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アイルランドの妖精、リャナンシーと静雄。




朝、家を出ると女が居た。整った顔にスタイルの良い体型。年は自分より1つか2つ下だろうか。彼女はにっこり笑うと酷く優しげな声色で俺に話しかけてきた。


「はじめまして、平和島静雄さん。」



俺は人に愛されたことがない。あの全人類を愛していると公言した折原臨也や罪歌ですら俺を愛せないと拒んだ。どちらにせよ好都合だったのだが。人を愛したことはある。しかし俺を愛してくれる奴は現れなかった。俺は皆が口を揃えて化物だと恐怖する存在だ。暴力が嫌いだといくら言っても、力の抑え方をやっと学んでもこの力は消えることがない。つまり、俺は人に愛されることなんて無い。そう思っていた。



「…お前は?」
「私は、リャナンシー。」
「外人か?それにしては日本語上手いな。」
「…ありがとう。」


リャナンシーと名乗った女は静かに俺の前で跪いた。何をするのかと思ったら俺を見上げてどこかで言われたことがあるような言葉を口にした。


「私は貴方を愛しています。」
「…お前、罪歌か?」
「私は妖刀じゃありませんよ。リャナンシーです。」
「よ、よくわからねぇけど俺が誰だかわかってんのか?」



俺がそう聞くと彼女は目を2、3回ぱちくりとしてはい、と言った。彼女にも同じように私のこと、ご存知ですか?と聞かれたから知らないと答えると困ったように笑った。やっぱり、と呟いたのを俺は聞き逃さなかった。


「お前と会ったこと…あったか?」
「あったとしても貴方は覚えていないでしょうね。何年も前ですから。」
「…お前、変わってるな。」
「そうですか?そんな私を愛しては下さいませんか?」
「そこに飛ぶのか?…まず、まだ俺たちは会ったばかりだろ?」
「時間なんて関係ありませんよ。私は貴方を愛していますから。」



にっこりと跪かれながら言われると困るものだ。視線を泳がせていると彼女は俺の手を取って口付けて立ち上がった。そしてくるりと回って俺の腕を取った。



「貴方が私を愛して下さるまで何度でも来ますから。何でも言って下さい。貴方の望みを叶えますから。」
「はぁ?どういう…。」
「さようなら、また明日。」



ぱちん、と空気が変わった気がしてハッとすると彼女はもう居なかった。変な奴だったな。俺を愛してくれるなんて。正直、凄く嬉しかった。罪歌じゃない奴、人間に愛された。かなり変わったやつだったが。俺は新しい煙草に火を付けた。寒い朝だった。

















「おはようございます、静雄さん。」
「…お前、また来たのか。」
「今日こそ私の愛を受け入れて下さいませんか?」
「ダメだ。俺はお前のことを全然知らないからな。」
「私が貴方のことを知ってるんだから良いじゃないですか。」




あれから毎朝、リャナンシーは俺の前に現れるようになった。リャナンシーは最近自分の身に起こったことやここまで来るときに見つけたものなど、他愛のない話をして、時間が来ると帰る。それと1つだけ俺に贈りものをしていく。中は高そうなものの時もあれば野から摘んできたような花であったりと様々であり、彼女はそれを貢ぎ物だと言う。また、俺がぼそりと欲しいものを呟いた次の日にそれをくれたりもする。不思議な女だ。



「はい、静雄さん、これ。」
「ん…いつもありがとな。…というか別に良いんだぞ?こんなのくれなくたって。」
「貢ぎ物だから、いいんです。」
「それ理由になってねーよ。…見ていいか?」
「はい、どうぞ?」


がさりと綺麗に包装された袋を開けると高そうなジッポが入っていた。これは俺が一言、気になってるんだよなくらいで言ったやつだ。相当高かったはず。俺がばっと彼女の方を見ると嬉しそうな表情を浮かべた。


