夢小説 | ナノ


「行かないでください、コマ」
「黒君…?」

振り返ると彼は少し俯いていて、斜陽のせいもあってか決して長くない彼の前髪なのにその影に隠されて表情は伺えない。
すっかり私より大きくなって見上げる具合になった幼馴染の顔を覗き込む。落とされた視線は何処を見ているわけでもなくただ真っ赤に染まっていく足元のコンクリートのその先の何かを見つめていた。

「行かないで、ください」

私の袖口を引っ張る黒君の手は微かに震えている。静かに上げられた顔を見る。窺うようにこちらに送られる視線に目を見張る。

それはとても暗い色をしていた。
普段の彼からは思いもよらないくらいに。
真っ赤な夕日と反するように。


「傍に居て下さい」

袖口を引っ張る力が強くなる。うなだれたままゆっくりと肩に彼は頭を預ける。少しずつ掛かる重み。じわじわと肩口に広がる自分のものではない温もり。吐息が耳のすぐそばで聞こえた。熱い、何かに耐えるような呼吸。
こんなに暗い目をするまで彼は色々と抱えていたのだろうか。誰かの目に留まるような彼ではないから誰かに頼る事もない彼だからこその重みがあるのかもしれない。
「そば、に」震える声に鼻の奥がツンと痛む。オレンジ色の視界がじわりと滲んだ。私の肩口に頭を預ける黒君がどんな表情をしているのかはわからなかったけれどきっと泣いているのだろうと思った。

「ごめんね、黒君」
頬をすりよせる。短い彼の髪が頬に当たってちりちりした。
気づいてあげられなくてごめんね。今まで傍にいてあげられなくてごめんね。私は君を見つけてあげられるのに、それだけだった。彼の暗くてつらい気持ちまで見つけてあげる事は出来なかった。

「これからは一緒にいるよ。私も黒君と一緒の高校に行く。一緒の部活に入って一緒に部活するの。それでずっと黒君の応援するの」
声に出して彼に、そして自分にそう言い聞かせる。ただ蚊帳の外から黒君を見つけるだけなのは、もう終わりにしよう。見つける必要なんてないくらい傍で、これからはずっと一緒に。

「コマ、本当に、一緒にいてくれますか。」

暖かい吐息が首筋をかすめる。期待を抱いたのか、肩に頭を預けたそのままに彼が此方を向いたようだった。こつりと私も彼の方に頭を倒す。
「うん、だって私は」
触れた所から黒君の温もりが通じてくる。

「黒君の幼馴染だもの」
目を閉じたのはその温もりに浸っただけではなかった。彼と私をつなぐ魔法の言葉はじわりじわりと広がって心の中いっぱいに満たしていく。私達はその温さの中でただ寄り添いあっていた。





臆病で甘い私達は結局寄り添いあう事を選んだのだ。

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