閉ざされた過去の話


「友の代わりに牢に入る、か。そいつはどんな酔狂だ。小僧」

大きなお世話だと声の主に返そうと思ったが、豪快に笑った声に掻き消された。
フレンに身代わりに牢に入って、はじめは拒否を起こしていた鼻がかび臭さに慣れてきたころ
に現れたのは、このギルドを引っかき返している人物
ドン・ホワイトホースだった。

「わざわざ見張りなくした大間抜けなじじいに言われたくないね」

それはまるで俺をフレンのところに誘っているようだった。
ドンは俺を見て気に入らないのか、分からないがふんと鼻を鳴らした。

「騎士の坊主に秘密の頼みごとがあったんだよ」
「フレンに?」
「こんな茶番を仕掛ける連中だ。その辺で高みの見物をしゃれこんでるだろうからな」
「茶番と分かってんならギルド煽るなよ」

まさに帝国とギルドが戦争を起こしそうな事態を茶番と言ってのける、ドン。
それを引き起こしたのがカプワ・ノールの執政官のラゴウであり紅い絆傭兵団のバルボスである。

「やる気みせねぇと黒幕が見物にこねぇだろうが。それにこうでもしなきゃ血の気が多いうちの連中が黙っちゃいねぇよ」
「エルも言ってた。苦労してんのな」
「まぁ、ともかくそういうわけだ。騎士の坊主がもどらにゃ当然、てめぇの命をもらう」
「わかってるよ」

そんなこといわれなくても。
腹は括ってる。
答えると、ドンが踵を返す。
目に止まるその背中は大きかった。
比喩ではなく、大きなものを背負った。
それは覚悟というものではなくもっと重みのある責任を背負った漢の背だった。

「なぁ、あんたはなんでギルド作ったんだ?」

素朴な疑問だった、ぴたりと止まったドンの足。

「帝国が作ったルールじゃあ、俺の大事なもんが守れねぇと思ったからだ」
「帝国にいたほうが守りやすいもんもあっただろ?下町でさえ結界に守られていた。魔物は絶対入ってこねぇ」
「だからその他の気にいらねぇことをてめぇは我慢してるのかよ」
「それは……」

何も返せなかった。
帝国で下町の連中が厳しい取立てにあったり、騎士団貴族にどんな言葉の暴力、体の暴力を受けようが苦い汁嘗めても我慢してきた。

「帝国の作ったルールが気にいらねぇなら選択肢は2つだ」
「……」
「あの騎士の坊主のように変えてやろうと意気込むか。もしくは帝国を飛び出しててめぇのルールをてめぇで作りあげるか、だ」
「はっきりしてんのな……」

そうもらすと、それを拾ってドンは笑った。

「おめぇはエルのこと、知ってるのか」
「さぁね、本人が話そうとしないからな。ってなんでその話になるんだよ」
「あいつはわかりやすいほどはっきりしてるぞ」
「そうか?宙ぶらりんしてるようにしかみえねぇけどな」
「端から見ると、そうだろうな。知りてぇか?」
「そう、簡単にもらしていいものか?」
「さぁな?」

まるで俺が食いつくのを待っていたかのドンは笑った。
興味がなかったわけじゃない、ただ。
知ってしまうことに戸惑っていた。

「あいつは本当に何もしらねぇんだよ。親兄弟のことも、自分のこともな」
「なんでだ?」
「そりゃあ本人に聞けよ。俺が知ってるのはあいつが2年前、今に死にそうな体でゾフェル氷刃海でぶっ倒れてるところをうちの連中が見つけて拾ってきたんだよ」
「氷海に……か?」
「普通の人間なら誰も入るところのねぇところだ」

死に掛けの体で、氷海にいるには命を捨てるようなもの。
もし、奇跡的にも発見されなかったら、エルはもうこの世界に存在しなかった。
そう考えると背筋が凍った。

「事情を聞こうにも、自分のことわからねぇといいやがる。言葉すら、まともに通じないまるで赤ん坊の状態だったな」
「記憶喪失って話、マジだったんだな」
「持っていたのは、あの武醒魔導器だけ。それ以外にゃ、もの書きの才能を持ってたな。それにメアリーのやつが目をつけたみてぇだが」
「……」
「あとはあの治癒術だな、いいところの出かと思って騎士団の知り合いに調べさせたが。みつからねぇ。いつしか、あの治癒術と魔術の腕を楯にしてギルドにいついてやがる。あいつはあの武醒魔導器を手がかりに自分を探してるんだ。それ以外のことはあくまでおまけなんだよ。ギルドにいるのもな」
「みたい、だな」

俺たちに協力したのも、魔核泥棒を追ってくれたのも、最初はこのじいさんの仕事ついでだったが、魔導器のことをバルボスが知っていると分かってからは目的がすべてすり替わっていた。
知らない、そう語って、切なそうに、なきそうに俺を見たエルの表情が目の前に鮮明に再生された。
それを過剰だと、いじった自分罪悪感が芽吹いた。
これを知って俺にできることはきっとないのだろう

「家にも帰せなくて困ってたんだよ。新しい貰い手を捜してるんだが」
「まさか俺に押し付ける気か?……決めるのは本人だろうが」
「そうだな……おめぇはこの話、おかしいとはおもわねぇか?」

何も返せなくて、俺が黙っていると「おかしなことを聞いたな」とドンは言葉を払う。
まぁ、これから死ぬかも知れない人間に、そんなことぺらぺらとカミングアウトしてしまうドンもおかしなじいさんだ。

「ま、今回、エルの野郎も仕事しくじってくれてな。てめぇのけつ拭かせようと思ってな」
「何やらせる気だ?」
「おめぇも他人事で言ってるんじゃねぇよ」
「身代わりのほかに何かやれっての?」
「茶番を仕切ってる連中が街に紛れ込んでるはずだ。あの騎士の坊主に探させるつもりだったんだがな」
「それ、俺に探せって?」
「ケツの拭き方はてめぇに任せる。エルも勝手に使ってくれてかまわねぇよ。ただ、あいつはたまに加減ってものを忘れるからな。ブレーキかけてやらねぇと」

そういって、ドンは柵を空けて、いってしまう。
そして思い出したように足を止めると思い出したように口にした。

「連れの娘っこだって怪我人相手に駆け回ってんだ。てめぇだけのんびりごろ寝ってのは性にあわねぇだろ」
「エステルがね。ま、あいつらしいか」

重い腰を上げると、ドンの姿はそこになかった。
俺はあいたままの牢の扉を見て、つぶやいた。

「エルが心配っていうなら素直に言えばいいのに。あのじいさん」

厄介者扱いしても、ギルドから追い出すことなくずっと追いている。
あの治癒術と魔術があればどこでもやっていけそうだがひとつの記憶のないという欠陥があるために心配でたまらないのだろう。

「果報者だよな」



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