余計な言葉は要らない



その足音に敏感に反応したのはラピードだった。
エアル酔いでぼろぼろになった仲間をかばいながら私たちは一刻も早くこの森を抜けようと抵抗する足を無理やりにでも動かしていた。
そして森の出口に差し掛かったときだった。

虫の知らせというのか、背中につめたいものを感じた。
そして、茂みの向こうから見えるのは見覚えのあるガタイのいい大男と、その一味。
そう、ギルド天を射る矢の首領にしてギルドユニオンのトップを勤めるドン・ホワイトホースその人で間違いはなかった。
彼の周りには無数の魔物の死骸が乱暴に放置されていた。
残りの残党は私たちが現れると多勢に無勢、それとも何かを正気を取り戻したように森の奥地の方へ走っていく。
私はぎくっと言う効果音が似合うくらい、背中が凍りついて、思わず小脇の木の影に隠れた。
ドンを見つけるや否や、「ドン!」名前を呼びながらうれしそうに駆け出すカロル。
心の中で「止めてくれ!」と叫んだけども止める術はなかった。
ドンはこちらの一面を見ると、いぶししかげに見た。
それは私たちが現れたタイミングと魔物が姿を消したタイミングがあまりにも一緒だったからだろう。

「暴れまくっていた魔物が突然おとなしくなって逃げやがった。何した?」

ドンがこちらを(ユーリ)を見て言う。
私が彼の後ろを見ると、天を射る矢のメンバーがそれなりの傷を負って、体力の限界を向かえたのだろう。
地面に横たわってへたれている。

「僕たちがエアルの暴走を止めたから魔物もおとなしくなったんです」
「エアルの暴走……ほぉ」

まぁ、私たちではないけど。
カロルが背筋を伸ばしてそれを告げると、ドンは眉をひそめた。
それは何か、掴むものがあったから。

「なに?おじさん。あんたなんか知ってるの?」
「いやな、ベリウスって俺の古い知り合いがそんな話をしていたことがあってな」
「何よ、そのベリウスって」

帝都でも聞きなじみのない名前だろうが。
ギルドユニオンには所属していないけど、別の大陸にある闘技場都市を治めるギルド戦士の殿堂の首領の名前。
私もその人を訪ねて一回、闘技場都市ノードポリカに行ったことがあるけど会えることはなかったと曰くの人。
まぁ、それも説明できる状態でもないけど。
私の顔の半分をぴったりつけて聞いてる。

「で?エアルの暴走がどうしたって」
「本当大変だったんです。すごくたくさん、強い魔物が次から次へと」
「坊主、そういうことはな。ひっそりと胸にしまっておくものだ」

カロルの言葉をさえぎったドン。
そう、ドンにもそしてここにいる天を射る矢のみんなにも言わなくとも分かっている、理解してくれている。

「誰かに認めてもらうためにやってるんじゃねぇ。街や部下を守るためにやってるんだからな」

そう、ここにいるギルドの人間が街を守るため有志でここにいる。
そこに自己主張はない、要らないのだ。

「ご、ごめんなさい」

カロルは語るドンの瞳で何かを察したのか、うつむいて謝罪の言葉を述べる。
そんなカロルに無骨だがドンはカロルの頭をくしゃくしゃとかき回す。

「ちょっとすみません、見せてください」

それまでじっと黙って天を射る矢のメンバーを見ていたエステルがついに歩き出した。
一人の怪我をした男の前で膝を折ると、輝きだすエステルの魔導器。
暖かい光が傷を負った、男を包む。

「おお、治癒術か、ありがたい」
「いえ、おきになさらないでください」

エステルの治癒術に目を奪われていた、ドンだが、すぐに私たちが来た道から怪しい動きをする男を捉える。

「ん?そこにいるのはレイヴンじゃねぇか。何隠れてるんだ!」
「っち」

ドンに見つかったレイヴンは舌打ちをすると渋々ドンの前へと姿を現す。
只者ではないと思っていたけど、まさか知り合いとか?

