縮まらない距離



「おい、いるのか?」

扉を二回ほど叩いた。
竜使いの強襲のあと、エルの様子があまりにも変わった。
どこか上の空で表情も暗かった。
いつもは無理にでも俺たちを弄ろうとしてくるのに。
柄でもないけど。
心配になって深夜にも関わらず、こうやって彼女の部屋を叩いても反応は無い。
寝てると思うが、ドアを押してみるとそれはごく自然に開いてしまった。

「カギくらいしろよ……」

いくら本人が戦闘に慣れていようと、魔術が使えようと女であることは変わらない。

部屋を空けると、ランプがまだ灯っていて部屋は薄暗かった。
大して広くも無い部屋を探ると小さくうめく声がした。

「わうぅ……」
「ラピード、ここに居たのか」

エルの前に捜していた相棒の姿を捉える。
しかし、その体はこの部屋の主によって身動きの取れない状態にある。

「おーお。ずいぶん懐かれたなラピード」
「わう」

ソファの上で横になってラピードを抱き枕にして寝息を立てる少女。
規則正しい寝息を立てているが、ソファの上や下には紙が散乱している。
彼女を気遣っているのか、ラピードが起こさないように小さく鳴いた。

「なんだ、お前が子守してくれたのか?」

「そのとおり」といわんばかりにラピードはこちらを見た。
落ちている紙を拾い上げればそれは何か小説の一部である。
本当に作家だったんだな。
たまに疑いたくなるような無茶な行動をするから最近はそれすら忘れていた。

「なんだこれ?」

口に出た、それ。
そこには確かに物語の一説なのだろうが、文字がぐちゃぐちゃになっていたりする。
別に字が下手とは言ってるわけじゃない。
言葉として成立してないものが沢山ある。
それは些細な間違いや、大量のスペルミス。
俺だってこんなに誤字をするわけがない。
「大丈夫か?」と心配になってくる。
当の本人を見れば、体を屈めてラピードをしっかり抱いて、眠っている。
死んでるのかと疑ってしまうくらい青白く、安心しきった顔で。
そんな俺を見てラピードがゆっくりと彼女の腕からすり抜けた。

「ったく」

彼女の腰と膝に手を通して持ち上げる。
前もそうだったが相変わらず軽い。
俺たちの前ではしっかりとメシは食っていたが、それでも同年代のリタにくらべりゃ断然ガリガリだ。
本人は食べ物より、紅茶やココアが好きと言って聞かない(マイカップまでもってやがるし)
薄着のせいか、手や胸元が少しはだけている。
真っ白な肌が少し、赤く染まっている。

「俺、今やばいこと考えてるよな」

もともとこいつは町では目立つくらい、美人でもある。
別にスタイルがいいとかそういう次元じゃないのだけど。
どこか子供っぽさが残る整った顔に、エステルのような品格や振る舞いも見せる。
それなのにどこか無防備なんだよな。
どさっと前のめりになってベッドの上におく。
しかし、肌蹴た箇所から見えるのはそれだけじゃない。
まるで模様のように刻まれた、痣や切り傷のあと。
それも一箇所どころじゃない。
治りかけなのだろう、うっすらとしか見えないけども、争いと面倒ごと、そして傷を好まない少女にはあまりにも似つかわしくない刻印だった。

「何やってんだよ」

過去に何をしていたかも知らない。
知る必要がない、と本人に蹴られるから。
ただ、普通じゃないのだけは伝わってくる。
痛々しい傷あとを眺めることしか出来ない自分の胸が痛んだ。
横でラピードが小さく吠えた。
こいつはたぶん俺が今、迷っていることは知っているのだろう。
自分が何をすべきか、見失うな。
そう目が語っていた。

「わーってるよ。何より」

ティアルエルがこれ以上の干渉を望んでいない。
俺はシーツを引いて、それを掛けると、ラピードに声を掛け、部屋を出る。

「おやすみさん。風邪引くなよ」

それは俺の独り言だった。





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