夢小説 | ナノ


「黒君バスケ部入ったんだね」

行き付けのバーガーショップの席に向かい合う友人が満足そうに笑って自分の分のバニラシェイクに口をつける。偶然同じ高校で同じクラス、しかも席も隣という偶然に偶然が重なって数年ぶりに同じ校舎に通うことになった目の前に居る彼女、黒戸狛は黒子にとって古い友人でありその関係はもう幼馴染といってもいいかもしれない。決して中学時代に会う機会がなかったわけではないがこうして同窓生として会うのは本当に久しぶりの出来事で何となくつもりにつもっていた話がはずみ、他愛無い会話を続けながらこうして帰路をともにしバーガーショップで寄り道をしている現状だ。

「そういうコマは何処かに入部したんですか」
「私?ううん入っていないよ。」
「なんだ、そうなんですか。そんな話を振ってくるからてっきりコマも何か部活動に入ったんだと思っていました。」
「部活動かぁ。休日に支障の出ないものなら入っても良いんだけれど、最近そういう部活動減ったみたいだから悩んじゃって。」
「じゃあ運動部は全滅ですね」
「うん、ほら休日は黒君のバスケ部の練習とか練習試合とか見にいきたいし。」
「…」
「いいじゃない、見たいんだもの黒君のバスケ」

ころころと鈴を鳴らすように楽しそうな調子でバニラシェイク片手に狛が笑う。その度に様に合わせて結われた彼女の長い髪がふわりと揺れた。男の黒子は彼女の様に髪を伸ばすという事はなくむしろ運動をやってきた身としては伸びたら切る、というのが当たり前だったのではたして彼女の髪がどれくらいの月日を掛けて伸ばしたものなのかなんてわからない。けれどそんな彼女を見ていると黒子自身の記憶の中にある昔の彼女やその思い出と違う一面や姿を見ているようで、随分と月日が流れたんだなと思わざるを得なかった。

「私の中学時代はもはや黒君観察同好会活動だったもの」
「なんですそれ」
「黒君の試合を見に行って影からひたすら応援するという活動をね…」
「はあ、もういいです。全然影からじゃなかったですし。」
「そう?」
「そうですよ。どんな試合の時もさも当たり前の様に居たじゃないですか。」
「あ、そうだっけ」
「…はあ」

この人は何時だって飄々としている――。
狛から反らした視線の先、今が何時なのかは知れないけれど外を行き交う人は多いように感じる。

そう。彼女はいつだって飄々としていたのだ。
久しぶりであるとはいうものの黒子は中学の時も彼女とは頻繁に顔を合わせていた。いや、合わせていたというのは語弊があるかもしれない。何故なら黒子はコートに居て彼女は観客席にいたので言葉を交わすような機会はほとんどなく偶に、例えばTOの前後とかQ間の休憩中とかそういう時分に視線が合うかどうかくらいのものだった。
正直黒子は、自分は応援をもらう様なポジションではないと思っていたし自分の特性故に応援というかコートに居ることすら他の人は気づかないくらいなのだから自称影からの応援(とはいうものの影からどころか非常に堂々応援していた)をされても、と思うことはなかったわけではない。それでも他校生である自分の試合をわざわざ応援に来てくれるこの古い友人の事は大切であったし感謝の思いも十分すぎるほど自分の中にあった。中学時代公式戦練習試合を含めて、自分の出場の有無にかかわらず彼女が応援に来なかった試合は殆ど無い。
彼女からの応援の声は自分に届く。けれどそれに応える術はプレーで示すくらいしかなかった。


「黒君」


不意に呼ばれた自分の名前に振り向くと先ほどまでの飄々とした様子はない狛がそこに居る。それでもその目はとても楽しそうに嬉しそうに笑っていて思わずなんですか、と聞き返す。

「あのね。黒君が中学の時突然バスケ辞めた理由は聞かないことにしているの。」
「そうですか」
「でも黒君がもう一度バスケをやるっていうのはすごく嬉しいんだよ。自分の事でもないのだけど」
「それは、ええっと。有難うございます」
「お礼言われるのは私かな。むしろ私から黒君に言いたいくらいだよ。私さ、黒君が生き生きバスケしている姿やっぱり好きなんだなぁって思うもの」

好き、ニコニコ笑う彼女のその言葉に深い意味はないのだろうと思った。長く話していたせいか手の熱で溶けてしまったバニラシェイクを飲み干す。

「生き生きなんて、初めて言われました。」
「それは皆が黒君のバスケ見えてないからでしょう。パスの一瞬しか見えてなかった人からしてみれば黒君のバスケが生き生きかはわからないじゃない。」
「そう、ですか。でもやっぱりちょっとびっくりです」
「うふふ、びっくりの黒君かあ。全然びっくりしてるようには見えないのが流石黒君だよね」

彼女も飲み終わったのかバニラシェイクのカップをクシャリと握りつぶした。そろそろ帰らなくちゃかな、かばんを手に取り彼女が席を立つように暗に促してくる。外も暗くなってきた所を見ると自分達は中々話し込んでいたらしく入学したての高校生にしては長い寄り道になってしまったのかもしれない。ダストボックスに空カップを入れ自動ドアに向かえば外は街灯が点灯しており、道にはスーツ姿の人たちが帰路についている。

「黒君。練習試合の日程とか決まっているの?今から楽しみだなぁ。またいくからね。」
「まだ仮入部なんですけれど。」
「あ、そうか。試合は本入部したらだよね。ああでも楽しみ、今度は同じ学校だから堂々と応援できるよね」
「中学の時は明らかに他校生なのに、っていう感じ。すごかったですよね」
「そうそう。ちょっと制服の色違うだけなのにね」
「デザインも随分違いましたけど」

楽しそうに自分の隣を歩く狛をみ、ふと彼女の目線が少しばかり自分のそれより低い気がした。こうして並んで見ると狛の方が小さいようだ。昔はどうだっただろうか、今と同じくらいかもしかしたら狛の方が背が高かったかもしれないという気がしていた。
(変わっていくんだな)
変わっていくのは全部そうだ。これからの自分の環境も今までとは違うし勿論彼女の環境も変わったことだろう。新しく入ったバスケ部は中学時代のものとは全く別物だし、そのチームメイトだってこれからどんどん成長という変化をとげていくのだろう。練習試合も色んな高校とすることになるかもしれない。そうすれば自分の中の経験も技も変っていく事もあるかもしれない。

(ああでも)
(この友人との関係だけは変わらずあってほしいです)

狛との遠慮のない距離は心地好い関係であり自分にとっては落ち着ける関係でもあった。それに彼女は何故か自分の影の薄さを物ともせず自分を見つける、見つけてくれる。自分の影の薄さに悲観したことはあまりないけれどそれでも見つけてくれる人がいるというのは。




「黒君?」
「なんでもないです」
「そう?」
なんでもなくはなさそうー、勘ぐる狛を一蹴し急ぐ帰路は暗く既に星が出ていた。





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