ギルドの街ダングレスト
ギルドの街と街道を望む深い樹海は巨大な川によって仕切られて、ダングレストへ続く道はこの橋だけになる。
この地方はもともと天候の荒い場所でダングレストに日差しが差し込むのは月に何度しかない。
そんな辛気臭い場所に本部を構えているからこそ、帝国の人間はギルドにあまりいい心象を与えていないのだろう。
ギルドの街、ダングレストはギルドユニオンの本部を中に構え、ほかの大型のギルドの拠点にもなっている場所。
常に夕暮れのような視界、そして聞こえるのは騒がしい人の騒音。
あぁ、やっと帰ってこれたんだなぁと一人息をついた。
私たちは橋を渡りながら、ダングレストの展望のすべてを望む。
ギルドユニオン本部の横に突き出た結界魔導器が私たちの到着を出迎えるかのようにこちらを見下ろしていた。
「ほー。これが悪の拠点ってやつか」
「もー。ユーリったら。その偏見やめてよね」
と、カロルが肩をすくめて言った。
確かにそれは偏見だ。
まぁ、私たちから見れば帝国の方が散々ひどいことをしてくれたと思う。
こんな薄暗い場所に住んでいるのと、ギルドによっては仕事を選ばない場所もあるので、帝国の人間はギルドにいいイメージもない人間が多いかも知れない。
「さてと、これからどうすっか」
橋を渡り終えたところでユーリは立ち止まり、私たちを見た。
カロルは人差し指を立て、提案をする。
「紅い絆傭兵団のことならやっぱりユニオン本部だと思うよ。後でもめないためにも」
「となるとやっぱりドン、か。カロル案内を頼む」
「ちょ。ちょっとそんな簡単に」
「お願いします」
行くはずがないよといいかけたカロルにエステルは頭を下げてそれをかき消した。
確かに、ドン・ホワイトホースはここダングレストにおいて帝国の皇帝のような存在でもあるのだからそんなに上手く行くはずもないと、カロルは偉く現実向きの考えなのだろう。
しかし、こうなったらもうやっつけ
「ユニオン本部は街の北側にあるよ」
「よし。じゃあ行ってみよう」
話がまとまったらしい。
それを後ろで聞いていた私はこれからどのダイミングで抜けようかと悩んでいた。
ダングレストには商用ギルド幸福の市場の一号店が軒を連ね、そのほかにも帝国で自由に販売を禁止されている魔導器の店も存在する。
その市場の一角は騒がしく、人も多い。
そこを抜けてしまえばギルドの拠点が集まる地域へ入る。
さらにその奥がギルドユニオンの本部になる。
先ほどからカロルが当りを見渡しながら偉く挙動不審な行動をとっている。
ユーリの後ろやエステルの背後を行き来して、まるで影のようにぺったりとくっついて離れない。
私はいまさら隠しても仕方ないとあきらめていたのでそのまま堂々とついていった。
幸いなことに知り合いはみなどこかに出払っていて声をかけてくるような人もいなかったし。
「あんた、何やってんの?」
そんなカロルに初めて声をかけたのはリタだった。
「え?な、何って別に?」
と、両手を振るところがまた怪しいよ、カロル。
目は泳いでいるし。
そんな中、声をかけてきたいかにもギルドの傭兵の背格好をした男が二人。
「ん?そこにいるのはカロルじゃねぇか」
カロルの知り合い?というわけでもなさそうだ。
その男は片手には半分、酒の入った酒瓶を手に持っていた。
頬と鼻は真っ赤で足取りも軽い。
泥酔しているのだろう、初対面の人間に声をかけるというのにその口調はからかったものだった。
「どの面下げてこの街に戻ってきたんだぁ?」
「な、なんだよいきなり」
カロルは強がりながらその男と対峙した。
そんなカロルの態度もものともしないでずいぶんと下衆な笑みを浮かべ、カロルをそして私たちを値踏みするような目でこちらを見た。
「あー。どっかで」
「なんだ、お前の知り合いか」
「見たことないかな」
「おい」
私のつぶやきに反応してくれたユーリの。
でも見たことない、あったとしても覚えていない。
どこにでも居そうな人たちだから。
「おや?ナンの姿が見えないな。ついに見放されちゃったか?」
「ち、違う!いつもしつこいから僕があいつから逃げてるの!」
と、カロルの言葉をものともせずに男たちは品のかけらもない。
