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アイルランドの妖精、バンシーと正臣



深夜。ぐっすりと眠っていた俺の耳にすすり泣く声が聞こえてきた。おいおい幽霊か?なんて思いながら身体をゆっくり起こすと女の子が泣いていた。緑の服の上に灰色のマントを着ており、髪は長く美しい。年は俺と同じくらいだろうか。ぼろぼろと綺麗な雫を落としていくその子を不覚にも可愛いと思ってしまった。というかどうやって入ったんだ?泣き止んでもらって話を聞こう。そう思って女の子の頭を撫でるとばっと顔を上げた。目は腫れて真っ赤になっている。


「え…えーっと…どちらさん?」
「わっ、私…バンシー!」
「はぁ?バンシーって…。」


俺の知識が正しければバンシーとは死期が近付く者の家に行き、その人の側ですすり泣くという、デュラハンと共に死を予告するアイルランドの妖精だ。その姿は醜い老婆だったり美しい乙女だったりと様々らしい。どうやら彼女は後者のようだ。にわかに信じがたいがデュラハンが居るんだからバンシーくらい居ても不思議じゃない。すんすんと鼻を鳴らしながら俺を見ている。死を予告するってことは、俺は死ぬのか。はは、と乾いた笑いが出た。


「俺、色んなやつに恨まれてたしな。誰に殺されるんだ?」
「…言えない。私は予告しかできないから。」
「んー、じゃあしょうがねーな。ゆっくり待つとすっか。」
「死ぬのは怖くないの?」
「今更死なんか恐れられねーよ。今までそんなことばっかやってきたからさ。」


黄巾賊でハバきかせてたときも何をするにも身を張ってきたつもりだ。むしろ今まで死ななかったことが不思議なくらいだな。俺は目の前の妖精があまりにも泣き止まないのを見かねてタオルを差し出した。バンシーは驚いたように目を丸くさせて、そしてゆっくりと微笑んだ。


「こんなことされたの、初めて。ありがとう。」
「目の前に居る可愛い女の子が泣いてたら助けてやるのは男として当然だろ?」
「、え?!あ…か…かわいく…ない…。」
「おいおい照れんなよ。笑った顔も可愛いけど照れた顔もいいな!」



バンシーはわたわたと慌てたようにタオルを顔に当てた。耳まで真っ赤になっている。妖精も人間らしいとこもあるのか。可愛くて頭をぐりぐりと撫でると小さい子供のように大人しくなった。


「ま…正臣くんも、かっこいいですよ…?」



これは、想定外。















「へえ、バンシーって普段は姿を表さねーの?」
「うん。予告した人にしか見えないの。」
「じゃあ今俺はバンシーを独り占めできてるわけだな!」
「な…なに言ってるのさっきから…。」


次の日、夜、池袋の街。またバンシーが来てすすり泣き始めたから泣き止ませるために外に出た。周りからは俺が独り言を言っているように見えるだろうけどしょうがない。バンシーも酷く俺に懐いたようで、真っ赤になりながらも嬉しそうに話す。こんなこと今まで無かった、とにこにこしながら話すバンシーを見てると俺まで幸せになってくる。今なら岸谷さんと語り合えるかもしれない。次の日も次の日も俺たちは出かけては話しをしていた。


「俺、何か死にたくなくなってきたな。死んだらバンシーと会えねーんだろ?」
「…死んだ人は専門外なの。」
「けど死の予告に来てくれたからバンシーと会えたんだからな。ここはプラマイゼロだ!」
「うん。…でも、正臣くんと離れたく…ないよ。」



ぼそりとバンシーが呟いた言葉に俺はつい真っ赤になってしまった。うわ、なんだこれ、嬉しい。にやける顔を隠すように下を向くとバンシーが俺の腕を引いた。


「ん、どうした?」
「…正臣くん、帰ろう。早く。」
「まだ出たばっかじゃねーか。気分でも悪くなったか?」
「ちが…違うの、早く…早く帰ろう!」


ぼろぼろと綺麗な涙を流しながらバンシーは首を振る。何だ何だと思ってバンシーに触れようとした瞬間、頭に鋭い痛みが襲ってきた。地面がどんどん近付いてきてどしゃり、と身体の力が抜けた。なんだ、これ。


