調査の依頼


「ふあぁあぁあ」
「おはよう、よく眠れたみたいだな」
「そう見える」
「あぁ、隣の部屋までいびきは聞こえてたもんな」
「そんなことあるわけない」

昨日は久々に真剣に仕事と向き合っていたら寝てしまったようで。
ラピードもいつの間にか部屋から居なくなっていたようだし、おまけに寝ぼけていて覚えていないけどちゃんとベッドまで歩いていった自分が居る。

「ただ、やっぱり疲れが抜けないみたい」
「そうか」

ちゃんと朝には起きて、みなが居るロビーまで重い体を引き摺ってきた。
朝、淹れてもらった紅茶をすすりながら何とかまぶたを開いている状態。
ユーリとカロルは準備が早いようですでに髪を整えて朝食を食べていた。

「あれ?エル。それ何?」
「あぁ、これ?映像魔導器だよ」

私は手に持ったものを机の上においた。
それは帝都から出てすぐに壊れてしまった魔導器だった。

「へー。珍しいもの持ってるんだね」

カロルが貸してと手を差し伸べるので私は「どうぞ」と声を掛ける。

「でも、壊れてるの。せっかく旅の記念に撮って回ってるのにね。折角だからリタにみてもらおうと思って」
「リタだったらまだ起きてないみたいだよ」
「エステルもな」
「あー。そっか」

結局あれから彼女たちは一緒の部屋で眠ることになった。
たぶん、また治癒術を掛けようとしたエステルをリタが無理やりにでも寝かしつけた図が想像できる。
二人揃って遅刻してたらわけはないのだけど。

「まぁ、あれだけ無茶したんだ。大目にみてやれよ」
「別になんとも思ってないよ。私がご飯を食べたら起こしに行ってくる」
「あぁ、そうしてくれ」

ユーリはぶらぶらと手を振った。
私は机に並べられたオムレツをスプーンで掬いながらこれから考えていた。
此処に騎士団長のアレクセイがいるならエステルはこのまま帝都に連れ戻されるだろう。
でも、騎士団が揃っている今ならラゴウの手の者の心配はなく帝都に戻れるのだからそれはいいかも知れない。
リタは本人がどうしたかいか、問題だろうし。
ユーリとカロルが本当にギルドを作る気ならダングレストに必ず寄るだろう。
魔核泥棒のこともあるし。
さて、私はどうしたものだろうか。
出来ればユーリたちにはフレンたちに協力した理由、あの密書のことに関してはまったく触れてほしくないし。


宿屋の前、あれから時間を掛けてすっかり身支度を整えた私たちはある人物の到着を待っていた。
その人物の到着はエステルとの別れも意味する。

昨晩、エステルが帝都に帰ると本人の口から聞いたときに、騎士団の人間が今日迎えに来ると聞いていたのだ。
私はリタに例の映像魔導器を見せ修理をお願いしながらその帰りを待っていた。
天才魔導師様がいうには壊れている部品を取り替えないと今は修理は出来ないといわれてしまった。
しかし、魔導器が絡んでるせいか、それとも彼女自身が丸くなったか、前の彼女だったら時間が無いと取り合ってももらえなかっただろうに。

「それにしても、遅いね」
「フレンのやつな」

私が辺りを見ながら、呟くとユーリは腰に手を当てて応えた。
エステルも気になって仕方ないようできょろきょろと視線を躍らせていた。
そんなエステルを見て、カロルが少し希望が残っている、そんな瞳で

「このまま、僕らについてくる?」
「そうですね……そうしてもいいです?」

そういったエステルの視線は私たちを見ていた。
私たちの反応を探るっているのだろう。

「カロル。お姫様をたぶらかすな」

無情かも知れないけど、お互い心を揺さぶるようなことを言うのは別れを辛くするだけ。
私はあえて何も言わずうつむいた。

「そのとおり」

不意に声がして、私は顔を上げた。
明後日の方角から歩いてきたのは立派な赤い甲冑の騎士。
帝国騎士団長アレクセイとその後ろに控えるのはクリティア族の副官であるクロームだった。

