久々知の、対タカ丸時の喋り方と一人称はドラマCD仕様です。


【黒鉄と柘植櫛】


使い込まれた柘植の櫛が、彼の武器であった。
忍の家系として生まれながら、彼の祖父がそのことを忘れてしまっていたせいで、彼は齢十五にしてようやく忍術というものを学び始めたばかりであった。
学年こそ四年生に編入されたが、全くの素人である彼は、一年と一緒に授業を受けることも多い。
まだまだ未熟な「後輩」だが、日々成長しようとする姿は好ましいものである。

たとえ、その手に握るのが。
この先、櫛から黒鉄に光る得物に変わったとしても。

それは彼が、忍の道を歩むと望んだ結果なのだから、他人がそれをとやかく言う資格などないのだ。


「久々知くんの髪はいつでも綺麗だねえ」
「そうでしょうか」
正直、そう言われてもピンと来ない。
特段何かしらの手入れをしているわけでもないし、長い髪も、切るのを面倒がった結果だ。
自分が何かを教えると、必ず「お礼」と称して彼は自分の髪を梳く。
癖毛で量が多い自分の髪は、ともすればとんでもないうねり方をするが、彼が梳くようになってからは、その頻度がぐっと減っていた。

「綺麗だよ。真っ黒でつやつやの髪。もっと頓着すればいいのに」
「別にいいですよ。ぼくの髪なら、タカ丸さんが梳いてくれますし」
ぽろ、とこぼれた言葉に、しまった。と顔を覆った。案の定、彼は驚いたように梳く手を止めていて。
「すみません聞き流してください」
「え、いや。……え?」
失態だ。と緩く首を振って。
「失礼します!」
彼が引き止める声が聞こえたような気がしたが。全てを振り切ってその場から逃げ出した。


黒鉄のような人だと思った。凛として、強固で、闇に映えて。
流れる漆黒の髪や、黒炭で汚れた指先や、常時携帯している得物が、いかにも彼らしくて。
自分などとは比べ物にならぬほど、優秀で迷いのない人が。

「……まるで、ぼくを恋うているみたいじゃないか」

ありえない話だ。自分が恋われる理由がない。
ずぶの素人で、委員会の仕事でも定期的に迷惑をかけて、それなのに忍術の練習に付き合ってくれて。
父から譲り受けた、愛用の柘植の櫛で、長く癖のある彼の髪を梳いて整えて。
自分は、そんなことしか出来ないというのに。忍を目指しているくせに、未だに髪結いを棄てきれずにいるのに。
それを否定しないでくれて、それもいいんじゃないんですか。なんて。
自分を認めてくれた彼を恋うているのは、まさしくこちらのほうだというのに。
でも、もし。それがありえる話ならば。彼が、自分を好いていてくれるというならば。
耳の熱さを自覚しながら、それを確かめるべく彼の部屋へと向かった。


「なんでそこで逃げてきちゃうかなあ」
あともうひと押しじゃない、と勘右衛門は呆れたように笑った。
「うるさいな、迷惑に決まってるだろ、おれの想いなんて!」
どうにもこの同室の友は、自己評価が低い傾向にある。
五年い組で一番の成績のくせに、三郎に負けているからもっと精進しなければと、努力を惜しまないのだ。
そして、恋をした相手に、伝えるつもりがなかった想いをうっかり口に出してしまったらしい。
友は、自分の片想いだと思い込んでいる。自分に好かれる要素などないと、本気で思っている。

「だって、あの人と違っておれは何もない」
いつぞや、告白しないの? と訊ねたときの答えがこれだった。
自分に出来ることなど、忍術学園の先生なら誰だって出来る。
けれど、髪結いも忍も両方出来るのはこの学園ではあの人だけだ。
何もない自分が恋うたところで、迷惑にしかならない。
それが、友の言い分だった。

「明日になったらタカ丸さん忘れてくれないかな……」
「生憎、そうはいかないみたいだよ」
ほら、と指さした先に、陽光色の髪をした件の人物が立っていて。
慌てて再び逃げようとした友の襟首を掴んで、年上の後輩に突き出した。
「どうぞタカ丸さん。煮るなり焼くなりお好きなように」
薄情者! と叫ぶ友を背にして、さっさと勘右衛門はその場から去っていた。


「久々知くん」
タカ丸の声に、立ち去る勘右衛門の背に怒鳴っていた兵助の肩が跳ねる。
逃げ出してしまった負い目があるからか、恐る恐る振り返って。なんでしょうか。と答えた。
「これを、貰ってくれないかなあ」
そう言ってタカ丸が差し出したのは、タカ丸の愛用する柘植櫛で。
「何故です。これはタカ丸さんの武器でしょう」
「だからだよ」
受け取れません、と返そうとすれば。タカ丸はそれを頑なに拒んで。
「ぼくの想いが、この櫛にあるから。だから久々知くんにこれを貰ってほしいんだよ」

それは、疑いのないほど純粋な恋慕の告白で。
「……ぼくでいいんですか」
渡された櫛を、俯いたまま握りしめて。
「久々知くんじゃないと嫌だなあ」
いつもの、にこやかな笑顔を浮かべるタカ丸に、兵助は思わず天を仰いだ。
ああ、敵わない。自分が悩んでいる間に、タカ丸はさっさと自分の想いを認めてしまっていて。

「後悔しても知りませんからね!」
そう言うなり、タカ丸の手を引いて、その身を腕の中におさめた。
「するわけないでしょ。ぼくは、ずっと久々知くんにこうしてもらいたかった」
「……ありがとうございます」
触れるだけの口づけを交わして、再び強く抱きしめた。


「ああ、そうそう。櫛は贈り物にするときは簪って言いましょうねタカ丸さん」
「え、そうなの!?」
「くるしむ、しぬ。に繋がりますからね。忌み言葉ですよ」
「やっぱり久々知くんから教わることはたくさんあるなあ」
タカ丸がしみじみと呟けば、兵助は照れたように俯いて。

「なんとか落ち着いたみたいだね」
その様子を遠目に見ながら、勘右衛門が楽しそうに笑っていた。

-------------------------------------------

オンオフともに活動してませんが、ついったにはいたりします。
素敵企画に参加させていただき、ありがとうございました。

なお


[*BACK]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -