私の目的


私はダングレストの様子を伺っていた。
町に下りれば騒がしく人が交差していた。
商業ギルドの人間が戦争に向けて倉庫から物を引っ張り出してきて、武器や火薬、兵装魔導器を受け取るギルドの人間。
一般人はギルドユニオンの奥地にある要塞に避難している。

「あーあ……」

私が無人になってしまった雑貨屋の前にあったベンチに腰を掛ける。
この店は昔から知っていたのに(私の本を置いてくれたし)今は要塞に避難してしまったらしい。

「何してるの?」
「そりゃ愚問だな」

人通りの少なくなってしまったとおりの中に見覚えのある全身黒の男を見かけて声を掛けるといつもの余裕な笑みでそう返された。

とりあえず、私が手招きをすると、座った私の前に立って影になるユーリ。
影に隠れて顔が見えなかったがそれは本心から笑ってるわけじゃない。

「思い通りの結果になったか?」
「なってない」

呼び止めたときとは違う、表情で私はユーリに返した。
ユーリはすとんと隣に腰を下ろすと、汚れた石畳を見つめていた。
私は隠す必要もなくなったことを赤裸々に言葉で綴る。

「この際言っちゃうけど私、ドンに頼まれてヨーデルに密書を渡してたんだよね」
「……」
「中身は知らなかったけど、でも決して戦争の火種になるものじゃなかったと思うの」
「お前な……」
「あれ?私変なこと言った?」
「さらりといえることじゃねぇだろ、それ」

まぁ、そうなんだけど。
隠す必要がなくなったらしいし、それはもう私も楽なわけで。

「でも分かってたでしょ?」
「まぁな。でも戦争にならないって言っても今はこれだぞ」

そう、ユーリの言うとおり、街はイベント一色ではなく戦争一色だ。
ギルドユニオン本部は人が出払ってしまって静かだし、逆に有数なギルドの本部は各地からギルドの人間を集めたりしているし。
それなのに私がこうやって暇をしてるといわれても仕方ないけど実際できることないのだ。
私の仕事はたまに外に出て交渉をしたり、大事なものを届けたり。
後は実質、自分の部屋に篭って本を書いてるから。
そんな話今はどうでもいい。
私はバックから水筒と本部からぱくって……支給されたクッキーを手を取り出して、ベンチの横に並べる。
ユーリは少し距離を開けてそれを目で追う。
私は香りの落ちた紅茶をすすりながら、長い話に備えた。

「ギルドの体制は帝国よりも揺らいでるかも知れないね」
「そうか?あのじいさん、しっかりしてると思うけど」
「そういうんじゃない。ギルドは帝国と違って一人で統治してるんじゃない。あくまで五大ギルドが筆頭となって束ねていくだけなの。それなのに、今ではドンの一声がなければ先のこと一つ考えられない。みんなドンが引いた白線の上を歩いてるだけなんだよ」
「ふぅん」
「みんな彼の後ろをついていくだけなの。だからこうやってドンが声を掛けただけでお祭り騒ぎって事」

私はコートの袖で手を拭いて、クッキーをひとつ手に取った。
口に含むと少し口の中が乾いたのが分かる。

「本当に、ドンがいなくなったらこのユニオンはどうなるんだろうね」
「そうだなあ」
「ユーリ?話聞いてる?」

隣であくびをしているユーリを覗けば「聞いてるけど」と、とても信じられない答えが返ってくる。
そして私の手を見ると

「その菓子もらっていい?」
「どーぞ」

なんとも緊張感のない。
あまり気にしないといった様子だった。
ユーリはそんなことさえ気にしない、のかな。
それとも話を聞いても気にしないのか。

「お前はどう思うんだ?」
「私?まぁ、ドンに従ってるというわけでもないの。大きな貸しがあるだけ」
「何かあったのか?」
「命を救われた」
「……」
「それだけ」

といってもとても大きなものだけど。
私は苦笑いを浮かべる。

「後は少し強くしてもらったかな。道を説いてもらったの」
「お前、自分のこと話してるぞ?いいのか?」
「あー。やだ。ちょっと口が滑ったかも」

と、私が最後の一つを口にしたとき、だった。
異様な光景が目の前に広がる。
私はとっさに自分の水筒を投げた。

「なっ」

私の目の前に現れたのは赤眼の男たち3人だった。
短剣を抜き、ベンチに打ち付けた瞬間、私たちは左右に散らばっていた。

「おいおい」
「今度の狙いは私たち、か」

ゆらゆらと特徴的な足取りで、こちらに近づいてくる赤眼。
杖を抜いて臨戦態勢をとるが、こんな街中で戦うわけにもいかない。
それはギルドユニオンによるひとつの決まりがあるから。

