかし、その笑みは消えることなく叫ぶ。

「十年のときを費やしたこの大楼閣ガスファロストがあればワシの野望は費えぬ!あの男と帝国を利用して作りあげたこの魔導器!それにあの小娘の魔核が存在する限りな!」
「っ……!」

そう、見事に自分の物宣言したが、エルの魔核は手元になく大切に保管しているということだろうか。フレンが隣で「あの男?」と新たに急浮上した謎の存在に眉をひそめた。
しかし、今はそんなことよりエルと目の前の水道魔導器の魔核が先だ。

「あぁ、あの小娘が心配か?そんな顔しなくともまだ生かしてある。会わせてやろうか?」

と、バルボスは言うと、部下の一人に命じる。
俺たちと反対側の扉が開いた。
「つれて来い!」とその扉に向かって叫ぶが、その声は空に溶けてなくなった。
しばらくしても空振りに終わったその命令に、バルボスは気に入らないように「何をしている!」と怒鳴りつけたのとほぼ同時に血相を変えてきた、バルボスの部下である男。
部下はまるで猛獣にでも追われているかの用に、息を切らしバルボスの足元に転がりこむと「大変です!」と叫んだ。

「何だこの体たらくは!そんなことはどうでもいい!さっさとあのガキを連れてこねぇか!」
「その小娘が!うあぁぁ!」

状況に追いつけずにいる俺たちの目の前に信じられない光景が広がった。
扉の方から鞭のように影が伸びて男の左足首を捕らえ、巻きつく。
そしてすごい力で引っ張りあがり一瞬にして男は宙に放り投げられたのだ。

「な、何が起きてるの!」
「ユーリ!あれ!」

エステルは信じられないといった瞳で扉の奥を指し示した。
影が伸びた扉の先には白いコートをまとったエルの姿が半分いたのだ。
いつもと違って顔はうつむいていてまったく顔色は映らない。
周りには他の人間の姿はなく、一人無事な姿を見せてくれたはず、だった。

「よかった!エル!無事だった」
「少年、ちょいストップ」
「何?レイヴン?」
「こりゃ様子がおかしいな」
「え?ユーリまで」

ただならぬ空気を察したのか(いつもは空気読めないくせに)おっさんは身を乗り出して手を振ろうとしたカロルの前に立った。
そう、おかしいのだ。
まるで背筋が凍りついたような奇妙な感覚に襲われている。
じっと槍を構えるジュディにじっと彼女とバルボスを見比べるフレン。
エルは何も言うことなく、ただ、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
彼女が動くと影もついてくるかの用にその体はまだ闇の中。
そして放り出され、倒れて意識を失っている部下の前に立った、その瞬間。
彼女の左腕に握られた輝く、鋭利なものに気づいたのは。

「あいつ……」

それは普通の少女が持つようなものではない、長い刀身を持った剣だった。
それを顔の上まで振り上げると串刺しにでもするつもりか。
無常にも断罪の剣は振り下ろされてやっと俺たちはそれは知っている彼女ではないことに気づいたのだ。

「ちぃ!証言者の口奪っちゃまずいでしょ?」
「おっさん!?」

おっさんから放たれた矢が一瞬で目標を見定め、放たれる。
それに気づいたエルは剣を素早く持ち替えて矢を切り落としたのだ。
おっさんの弓術の技術はギルドの人間でも舌を巻くほどで、それを動体視力だけで叩き落すなんてよほどの人間ではないと出来ない芸当だ。

そして、ゆっくりと彼女がこちらを向いた。
闇に半分抱かれた彼女は、もうエルではないと心から認識させた。



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