知らない世界が多すぎても構わない
「ねぇ、あれは何?」
「ん?あれはだな」
おかしな貴族の像だ確か。
エルはそれが珍しいのかいろんな角度からそれを眺めている。
別に特別なものじゃねぇって。
今じゃ餓鬼の悪戯で欠けるわ落書きされるわでもう待ち合わせの目印としても使われない。
「ふぅん。ねぇ。ユーリ。あそこで売っているのは?」
「あぁ、クレープだ」
「クレープ?」
「甘いものだが食うか?」
「うん」
あの笑みに躍らせる。
俺はそのまま一直線に店に向かうがその間もエルはその像を不思議そうに見上げている。
そして片手に持ったクレープを彼女に渡せばまじまじとそれを見つめ「ありがとう」と笑いそれをパクリと食べる。
おいしいね、とその笑顔が自分に向けられたと思うとそれで俺はお腹いっぱいだった。
「下町って知らないものばっかりあるけど。楽しいところだね」
「そうか?見て回るもんも特にないし、騒がしいところだぞ」
「それでも私の知らないものがたくさんあるよ」
それは楽しいという感情だったりお互いを思いやったり、友情だったり、人情だったり。
私の世界にはなかったものだよ、とクレープの最後の一口を食べ終わったエルは言った。
エルは今まで血にまみれた人間の汚い面ばかり見て自分の命を賭して生きてきたから
今日からでも、昨日からでも、明日からでも俺の世界を知って生きていけばいい。
決してすばらしいと誇れる世界ではないかもしれないけど
この世界なら俺はお前を守ってやれると確信していたから
知らない世界が多すぎても構わない
(平和な世界で)