「ユーリ、ちょっと」
「あ?」
「走って」
「ちょっと待てよ!」

走り出した私についてくるユーリ。
ギルドユニオンが定める、ルールの中でギルド同士の抗争は禁止されている。
この赤眼の集団がギルドの人間とは限らないけど、もし私がここで喧嘩なんかしてることがドンに知られたらそれこそ厄介なことになる。
ただでさえ街全体が殺気立っているのに。

「ユニオン本部まで走って!」
「お前、横!」
「っ」

ユーリの事に気をとられていたけど、私の横に現れた赤眼。
左の耳の近くに剣を構えた赤眼。
それは明らかに私の魔導器を狙って耳ごと切り落とすつもりだったのだろう。
私はそれを杖ではじき落とす。
そこに割って入ったのはユーリ。
剣で相手を突くと引っ込む。
その隙を縫って私は赤眼を潜り抜けた。




「あぁ、耳ちぎられそうだった……」

ユーリは私より、息をついていない。
ただ、髪をくしゃりと掻き揚げると文句をこめてそう言った。

「お前のその魔導器なんなんだよ」
「私にも分からないの」
「本当なのか?」
「本当だよ」

ギルドユニオンの門をくぐってすぐにそう答えるといつもどおり言及はなかった。

「おい!」

そしてギルドユニオンから走って現れる、人物。
そういえば再会するのは数ヶ月ぶりになるだろうか。

「ハリー?」
「お前、帰ってきたら声を掛けろっていつも言ってるだろう」

そんなこといってたっけ?
そう首をかしげるとハリーは呆れて言葉も出ないらしい。

「誰だこいつ?」

と、お互い指を指すユーリとハリー。

「あ、お前!」

先に言葉を出したのはハリーだった。
ユーリに掴みかかりそうな勢いで、ぐいぐい近づき

「お前、よくここにこれたな。うわさじゃ騎士団の小隊長手引きしたっていうじゃねぇか」
「ハリー」
「とっとと、ダングレストから出て行ったほうがいいぜ!戦争に巻き込まれたくなかったらな!」

私が止める間もなく早口でまくし立てるハリー。
ユーリは冷たい目でハリーをにらみ返すだけ。
とても重苦しい空気が流れる。
言葉を挟もうとしてもそれは言葉に出なかった。
ここでどちらを擁護してもそれは後に残ることになるだろうから。
ハリーは私にきっときつい視線を向けると、そのまま走り去ってしまう。

「……誰だ?」

何も言及することなく、私に問うユーリ。

「えっと、天を射る矢のハリー。ドンのお孫さんなの」
「ほー」
「たぶん、ぴりぴりしてるんだよ。ドンの考えに反対する人も少しはいてね。そういう人はみんなハリーに言うの。しっかり意見するようにって」

そう、ハリーにはいえないこと知ってるくせに。
それは本当にハリーがかわいそうだと思う。

「さてと、気になることは山ほどだけど、今は仕事しないと」
「そういや」
「ん?」

私が本来ドンに言われた仕事(負傷者の手当て)に戻ろうと、立ち上がったとき、ユーリがわざとらしく切り出した。

「お前らが言う、特別室ってどこなんだ?さぞやいい客室なんだろうな、俺も眺めてみたくて」
「そんないい部屋じゃないけどな。左の階段から降りられるよ」
「サンキュ。お前もがんばれよ」

振り返って手を振るユーリ。
その姿に私は失笑していた。
特別室とはいわゆる監獄であり、今は彼の親友であるフレン・シーフォが投獄されている。
そこに向かうにはユニオンの見張りがいるはずなので絶対無理なんだけど。
ユーリは自分なりに今回の件で思うことがあるのかな、と私は首を傾げていた。
何にせよ、ドンがフレンを殺すことは無いとしても私も仕事を請け負ったのだからフレンから密書の件、少しは話を聞いておこうとは思う。

私はこれから身支度を整えて、前線の方の設置されたテントに向かう予定だったけど、足が彼の背中を追っていた。




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