スモークやタバコの煙でもくもくと煙って、その上に人がギュウギュウに詰まり照明の熱気もこもって暑く酸素の薄い小汚ない箱の中、私はお腹から声を張り上げてタバコの匂いが染みたマイクに向かって熱唱する。

安物のスピーカーが割れた音で拡張させて耳が痛いくらいのギターやベース、ドラムの音なんかに負けないように出せる限りの声で歌うのだ。

聞いて、私達の歌を。




私は歌うのが好きだ。
仲間たちと共に奏でるのが楽しいし、沢山の人達がそれに合わせて跳び跳ねたり頭を振ったりと乗ってくれるのが楽しい。

高校生になって友達に誘われて始めた所謂ガールズバンドというもので私はボーカル。

コピーバンドから始めて皆でオリジナルも作るようになって、私達のバンドは地元ではそこそこ有名になった。
いつもの小さな古びたライブハウスも私達を見てくれるお客さんで埋まるようになったし、実費で出したCDもすぐに完売となった。

半年以上先の話だけれど、卒業後にうちに来ないかとインディーズの事務所から声がかかって、皆で悩みながらも作った今回の新曲は特に思い入れがある分歌うのも楽しくて。
お客様も盛り上がって今日のライブも成功だったと思う。

このときはまだ未来は明るくて、私達はこの先もずっとずっと皆で音楽を奏でられると信じていたんだ。

あの日が来るまでは。




制服で過ごす最後の日、卒業式。
母校に別れを告げてバンドのメンバー達と遊んでから家に帰るために暗くなっても見慣れた駅から自宅までの道のりをいつものように原付にまたがって走る。

赤信号で止まって、青になったのを確認して発進させたその時。

真っ白なライトの眩しさと激しい痛みに包まれて私は意識を失った。

次に目を覚ましたときには真っ白な狭い部屋のなか。
訳がわからないまま視線を巡らせれば側に居たお母さんが泣きそうな顔でナースコールを鳴らして私の手を取った。

泣かないで。そう言いたいのに首にはぐるぐるに包帯が巻かれていて上手く声がでなかった。
そしてとても息苦しい。

間もなく先生と看護師さんがあわただしく私のもとに来てくれて様子を見てくれた。
そして私は説明された。
信号無視の車に轢かれたこと、一週間も意識がなかったこと


反回神経麻痺とか誤嚥とか聞き慣れない単語が断片的に耳に入ってくるけど、全然理解が追い付かなくて先生の言葉は訳がわからなかった。

ただ一つ、声がもう出せないというその言葉を否定したくて声を出そうとしたけれどやっぱり喉に痛みだけが走って音は出てこなかった。

私はこの日に未来を全て、無くしてしまったのだ。

ただ悲しくて悲しくて痛む喉を両手で押さえて涙を流した。
嗚咽の代わりにしゃくりあげた時にゲホゲホと激しくむせこんで走る激痛にまた涙が溢れる。
苦しいのに痛いのに、泣くことも許されないようで余計に悲しくなった。

もう二度とこの喉が音を奏でられないのならいっそ、死んでしまいたかったとすら思ったけれどそんなことを考えてはいけないとお母さんが言っていたので死ぬことも出来なくなってしまった。



すべての始まりの日だった。


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