いい大人が酒によって子供をからかうなんて、なんともギルドの人間として恥ずかしいし、腹立たしい行為か。
「これがあったから最初はダングレスト行きを嫌がってたんだな」
ユーリがそうつぶやいた。
その男たちこちらに近づいてくると、ユーリたちを見て、さらに言葉を浴びせる。
「あんたらがこいつを拾った新しいギルドの人?相手は選んだほうがいいぜ」
「自慢できるのは所属したギルドの数だけだしな。あ、それ自慢にならねぇか!ぎゃはははは!」
カロルは目を細めて、悔しそうに唇を噛んだ。
目尻にはうっすらと涙を溜めている。
「カロルの友達か?相手は選んだほうがいいぜ」
ユーリが前に出て男たちに言った。
「何だと?」と青筋を立てる男たち。
さらに、エステルもいつもは見せない怒りをあらわにしてカロルの前に立つ。
「あなた方の品位を疑います!」
「おー。おー。言うわねあんたも。でもまったくの同感」
「ふ、ふざけやがって」
地面に酒瓶を叩きつけて腰に挿した剣を抜く男たち。
このままでは争いは避けられないだろう。
私としても一発くらい入れて酔いを醒ましてやりたかったけど
「ちょっと待って。ギルド同士の抗争は掟に反することだよね」
「こいつらはギルドの人間じゃねぇだろ」
「へーぇ?」
私は両手を広げ割ってはいる。
そして私に唾を飛ばして(汚い)怒鳴りつけた男に目を細めて笑ってやると(目は笑ってないかもしれないけど)
表情がおびえたものへと変わっていった。
先ほどまで赤かった顔もいくらか血の気も引いたようだった。
「お、お前!ティアルエルか!」
「だったらどうする?」
「あの時の雪辱はらさせてもらおうじゃないか」
あれ、喧嘩を止めるつもりが間違った方向に向いていないだろうか。
自体を読めない仲間たちがきょとんとした目で私たちを見ていた。
「雪辱って何?」
「忘れたとは言わせねぇぞ!」
「おい、やめとけよ!」
と、片割れの男が止めに入る。
そう止めといたほうがいいと思うけど。
「おめぇ、前も俺たちが酒飲んでる時に邪魔をしたろ」
「あーーーー!あれ!あれは助けてあげたのよ」
「水ぶっ掛けといてか」
「だってさ、酔って幸福の市場の女の子に手を出したなんて知られたらどんな報復されるかわからないでしょう」
「ふざけんな」
「おい、やめろって!そいつのうわさ聞いてないのかよ!」
「止めるな!」
……仲間われというか二人で言い合いが始まって私たちはその場から去ろうとも考えていた。
「こういう反応、どこかで見た気がするな」
「なんであたしを見て言うのよ」
ユーリが横目でリタを見ると反対に睨み返される。
変わり者同士と遠まわしに言われてることは確かにわかったよ、うん。
そんなときだった。
街全体に鳴り渡る、鐘の音。
それは警鐘だった。
途端、周りの気配が打って変わって慌しいものとなった。
「やべ、またきやがった!」
「おい、行くぞ!」
その男たちもまるで私たちなんて最初から居なかったかのように街の出口、南の橋に向かって走り出していた。
「まさか」
滅多に鳴ることのない警鐘の音で最悪な事態が頭に浮かぶ。
「何だ?」
「魔物が襲って来たんだ」
「じゃあこの振動は」
そう、テイドン砦でも感じた魔物の大群は引き起こす地鳴りが街全体を揺らしていた。
「ま、でも心配は要らないよ。ダングレストの結界はとても丈夫で今まで破られたことなんてないんだ」
と、私たちが街の天井を囲む結界を見上げたときだった。
まるでガラスが弾けるかのように高い音を立て弾けた結果の膜。
「まさか!!」
と私は走り出していた。
「おい、どこに行くんだよ」
「さっき通ってきた南の橋!街の出入り口はあそこしかないの!」
本当に考えもしなかった出来事だ。
街が魔物に襲撃されるなんて出来事は少なくはないけれどまさかそれに合わせたように結界が破られるなんて。
先ほどまで平和ボケしてたとも思えない、自分の俊敏さに少し笑えたが必死に走り出す。
ここは私の出発点でもあって終着点でもある街。
絶対に守らなきゃならないものがあるところでもあるから。
走り出した私に続く、ユーリたち。
相変わらずのほっとけない病なのだろう。
でも今はそれに感謝しながら私たちは人を縫い分けて走った。