「おめーもだ。ティアルエル、何隠れてやがる!」
「ぎく……」

それは自然と自分から出た言葉。
まさか私まで捕まるとは思ってもみなくて。
自然とレイヴンの横に整列すると、ドンは言い放つ。

「うちのもんが他人様のところで迷惑かけてるんじゃねぇだろうな。特にティアルエル。何道草食ってるんだ。仕事が済んだらとっとと顔見せろって言っただろ」
「私には雑草を食べる趣味はありません」

そう悪態をつく。
それにしても

「えー?ドンってエルちゃんと知り合いだったの?」
「それ、私も聞きたい。ドン、こんな胡散臭い人とどういう付き合いなの?」

それはほとんど同じタイミングで発せられた。
レイヴンは興味半分で、私は呆れ半分で。

「何バカなこといってやがる。同じギルドにいるんだろ、お前ら」
「え?レイヴンとエルって天を射る矢の一員なの?」
「どうもそうらしいな」
「え?」
「えぇー!!」
「何お前らが驚いてるんだよ」

ユーリの呆気にとられた言葉はそのとき耳には入っていなかった。
何を隠そう(いまさら隠しても無駄だけど)私はギルド天を射る矢に所属している、一応治癒術士ということになっている。表向きは作家として、そしてその裏ではギルドの仕事をこなしながらユニオンの一部援助を受けて作家として活動しているのだから。
それにしても、レイヴンが天を射る矢の人間だなんて思っても見なかった。
それは天がひっくり返ろうが、何であろうが想像しなかったこと。

「ギルドにこんなかわいいこが入ったなんて知らないよ!紹介してくれればいいのに!」
「私だってこんな人、1年と半年いても見たことないよ」
「おめーらが年がら年中ふらふらしてるからだろが」
「いた……」

私は脳天にレイヴンはわき腹にドンの拳が入る。
そんなレディーファースト期待もしたことないけど、本当にこの人は手加減というものを知らないのか。

「エル!おめーはやることが残ってるだうが!とっとと怪我の手当てでもしてやがれ」
「唾をつけとけば直るくせに……」
「何か言ったか!」
「ちょ、痛いってば」
「なんか親子喧嘩みたい」
「案外、本物の親子だったり」
「カロル、エステル。聞こえてるんだけど」

二回目の拳骨が落ちたとき、私の首根はドンの巨木のような腕に巻かれていた。

「うちのわけーもんが世話になったらしいな。礼は後日こいつにさせるな」
「はぁ……」

抵抗むなしく、私はこのまま強制イベントでダングレスト行きだろう。
そして地獄の拷問のような説教と、山のような人数の治療をさせられるのだろうに。
ユーリに助けて、と視線を送るも、がんばれといわんばかりに手を振られた。
後で覚えておいで。

「ドン・ホワイトホース」

私のことなんてさもなかったかのように(少し寂しいけど)ユーリはドンの名前を呼ぶ。
ドンは「何だ?」と振り向いた。
一応、命の恩人(?)であるユーリの話は聞く耳はあるらしい、私にはないのに。

「会ったばっかりで失礼かもしれねぇがあんたに折り入って話がある」
「ほう」

いざ、ユーリが紅い絆傭兵団のバルボスのことを告げようとしたときに、森の外からドンの部下がこちらに大急ぎで向かってきて、話をさえぎった。

「ドン、お話中すみません」

膝を折ったドンに何か耳打ちをする。
反対の腕につかまった私にはその内容が聞き取れないが

「ん、わかった。野郎ども引き返すぞ」

ドンの声は鶴の一声だ。
彼の呼びかけに今まで伸びていたギルドのメンバーが立ち上がる。

「すまねぇな。急用でダングレストに行かなきゃいけなくなった。優先して話を聞くからそれで勘弁してくれねぇか」
「いや、約束してもらえるならそれでかまわねぇよ」
「ふん、俺相手に物怖じなしか。てめぇらいいギルドになれるぜ」

ドンが初対面の人間をほめるなんて今日は砂漠に雪でも降るんじゃないか。
私はそのまま、ずるずる引きずられていくがユーリの名前を呼ぶと「ん?」とこちらを向く。
口ぱくで「ごめんね」と伝えた。
もう、ユーリはすべて気づいてる、そう確信したから。
すると、彼は笑ってこちらに軽く手を振っただけだった。

「なんだ、エル。お前」
「何?」
「男でもできたのか」
「……」

それに水をさす、ドン。
私は否定するのも面倒すぎて眉を潜ませて、ドンの顔を見上げるだけだった。



それにしても私はこれからダングレストに連行されるのか。
これから待つ、地獄の所業を目に浮かべただけで涙が出そうになって、私はゆっくりと目をつぶった。





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