「勝手をされては困ります。エステリーゼ様には帝都にお戻りいただかないと」

そうエステルを諌めた。
再び私たち、というより後ろで宿屋の外壁に寄りかかっていたリタに向けて言った。

「フレンは別の用件があり、一足先に旅立った」
「へぇ」
「さて、そこで。リタ・モルディオ。君には昨日の魔導器の調査を依頼したい」
「あれを調べるのは無理。あの子、少し見たけれど結局何も分からなかったわ」
「いや、エアルクレーネについて調査を行って欲しいのだ。昨日の一件、少々気になることが多いのでな」

エアルクレーネ?
聞きなれない単語に私とカロルが首を傾けた。
リタはその言葉に食いついた。
「何それ?」とリタに向けて問うカロルだが、リタの代わりに答えたのはエステルだった。

「世界各地に存在するエアルの源泉。すべてのエアルはここより生まれ、世界に存在する、です」

まるで本の中のものを音読するかのようにエステルは言った。
「ですよね」とアレクセイに確認をすると「そうです」とアレクセイもうなずく。

「昨日、この地で起きたエアルの大量放出、そして、それに触れた植物の異常なまでの伸長。実はそれと似たような現象が特定のエアルクレーネにおいて発生しているという報告は騎士団に届いている」
「けど」

そこでやっとリタは口を開いた。

「このヘリオードの中にはエアルクレーネなんて存在しないの」
「だからこそ調査が必要だ。類似した現象が、条件の違う地で起こっている。であれば今の段階でわかっていない何かの共通項があるかも知れない。そう思わないかね?リタ・モルディオ」
「まぁ、思うけど」
「そこで君にはケーブ・モック大森林に行ってもらいたい」
「どこだそれ?」
「ダングレストから近くの森林帯よ。あそこは毒を持つ魔物の巣窟でもあるし、植物も生態系も結構複雑になっていて、ね」

次のユーリの問いに答えたのは私

「あたしの専門は魔導器。植物は専門外なんだけど」
「エアルクレーネはそこに存在する。エアル関連と考えれば管轄外でもないはずだ。それに帝都には使者を送ったが優秀な魔術士を派遣するまでには時間がかかる。幸いというのもおかしな話だが君は事件の当事者だ。先行にたって調査をしてもらいたい」

要するに帝国としては何よりも早く、原因を突き止めて事態の収拾をしたいと。
リタを見ると、普段のさばさばした彼女の性格から想像もできないことが。
もごもごと何か言いたげだが言い切れずに小さくつぶやくリタ。

「でも……あたしは、エステルが帝都に帰るなら一緒に行きたい」
「え?」

この場の誰もがリタを見た。
言葉を失うほど一番に驚いたのは名前が挙がったエステル本人。
あれほど、頑なにエステリーゼとよそよそしく名前で呼び続けて、そして冷たくされることもあったエステル。
昨日の一件で、エステルにずいぶんと心を許したようだ。
(私にはよそよそしかったのに)
やや、にらみを利かせてアレクセイはなおもいった。

「リタ・モルディオ。君は帝国内にあるアスピオの魔導士であり、帝国直属の魔導器研究所の研究員でもある。我々から仕事を請け負うのは君たちの義務だ」

それはリタだって痛いほど分かっていたと思う。
だからこそ何も言い返さずにリタは睨み返していた。

「あ、えっと。それじゃあ私がリタに同行すれば問題ないですよね」

急に突拍子もないことを言い出したエステル。
むしろ、そっちの方が問題じゃないか。

「姫様、あまり無理を仰らないでください」
「もちろん、ずっとというわけじゃありません。リタがエアルクレーネの調査をするのは、外の魔導士の方々が手配されるまで。その後は役割を交代してもかまわないのでしょう?それまで少しの間の話です」
「しかし」

