利害の一致

「何してるのレイヴン?」

冷めた視線を送ると不審者のように体を震わせたレイヴン。
酒場につくとワインの樽に隠れながら相手の出方を疑う姿は天を射る矢の幹部とは思えない。

「おーエルちゃん。何って?」
「覗き?」

いや、うん。
前からそんな趣味があったってことは分かっていたけど、さ。
私の後ろでさっき合流したリタも詠唱を始めているし、ラピードは「どうする?」といわんばかりにこちらを見上げていた。

「んー。ちょっと偵察にね。そういうおたくらはそろいも揃ってどうしたの?」
「ちょっと殴りこみにな」
「ほー。青春だねぇ」
「どこが」

そこにリタの鋭い突っ込みは入った。
私は最上級の笑顔で「レイヴンも一緒に行くよね」といえばおされ気味に「うん」と承諾した。
バルボスが首領を務める紅い絆傭兵団の本拠地である酒場に潜入した私たちは、見張りを口封じのためにすばやく倒すと、酒場の中を探索した。
他の紅い絆傭兵団のメンバーはどこかへ出払っているらしく、最低限の人数しか残っておらず、中は閑散としていた。
片っ端から部屋を探索していくが、どこにも首領であるバルボスの姿はなかった。
残るは階段を登った先、二階へと続く扉だけだった。

「ユーリ、これ?」
「し!」

口元に人差し指を当てて、静かにしろとこちらに伝えるユーリ。
階段を上がり、扉にぴったりと耳をつけると聞き覚えのある、ある意味求めもしなかった男たちのやり取りが耳に入ってきた。

そっと、音を立てないように扉を開けるユーリ。
少しの隙間から部屋の様子を伺い知ることができた。
中はVIPルームだろうか、高級品の家具が並べられていて下の粗末な造りとはまるで違う。
すわり心地のよさそうなソファの一人腰をかけて、ダングレストの外側に存在する大平原を見下ろしているのはバルボスだった。
そしてそれに対面し、地面を小突いていかにも機嫌が悪そうに振舞う、カプワ・ノールの執政官ラゴウの姿もそこにあった。

「バルボス、どういうことです!」
「何を言ってるかさっぱりだな」
「例の塔と魔導器のことです!私は報告を受けていませんよ!」

仲間割れでもしてるのだろうか。
しかし、前に二人まとめて見たカプワ・ノールでの船上。
二人はお互い利害の一致で利用し合っているということだが、何かこじれることでもあったのだろう。

「なぜそんなことを報告しなきゃならない」
「な、なんですと!?雇い主に黙ってあんな要塞まがいな塔を建造して……!それに海凶の爪まで勝手に使って!」
「海凶の爪(リヴァイアサンのつめ)?」

私はその言葉を繰り返した。
海凶の爪といえば、ギルドユニオンでも指折りの商業ギルドの名のひとつだ。
私も繋がりがないわけではないし。
まさか、ラゴウからその名前が出るとは思ってもみなくて内心、すごく驚いていた。
それでも彼らの口論は口調の激しさもましてヒートアップしていく。

「ワシは飼い犬になったつもりはない。ただお前の要望どおりに魔核を集めたのだ。そのお陰であの天候を操る魔導器を作り出せたのだろう」
「誰が余った魔核を持っていっていいといいました!」

ラゴウも業を煮やしたようで声を裏がしてラゴウを怒鳴りつける。
しかしバルボスはお構いなく、窓の外を見下ろしたまま、言い放った。

「お互い不可侵が協力の条件だったはずだがな」
「な、何を!」
「ワシが貴様のやることに口出しをしたか?」

その言葉が合図のように、周りに控えていた紅い絆傭兵団の人間が武器を固く握り締め、ラゴウを取り囲んだ。
「バルボス!貴様!」と目を細めてにらむが今のその状況ではそれ以上は何も言わず、唾を飲み込んだラゴウ。

「執政官様がお帰りだ」
「お、覚えておきなさい!貴様のような腹黒い男はいつか痛い目を見ますよ!」
「ふん、貴様がな」
「この!!」

私たちから言うと、五十歩百歩、どちらも大差ない。
二人の言い合いはもう十分だった。
ラゴウは帝国への裏切りを
バルボスは犯してはならないルールを破っている
この会話だけで、その悪事は証明できる。
ユーリは私たちに目弾きをする。
それを合図に仲間たちは剣を抜き、私もチャクラムを腰から抜いた。



次に聞こえたのは扉を蹴破る音だった。
相変わらずもっと上品にできないのかと呆れながらも私たちは部屋になだれ込んだ。
入り口付近に立っていた見張りをユーリのみねうちとそして容赦ないリタの蹴りで一瞬にしてのばす。
その異常な音に振り向いた、ラゴウとバルボス。
ラゴウの表情はみるみると凍りついたが、バルボスは相変わらずの余裕の笑みを見せた。
ユーリは剣を肩に置くと