「お前…っこれ、いいのか?」
「静雄さんのためですから。構いませんよ。」


彼女はころころと表情を変え、にこにこと笑顔を向けてくる。そんな彼女に俺も自分のことを話すようになった。黙って相槌を打って話を聞いてくれる彼女に、俺は段々と惹かれていった。彼女は容姿、性格と全然問題が無い。ただ、1つだけ気になることがある。彼女は自分のことを全く話してくれないのだ。どんなに聞いてもよく覚えてないの一点張りで、すぐ別の話題に変えてしまう。だが一度だけどこに住んでいたのか、と聞いたらアイルランドだと答えた気がする。やっぱり外人なのか。


「なあ、お前のこと知りてーんだけどよ。」
「だめですよ、探っちゃ。」
「…好きなやつのことくらい知らなきゃだめだろーが。」
「しず、お…さん?」


ぱちぱちと、初めて会ったときみたいにまばたきをした彼女は本当に嬉しそうに微笑んだ。結構さり気なく言ったつもりだったのにな。ぎゅっと抱きついてきた彼女を優しく抱き返す。最初は変な奴だって思ったがみるみるうちに惹かれていった。頭を撫でているとそって目を閉じた彼女に口付けた。彼女は暖かかった。






「なぁリャナンシー、トムさんに会ってみねーか?」
「…トムさん?」
「俺の仕事の先輩。彼女ができたって言ったら見せてくれって言われたからよ。」
「あ…えっと…私…。」
「人見知りか?トムさんは優しいから大丈夫だぜ?」



先日、彼女ができたという話をしたら仕事場に連れてこいと言われた。トムさんは本当に嬉しそうに俺の話を聞いて、いやー若いって良いねぇと笑った。普段世話になってる先輩だし、彼女にトムさんの話をしたとき会ってみたいと言っていた。これは丁度良いと思って彼女に会うことを話してみたが、彼女はあまり乗り気ではないようだ。



「んー、俺の仕事が終わるまで事務所に居てもらうことになるけどみんな優しいからな、安心しろよ。」
「…そう、なんですか…」


視線を外して俯く彼女を不審に思って近寄ると不意に嫌な臭いがした。なんだこれ。このムカつく臭い。ばっと振り返ると彼女も目を見開いて固まっている。視界に入った黒にイラつきを覚えた。



「やあシズちゃん。こんなとこで何してんの?」
「…臨也…見りゃわかんだろーが。喋ってんだよ。」
「ハァ?誰と?最近シズちゃんが1人で喋ってて不気味だって情報が入ってきてたから見に来たら…幽霊でも居るわけ?」



嘲笑うように臨也は俺に近付いて溜め息をついた。俺はばっと隣を見る。彼女はそこに居た。ちゃんと触れられるし暖かい。んなわけねーだろ、こいつが幽霊だなんて。臨也を睨むと両手を挙げて降参といったように振る舞った。


「睨まないでよ。喋ってたんだろ?そこに居るやつと。」
「当たり前だ。見えねーなんて頭可笑しいだろ。」
「…そんなに相手を庇うなんて珍しいね。彼女だったりするわけ?」
「手前には関係ねぇ。」
「へえ!これは驚いた!名前は何て言うの?」
「…リャナンシーだ。」


ははは、と笑っていた臨也の表情が一瞬にして固まった。彼女を見ると表情を変えないまま臨也を見つめている。まるで何かを悟ったようだ。臨也は嘘だろ、なんてて言いながらへなへなと力無くその場にしゃがみ込んだ。


「そう、だよな…デュラハンが居るんだからな…。」
「さっきから何言ってやがる。」
「シズちゃんはアイルランドに居る人間の男の愛を永遠に探し求める妖精は知ってるかな?」
「…はぁ?」
「もし男が拒めば妖精は奴隷のようにかしずき、もし男が受け入れればその人は妖精のものとなる…そんなものかな。」
「手前…さっきから何を…。」
「その妖精はその男以外に姿が見えないんだよ。」



臨也は俺の隣に居る彼女の方を向いてにっこり笑った。俺には見えないんだよね、と前置きをして俺に向き直った。頭がごちゃごちゃして整理がつかないが1つだけ仮説ができた。違うだろ、違ってくれ。臨也の答えを聞きたくない。臨也はふう、と溜め息をついて口を開いた。




「その妖精の名前は、リャナンシーっていうんだ。」






(そう、その人しか見れないの。)


(20101215)


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