言いよどむアレクセイ。
エステルのどんな提案であってもエステルが帝都に帰らない以上胃の痛い話だろう。

「これ以上、共の者をつけず、旅をさせるわけには」

そう、リタとエステルがいくら実戦経験があろうともケープ・モック大森林は方位磁石も効かない樹海でもある。
魔物以外にも危険がいくらもあるし、おつりだってついてくるかもしれない。

「だったら」

と、エステルは振り向いた。
ユーリの前に立つと、またアレクセイを見、

「ユーリ。一緒に行ってくれませんか?」
「へ?俺?」

とまぁ、爆弾発言。
ユーリは今まで黙って顛末を見守っていたが、急に話に出されたユーリは思わず、目を見開いた。

「ユーリが一緒ならかまいませんよね?」

それから長い沈黙とそしてアレクセイとエステルのにらみ合い(エステルはそんな気じゃないだろうけど)が続いた。
しかしエステルは類を見ないほどの頑固者。
ついに折れたのはアレクセイだった、彼は長いため息をつくとユーリに向き合い

「青年、姫様の護衛をお願いする」
「なっ」

これに驚いたのは私と、そしてアレクセイの副官であるクロームだった。
私たちは同時に言いかけたことがあったが、お互いユーリとアレクセイに制される。

「一度は帝国騎士団の門を叩いた君を見込んでの頼みだ」
「何でも間でも勝手に見込んで押し付けやがって」
「その返答は承諾ととってもかなわないようだな」
「構わねぇが……ただ、俺にも用事がある。エアルクレーネとやらに行くのはダングレストの後だ」

ユーリはやはりダングレストにきて、魔核泥棒の情報を仕入れるつもりか。
まぁ、ギルドユニオンに聞くのが一番早いだろうし。
それに昨日、カロルとギルドを作るかも知れない約束もしていたし。

「それでいいって言うなら引き受けてもいいぜ」
「致し方あるまい」

そこでアレクセイは振り返って、副官のクロームに言った。

「フレンはどうやらこの結果を予想していたようだな」
「ん?フレンがどうしたって」
「フレンから君への伝言だ。エステリーゼ様を頼む、と」

やれやれとユーリはため息をついた。
私たちはアレクセイと別れ、街の出口に向かおうとしたときだった。

「君」
「私?」

今の会話で空気だった私を呼び止めたアレクセイ。
まさか呼ばれるとも思わず、自分に指先を向けてしまった。
自然ととまる仲間たちの足。

「遅れてしまったが帝国の代表として君には礼を述べねばなるまい。君の功労によって新しい橋が渡ったことだろう」
「あー……」

そこでちらりと仲間たちの様子を見た。何の話か分からず首をかしげるエステルとカロル。
じっと見ているユーリとリタ。
興味もないのだろう、その場で止まりあくびをするラピード。
それにしても私が黙っていたことは想像できるだろう。
わざと言ってるようにしか思えない。

「気にしないでください。それで他に何か?」
「君のその魔導器、帝国の調査機関で少し調べさせてくれないか?」
「無理」

と、即座に返した。
本当はこの魔導器が何であるか知りたいのは山々だった。
しかし、だ。
ラゴウにも言ったが私はわざわざ悪役である彼らに渡してやる義理もないし。
それに今回世界をめぐって分かったのは帝国騎士団の信用のなさ。
唯一、信頼を置けたフレンはこの魔導器のことは何も言及しなかったし。

「そうか……」
「これが何か今この場で教えてくれるなら考えないでもないけど」
「いや、私にも分からないが。それは普通の魔導器ではないような気がしてね」
「そんなこと」

私にだって分かっている。

「こちらでも借りている間は新しい魔導器を用意させていただく」
「だから」

この魔導器は何者にも代えられない大切なものでもある。
これを失ってしまったらそれこそ、私は次にどこに進んだらいいか分からなくなってしまうと思う。
ユーリが「おい」と私たちに声をかけた。
それは離れられないでいる私への助け舟のようだった。

「じゃあもう行きますから」

そう言って仲間たちの下へ走った私を止めたかった。
「君にやってもらう仕事ができた」
と、建物の影にいる人物に声をかけるのだけが見えた。

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