「悪党が揃って特等席を独占か?いい身分だな」

ユーリの皮肉にも乗ることなく、ゆっくりと振り返ったバルボス。

「そのとっておきの舞台を邪魔するバカはどこのどいつだ?」

そして私たちを見比べて、笑う。

「ほう、船であった小僧どもか。そっちの小娘には用事があった。ちょうどいい」
「……?」

私にも用事があったが、あちらからの用事なんてどうせろくなものでない。
エステルは凛とした声で二人の裏切り者をさして言う。

「この一連の騒動はあなたの仕業ですね。バルボス!ラゴウ!」
「で?それがどうした?所詮貴様らにワシを捕らえることはできまい」
「はぁ?どういう理屈よ?」

平然と言ったラゴウにリタが忌々しげにはき捨てた。
隣で黙っていたユーリがそれに応えた。

「悪人ってのは負けることなんぞ考えてないってことだな」
「その理屈だと。いまのユーリも悪人ってことになるんじゃ」
「おう。極悪人だ」

と、カロルの小さな疑問にもふざけて応えて笑ったユーリ。

「ガキが吠えおって」

ユーリの口八方についていけないのだろう。
ついに、痺れをきらして周りの部下たちに「始末しろ」と短く命じる。
剣を抜き、じりじりとこちらに歩み寄ってくる。
私は距離を保ちながら次の一手を思案していたときだった。
窓の外、おそらく平原の方からだろう。
地響きにも似た、人の熱気と声が届いたのは。
一面ガラス張りの対面の壁を見下ろせば、平原にはギルドの人間とそして帝国の騎士団が各、陣を作り対峙していた。
まさに一触即発の状態、離れのここまで聞こえてくるほどの雄たけび。

後ろで高らかにバルボスが笑った。

「馬鹿どもめ!!動いたか!これで邪魔なドンも騎士団もぼろぼろに成り果てるぞ!」
「まさか!ユニオンを壊してドンを消すために……」

カロルがはっとしたようにこちらを見た。

「それを知って、いまさらどうする?もはやどうあがいたところでこの戦いは止まらんわ!」
「ユーリ……」

やはり、この抗争をとめることは不可能だっただろうか。
ギルドの人間も騎士団もお互い侮辱されたと思い込んで、殺気だっているし、いまさら間違いでしたという一言だけで済むわけがない。

「さて、それはどうかな」

といつもの笑みで笑った、ユーリ。
不安そうに彼の名を呼んでしまった私に彼は「まぁ、見てみろって」と窓の外を首で示した。
彼の言うとおり従うと、彼方から。
地平線先から疾走してくる一騎。
今にも戦争が始まりそうなさなか、真ん中を走ってくるその騎士に誰もが目を引かれただろう。
白銀の甲冑をまとい、黄金の獅子のような髪をなびかせ、走ってくるその人物は

「フレン?!」

まさか、間に合うとは思っても見なかった。
確かヨーデル殿下はヘイオードでユーリを開放してからずっとヘイオードにとどまっていたはず。
ここからヘイオードまで往復するのに、かなりの時間を要するはずだ。
あるいは赤眼を探し出し、奪還したか。
フレンが騎士に、ギルドの人間に何かを叫んでいるのだけは分かった。
双方の軍が剣を引いていく、その中、フレンは懐から一枚の書状を取り出し、それを双方の軍の戦闘に立つ指揮者たちに見せ付けた。

それを見て納得したように笑った、ドン。
おそらくそれがヨーデルのしたためた本当の親書なのだろう。

「ったく、はらはらさせやがって」
「よかったね、ユーリ。首の皮一枚でつながったよ」
「ラゴウ!帝国への根回しをしくじりやがったな!」
「ひぃ!」

バルボスの怒声が部屋中、木霊した。
ラゴウは腰が抜けて立てないままなんとも情けない声を上げた。
彼がこの場で書状を持って帰ってこなければユーリは彼の身代わりに処刑されるはずだったんだから。私はらしくないけど、彼の生存に心のそこから安堵した。
それは今目の前で戦争が止まったということ以上に。
それにしてもユーリとフレンのお互いの信頼関係は自分から命を差し出しているほど強い絆。
そんな二人に尊敬を抱きながらも、私は自分の目的を果たすことに集中したい。

2年、長い間かかったけど、彼が唯一、この魔導器について知っていた。
これが一本たらされた未来への白い糸なのだから。



「ユーリ!あの人!フレンを狙ってます!」
「まかせて!」

エステルの言葉でわれに返った。
窓際の一人がボウガンのような魔導器の銃先を向けている。
私はチャクラムを投げると、それをぎりぎりのところでかわした、が。
カロルが手短にあった、酒瓶を男に投げつけると、それは頭部に命中してよろけた男の放った火球はあさっての方向に向かって放たれた。

