「花は、もういいんだ。狛」 ためらいがちに差し出された言葉。やんわりと押し返された狛の手の中で花は握られたままだった。 いつもと違うその様子に狛は戸惑っていた。いつもなら、そう、ついこの前までは恥ずかしそうにしながらも狛の気まぐれにされるがまま、髪に花を飾られては関平は顔を赤くしていた。 「でも、」 「拙者は関索や関興のように整った顔ではないから」 「そんなことないよ。関平君も花、似合うよ。とっても可愛いよ」 「…拙者はそれでは駄目なんだ。『可愛い』では。強くならなくては。」 関平は遠くを見据えている。振り返るが、関平が見つめるその先に何があるのか正直狛には検討がつかなかった。ただそれでも、関平の様子が気掛かりだった。 視線を戻すが関平は相変わらずどこか遠くを見据えている。そして思い立った様にこちらに視線をよこした。 「次の戦、拙者は父上の陣に組んでもらうことになっている。狛は関興達を支えてやってくれ。まだ二人は戦に出るようになって短いから」 「それは…うん。でも」 関平君は―――。 狛がそう発する前に彼は手でそれを制した。 そうなるとわかっていたかのように。 「拙者は一人で大丈夫だ。」 寂しそうに浮かべた、妙な艶がある笑み。大人びた雰囲気を帯びたそれは見たことのない表情だと思うのに、その笑みが狛の中で誰かに重なる。 『花』では駄目なんだ、守られてばかりでは――。 ポツリと関平の口からそうこぼれた。 (ああ、そうか) (この表情は劉備殿に似ているのかもしれない) いつか見た、民を思い憂う劉備の顔を狛は思い出す。己の無力を呪い、守られてばかりの自分を嘆き、それでも皆を支えようと微笑む彼の顔が浮かんだ。 今の関平の表情はそれとよく似ている。それが彼がいかに大人になったのかを示しているように思った。 同時に、その事実に思いのほか驚いている自分にも気がつく。 (関平君も本当は、守られてばかりなのは――) 心臓がどくりと脈打つ。おそらく当たっているであろう予感に胸が締めつけられる思いがした。 「…うん、わかった。でもどうか気をつけてね」 「…有難う、狛。狛がそう言ってくれるのが、その、とても嬉しい。」 少し緊張を緩めたのか、先程までの雰囲気は息を潜め、狛の知るいつもの関平が目の前に現れる。純粋な喜びをたたえた笑顔。それが嬉しくもあり、何故か寂しくもあり狛は咄嗟に目を伏せた。 「でも、怪我したりしちゃだめだからね。張り切りすぎないようにね!」 目頭の熱を誤魔化すように、わざと大きな声を出す。恥ずかしそうにおかしそうに関平は「狛は心配症だな」と頬をかいた。 いつまでもいつまでも。 (私が守ってあげなくちゃいけないと思っていた。) [ back ] |