夢小説 | ナノ


昼下がりの風は柔らかく暖かで、時々風にさらわれた綿毛が頬をかすめる。その感触をくすぐったく思いながらも狛は草原に寝転がったまま隣に寝そべる彼女の髪を撫でていた。

「狛はなんにも言わないんだね」
ふいに彼女が――銀屏が口をひらいた。

「何を?」
「私が狛をぎゅってしても」
「うん、銀屏ちゃんに甘えてもらえるの嬉しいもの」

銀屏は狛にさらに寄り添うと腰に回していた手に力を込める。それでも狛はなにも言わない。ただ、少しおかしそうに体をよじった。

「くすぐったいよ銀屏ちゃん」
「…うん」

本当に何も言わないんだな、銀屏はゆっくり目を閉じる。視覚がなくなると服越しの彼女のぬくもりがより良く分かる。人肌の温かさは本当に心地良い。

いつ頃からだったか、兄達に抱きついたり甘えに行っては何となく距離を置かれるようになった。理由は銀屏には今でもわかっていない。ただ、性差だったり年頃の男の人の気恥しさがあるのかもしれないと考えていた。
それについて、銀屏は仕方ないと思っている。というより、そう思う様にしていた。そうでなければ初めてそうして避けられた時の、なんとも言えない、心がキシキシ音を立てるあの寂しさに飲まれてしまいそうだった。

「狛」
「なに?銀屏ちゃん」

狛だけは変わらなかったよね、昔から何一つ。

閉じた瞳の向こうでおそらく小首を傾げているであろう彼女を想像しながら銀屏はそう思う。兄達の態度が変わり始めても、狛はいつだって変わらなかった。それについて一度だけ理由を尋ねた事もある。私は頑丈だから平気なんだよと狛は笑っていたけれど銀屏にはそれも良くわかっていない。
それでも変わらず接してくれるのは嬉しかった。甘やかしてくれるのが嬉しかった。嬉しくて温かくて胸の奥がぽかぽかして―――。



「私、狛の事大好き」

一瞬狛の手が止まった。
銀屏はすぐに瞳をあける。一抹の不安を頭に過ぎらせながら見上げた先、狛は意表を突かれたという感じで目を見開いている。思わず、口にした言葉を後悔しそうになる。
が、狛はすぐに目を輝かせ柔らかく表情を崩した。

「ありがとう、すごく嬉しい。私も銀屏ちゃんの事大好きだよ」
「…本当に?」
「強くて可憐で優しくて自慢の妹さんだって思ってるよ」
「――うん、狛、ありがとう」

ありがとう、狛、でもね。
――本当はちょっと違う意味もあったのにな。

内心胸を撫で下ろす一方で、気付いてもらえなかったことを残念がる自分がいる。良かったような悪かったような、銀屏は複雑な気分を覚えた。
狛は先程の言葉を変に気にした様子もなく銀屏の髪をひと束とっては梳いている。指ですくえばさらりと溢れていく銀屏の長い黒髪。まさに美髯公の娘って感じだね、狛が少しご機嫌そうに呟いた。

「ねえ、狛。少しだけ寝てもいいかな」
「勿論。また起こすから」

お休みなさい銀屏ちゃん、狛の声が近く遠く聞こえる。それが銀屏の緊張を柔らかく解いていくようだった。ちょっとしたふて寝のつもりだったのに、すっかり力の抜けた体に睡魔が襲ってきた。ぎゅっと狛に抱きつくと優しく、ゆっくり、背中を撫でてくれる。

小さくなっていく周囲の音を遠くに感じながら思う。


(いつか、いつか、気づいてもらえるかな。)
(それでも狛は勘違いしそうだけど、きっと)

―――変わらず、甘やかしてくれる。

意識を手放しつつそう思う銀屏は自然と笑みを浮かべていた。





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