「当たった!」
「ナイスだ!カロル!」
「おのれ!ガキども!邪魔はさせんぞ!」

バルボスは部下からその魔導器を奪い取ると、こちらに連射してくる。
無数に放たれる火の球。
ひとつひとつは小さく、スピードもないのでかわすのは簡単だが
私たちの後ろにあった、家具やカーテンに燃え移ると一気に火の手は上がり、紅い炎と黒い煙がみるみる広がっていく。

「逃げろ!出口に向かって走れ!」
「ユーリ!」

と口でエステルたちに言っているのに自分はバルボスの方に突っ込んでいく。
名前を呼んでも止まるような人ではない。
なんてことを!
私はまっすぐ突き進むユーリとは別に少し距離ととりながら、バルボスの方へ走る。

「ユーリ!危ない!」

エステルの叫び声が耳についた。
ユーリの考えが分からないわけでもない。
ああいう放出型の魔導器は大気中、あるいは別の場所からエアルを集めて収束し、打ち出すのだから一定の数を打ち終えると充填に時間がかかる。
その隙を狙ったユーリ、だが。

「もらった!」
「遅いわ!」
「うそ!エアルの充填が早い!」

リタの予想しなかった、魔導器の性能。
おそらく、私たちが知らない、新種のものか、集めた魔核で改造したかのものなのだろう。

「終わりだ!小僧!」

正面きって走ったユーリに向かって引き金を引くより速く私がバルボスに向かって両手を伸ばしてタックルをした。
これだけ勢いをつけてもよろめく程度にしかならない。
火の玉は私の真横を掠めると、そのまま天井にぶつかって消える。

「エル!」
「小娘が!」
「っ……」

そのまま勢いで地面に倒れこんだ私は体制を立て直す間もなく、バルボスの手につかまる。
彼は私の喉元を閉めるように信じられない力で掴んだバルボス。
「ぐっ」と喉がなると一瞬にして酸欠で体から力が抜けていく。

「邪魔をしおってままいい。貴様にも用があってな。その魔導器を渡してもらおう」
「エルちゃん」

それまでじっと黙っていたレイヴンが大声で呼んだ。
まるでしっかりしろというように。
しかし視界は白く霞がかっていて、声も聞こえなくなる。
バルボスは巨木のような手を私の首に回すと、ユーリたちに見せ付けるようにして私のこめかみに魔導器を突きつけた。

「この魔核さえあれば、ワシの計画もついに達成される。この小娘にはドンを揺さぶる材料にもなるしな」
「私、で。ドンは揺さぶれない」

それは絶え絶えに出た言葉だった。
私一人楯に取ったところでドンを、ギルド天を射る矢を揺さぶることができるはずがない。
ユーリが再び剣を強く握り締めたところが見えたときだった。

ばりばりばり、と何が剥がれたと疑うように奇妙に外のガラスが割れて炎上した部屋に勢いづいた風が巻き上がり、火の手がさらに炎上した。
そして窓の外には竜と、それにまたがる竜使いの姿が見えた。

竜が低いうめき声を上げると、あの協力な炎の息を部屋中に巻き散らかす。
そしてこちらに向けて、鋭い刃先を持つ長い柄の槍をこちら(バルボス)に向かって投げてくる。
ぎりぎりよけたが異常な事態に私の首を拘束するバルボスの手にも力が入って声も出せない。

「また出たわね!バカドラ!」

リタが火の魔術を竜使いに向かって連射するが、前と同じようによけられてしまう。
そして、今度はリタたちを標的に火の息は吐かれる、それをよけてまたリタは魔術の詠唱に入る。

「っち、やるじゃない。だったら……」
「リタ!間違えるな!敵はあっちだ。エルだって」
「分かってるけどあたしの敵はバカドラなのよ」
「今は放っておけ!」

それは分かってるとはいわない。
と心の中で悪態をつく余裕もそのときまであったが、ついに苦しくなり、胸から何か競りあがってくる。私は両手でバルボスの手を解こうとするが、びくともしない。

「今はこの魔核さえあれば……。ワシの邪魔をしたこと、必ず後悔させてやるからな!」

バルボスが開いてる片手、まるでチェーンソーのような義手を宙に向かって掲げると、彼の足元が浮いた。
そのまま浮かびかがっていく体。
バルボスの義手にはめられた拳ほどの大きさの魔核は水色に光っている。
それは個人で持つ、魔導器の大きさではない。
「まさか」とそれを見たとき、こちらを見たバルボスと目があった。

「貴様にはしばらくおとなしくしてもらおう」
「っあ……」
「エル!待て!」

私の腹にまるで大砲につらぬかれたような痛みが走った。
それがバルボスの膝だと気づくのはずいぶん後の事だった。
吐きそうな感覚とともに私の意識は後ろ、後ろへと持っていかれた。

ここで持っていかれてはいけない、と分かっていたけど、襲いくる痛みとそれから逃げる本能には打ち勝てずにいた。

そのとき、まるで闇から響くような暗い、太い声が聞こえた気がした。


『あなたが危機のときは私が』



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