夢小説 | ナノ


*中学生赤司君と中学生黒子幼馴染夢子

「どうして君達は不都合で非生産的な関係を続けることを望むんだい。」
遠くで近くでけたたましく蝉が鳴いている。割れそうなほど響く音の中で彼女は立ち尽くしていた。
彼はそれを静かに見つめていた。







いつもの様に幼馴染の練習試合を見学した帰り道、狛は赤司に呼び止められていた。彼と狛は決して仲が悪いわけではない。彼と自分、それからこの場にはいない友人である黒子と共に居る時であれば言葉を交わす程度には知り合いのつもりだった。そして同時に特別仲が良いというわけでもない。こうして二人きりで話すのは数える程しか記憶にないからだ。
夕暮れ時だというのにじっとりと暑く、肌にうっすら汗が浮かぶ。じりじりと肌を刺す斜陽と陽炎に揺らぐ視界の中狛は赤司の言葉を何度も何度も反芻していた。嫌な汗が頬を伝う。なんだかとても頭が重く感じた。

「赤司くんは、」
やっとの思いで絞り出した声はかすれている。喉はいつのまにかからからだった。思わず生唾を飲みこむ。
「どうしてそんなことを聞くの。」

「理解しかねるからだ」
それはほぼ即答だった。

冷静に冷たく突き放すように突き返された答えが頭の中に木霊する。「理解しかねる、」呟くとそれは自分の中に染み込んで何とも言えない感情に変わる。それは熱く冷たく自分の中でモヤモヤと広がってなんだか鼻の奥が少し、つんとした。
ふうと彼は息をつき、続ける。

「俺が見る分には君と黒子は想い合っていないなどという事は決してない。あくまで自分達は幼馴染だとお前達は言うが、本当はそれ以上に特別に相手を想っているのだろう。」
「赤司くん、まって」
「そして自分達にも自覚があるはずだ」
「まって。そんな事ないんだよ。そんな事ありえない」
「狛。何に対しての否定だ?自分達が想いあっているだろうという俺の意見に対してか。それとも自覚があるという話に対してか。」
「それは。」
「それとも俺が何か間違っているとでも」

トーンの落とされた声と共に赤司がすっと目を細めた。途端に先程まで全身を襲っていた暑さと倦怠感が消え足元からじわじわと熱が奪われていくように感じる。自然と背筋が伸びた。
答えられなかった。それでもどうしても答えられなかった。答えを出すことは躊躇われた。それは自何か目を逸らしていたものを自然と導き出してしまいそうだった。だが同時に彼相手に嘘をつく事も恐ろしく感じられてもいた。はいもいいえも選べず口を開いては閉じて言葉を探す。だが何度口を開いても正解は付いて出てきてはくれない。

「認めるのはどうしても嫌なのか。」
相変わらず少し冷めた目線を赤司はこちらに送っている。その顔にはやはり理解しかねるという困惑と侮蔑が浮かんでいた。
(ああ、彼にとってはそうなんだろう。)
視線を受けながら狛は思う。何故なら彼は常に勝ち続けている。勝ち続ける彼だからこそ失うものはなく、手に入れられないものもおそらく無いのだろう。それは今までもそうであり、そしておそらくはこれからもずっとそうなのだろう。

と、何かがちりりと痛んだ。襲っていた鼻の奥のつんとした痛みもせり上がる寒気も相変わらず消えることはない。こんなにも彼に逆らう事を怖いと思っている。それは彼が常に勝者であり頂点にあり、ひいてはそれは誰よりも正しいという事で。黒子との関係を「幼馴染」という絆にすがるだけのちっぽけな自分には立ち向かうべくもない相手だとわかっているからで。
それでもほんの少し。羨望と少しの怒りの炎が自分の中で燻っているのがわかった。
「きっと」
言わないほうがいいと思いつつ絞り出した声はかすれいなかった。眉を寄せる彼から視線を外しながら呟いた。

「壊れるのが怖いって。だから今のままでいいんだって。そうやって思い込もうとするこの気持ちは、何事にも勝ち続けてきた赤司くんには解らないよ。」
ひと呼吸躊躇う様に置いた後浮かべた笑顔はどんな色に映ったのだろうか。

「臆病、なんだな」
呆れたように納得したように赤司から言葉が零れおちた。視線はいつもの穏やかなものに戻っている。全くもってその通りだと狛は思わず苦笑し、そうだねと頷いた。
「これからもずっとそうなのか」
「きっと」
「それに満足できるのか」
「少なくとも今は」
「そう。君は愚かだね」
「うんそうだ……はい?」
「愚かで、本当に馬鹿だ。」

あっさり繰り出された屈辱的な言葉。だがそこに先程までの嘲りの色はなくむしろ彼は何故か心なしか楽しそうに言葉を続ける。
「どうしようもない臆病者だ。救いようもない」
「あ、赤司くん…」
「だからやっぱり理解しかねるよ狛。俺は」
今度は穏やかな口調で諭すように赤司はその言葉を口にする。目を丸くした彼女は少しの間を置いてまた寂しそうに微笑んだ。
(解らないものだな)
ふと先程の彼女とやり取りが頭をよぎる。壊れることが怖いと、今のままでいいと思い込んでいると言った彼女。それが赤司にはわからなかった、何故なら赤司には彼女と黒子の間に――例え幼馴染という関係がどう変化しようとも――壊れるものなどないとそう見えたから。

(本当、何故そうなってしまうんだろうね)
「…赤司くん?」
「ああ、なんでもないよ。そういうことだから俺は俺の意見を変えるつもりはないよ」
「そう。うん、でもそれでも。私の考えも、変わらないかもしれないし」
「頑固だな。狛は。」







(君達はいつだってお互いの事しか考えてないというのに。)



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