ふわふわ女 | ナノ








「おはようシズちゃん!あれ?今日はブレザー着て来なかったの?確かに暖かくなってきたけどまだ寒い日もあるってのにさ。あぁ、寒さも解らないほど化物になっちゃったのかな?それは可哀想に!」
「…うぜぇ。」



ぱちん、と背中を叩かれて後ろを振り返るとノミ蟲が何やら言葉をまくし立ててきた。昨日の延長で気分が良かったというのに。最悪だ。
俺のブレザーはふわふわ女が持っているだろう。怖がりな彼女のことだ、身体にかけられたブレザーを見て驚いただろう。捨ててしまったかもしれない。それでも構わなかった。相手は寝ぼけていて覚えていないだろうが、会話ができた。それだけで嬉しかったんだ。

しばらく臨也のうぜえ話を聞き流していると門田と新羅も合流した。下駄箱に入り靴を脱ぐ。すると後ろからぱたぱたと足音が聞こえてきた。振り返ると俺以外の3人があ、と声をあげた。


「あの、平和島…くん?」


ふわふわ女、だ。どきりと鳴った胸を無理矢理隠して振り返ると顔を真っ赤にしてわなわなと震えている彼女の姿があった。


「おう。どうした?」
「き、きの…昨日、ブレザー…。」
「あーあれか。迷惑だったか?悪いな。」
「い…いや、あの…これ。」


はい、と渡されたのは可愛らしい袋。中にはきちんと畳まれたブレザーが入っていた。かたかたと震えているふわふわ女の手になるべく触れないように受け取るとふわふわ女は安心したように息を吐いた。相変わらず怖がられているようだ。きゅ、と唇を噛んだと思ったら身体を深く曲げてゆっくりとお辞儀をした。


「ありがとう、ございました。」


真っ直ぐな瞳で射抜かれる。綺麗な顔立ちだな。というかまさかお礼なんか言われるとは思ってもみなかった。昨日の暖かな会話が蘇ってくる。今日はここまでだな。早々に立ち去ろうと別れの言葉を述べて背を向けると服の袖を勢い良くぎゅっと掴まれた。


「ま、待ってください!」


思わず後ろにつんのめりそうになりながら振り返る。やべぇ、近い。なんか良い匂いもする。まるでプリンの上にかかったカラメルソースみたいな…ん?プリン?


「簡単なんですが、作ってきたものが、あって。」
「…もしかしてプリンか?」
「あの、嫌だったら、捨ててもいい、です。」


ふるふると肩を震わせながら言うふわふわ女を抱きしめたくなる衝動に駆られた。そんなことしちゃダメだ。我慢しろ、俺。ぐっと堪えてプリンが大好物だと告げると表情がぱっと明るくなった。クソ、可愛すぎんだろ。


「わざわざありがとな。」
「い、いえ…大丈夫、です。」


ふわふわ女は俯きながら言う。その柔らかそうな髪を俺は思わずゆっくり撫でた。やべ、つい触っちまった。びく、と肩が震えたのを見て俺は急いで手を離す。ふわふわ女はびっくりしたように俺を見ていた。


「悪い、つい弟を相手してるみてーに撫でちまった。大丈夫か?痛くねーか?」
「あ、う、え…い、痛くない、です。」
「こーらシズちゃん、あんまり手出さないでもらえる?怖がりなんだからさぁ。」


さっきまで黙っていた臨也がふわふわ女の肩を引き寄せて笑う。テメェ、何でそんな近いんだよ離れろ。そんなことを言ったらふわふわ女に怖がられそうだから止めておく。ふわふわ女は焦ったようにだいじょうぶです、と何度も言っていた。


「シズちゃんのこと、怖くないわけ?」
「え、っと…今のは平気だった、というか…。」
「頭撫でられてると思ってそのままで居たら気が付いたら頭潰されてるかもよ?怖いこわーい!」
「…臨也ぁ…テメェ…。」
「怒っちゃダメだよシズちゃん。怖がるだろ?」


臨也は相変わらずの調子でふわふわ女の肩を抱いたままだ。いい加減離れろと臨也の腕を掴もうとした瞬間、臨也はふわふわ女を俺の方にトン、と押した。ふわふわ女は勢いで俺の胸元にぶつかる。ハタから見れば抱きしめているような形だ。真っ赤になって固まった俺を臨也はにやにやと笑った。


「こうしたかったんだろ?今日は俺の好意に甘えておきなよ。じゃあね!」
「っ、臨也ぁ!!」


臨也はぱたぱたと廊下を走り抜けて行った。ふわふわ女も俺も固まったままだ。臨也の野郎、俺の考えてること見抜きやがって。イライラしながらもふわふわ女に大丈夫か?と声をかけた。


「あの、平気なんですけど…う、腕を…。」
「え?あ…悪い!」


ぎゅ、とふわふわ女の肩に回されていたのは俺の腕だった。受け止めてそのままだったんだ。何となく気まずいまま離れるとふわふわ女はすみませんでした、と頭を下げた。


「お前は悪くねーよ。悪いのはあのクソノミ蟲だからな。」


そう言うとふわふわ女はクスクスと笑った。やっぱり可愛いな。それと同時に鐘が鳴る。今まで空気だった門田と新羅がそろそろ教室に行かないとマズいよ、と声をかけた。ふわふわ女は門田と一緒に行くようだ。そうなるとここでお別れだ。名残惜しいがクラスが違うのは仕方ない。門田がふわふわ女に走るぞ、と声をかける。新羅はゆっくり行くようでまだ靴を下駄箱に入れていた。ふわふわ女は俺のほうを向いてあの、と声をかけた。


「また、声をかけてもいい、ですか?」
「ああ。いつでも声かけてくれよ。じゃあな。」
「はい。またの機会で。」


そのままふわふわ女は門田の後を着いて走っていってしまった。何だ今の。可愛すぎてどうにかなるんじゃねーの。放心状態な俺を新羅が本鈴鳴るよ、と引っ張った。


「…俺、今日の授業まともに受けられる気しねーわ。」
「保健室は貸さないよ。」
「可愛いし細いし健気だし抱きしめてぇし頭撫でてぇし頬ずりしてぇ。」
「僕は静雄と友達を止めたいな。」


俺は午前中の授業に出なかった。


(20110703)
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