「よう、ショーグン。元気だったか?」
「お…まえ…は…。」
「この前はよくもやってくれたなぁ。」


この前…いつだったか。下卑な笑みは何となく覚えがあるがはっきりとは思い出せない。もしかして俺はここで死ぬのか?冗談じゃねーよ。こんなどうでもいい奴に。ぐ、と身体を起こすと頭がくらりと揺れた。相当やばいな、これ。相手の男を睨み付けていると腕をくん、と引かれた。


「バンシー、危ないから下がってろ!」
「で…でも…、正臣くんが…。」
「あぁ?何1人で喋ってやがる!」


ぶん、と相手がバールを振り上げた。バンシーはぼろぼろと涙を流している。ああ、こいつは笑ってた方が可愛いのにな。彼女を抱き寄せてバールを避けるが蹴りが一発入った。膝を付いて奴を睨む。バンシーはずっと、泣いていた。


「おい、どうしたショーグンよお!」
「…こいつを…バンシーを…これ以上泣かせんじゃねーよ。」
「はぁ?何なんだよてめぇ…。」
「好きな女には笑っててもらいてぇだろ!」


だん、と蹴りを一発食らわせて立ち上がる。相手はふっ飛んだが俺の身体に限界が来た。膝から力が抜けて崩れ落ちる。バンシーはあんなに泣いていたのにその時は何故か涙を流していなかった。横目に彼女を見るとバンシーは相手の男を鋭く睨んでいる。そして立ち上がって覚悟を決めたように息を吸った。



「ゆる…さない、正臣くんを傷つけないで!」



聞こえないはずなのに相手の男が酷く驚いた表情を浮かべた、その瞬間。割れるような泣き声がその場を満たした。あまりに不快な泣き声。きいん、と耳が痛くなる。相手の男は真っ青になってその場を走り去った。彼女は泣くのを止めて俺の方を振り返った。



「どうしよう、死を防ぐなんて初めて。」
「…はは、すげーよ。どうやったんだ?」
「禁忌を少しだけ破っただけ。これくらいならバレないかな。」


そう言って彼女はにっこり笑った。月明かりにきらきらと髪が光って綺麗だ。彼女は俺を抱き起こして病院に行こう、と言ってきた。確かに意識が朦朧としている。やばい、まだお礼をしてない。俺はかすれそうな声を必死で出した。



「…バンシー、お礼を…したい。」
「それは後ででいいよ。今はゆっくり休んで。」
「おう…ありがと…な…。」
「…さようなら、正臣くん。」



最後に見えたのは、美しく笑うバンシーの顔だった。




















「正臣?大丈夫?」
「紀田くん、わかりますか?」
「…帝人…?杏里…?」


目に入ってきたのは白い天井と友人の顔だった。ぼーっとしていた頭を無理やり起こして記憶を辿る。バンシーはどこだ?周りを見渡しても彼女の姿はどこにもなかった。


「酷い喧嘩したみたいだね。もう目覚まさないかと思って心配したよ。」
「…なあ、ここに可愛い女の子が居なかったか?髪が長くて…。」
「夢見てるんじゃないの?」
「…そっ、か。」


バンシーは死を予告したもの以外に姿を見せない。俺はバンシーに死を防いでもらった。見えなくて当然か。今彼女はどうしているだろう。禁忌を犯したと言っていたが大丈夫だろうか。そんなことばかり頭をよぎる。ぱ、と窓を見ると1つの紙と花が置いてあった。杏里に紙を取ってもらい、開くと笑みがこぼれた。もう俺のために泣くなよ、と呟くと2人から不思議な顔をされた。



「ありがとな、バンシー。」








(もう、泣かないよ。)


(20101216)




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