にぎにぎ。 今日も僕の手は暖かい、特に何をするわけでもなくただ、ただ彼が僕の手をひたすらに包み込んでいるのだ、僕よりも成長の遅い体格や掌が、小さいそれが僕の一回り大きい手を包む。 僕は、家庭の事情もあってか、習い事のせいもあってか、どうしても周りの人より大人びていて誰かを寄せ付けることを避けていた、それも自然に、自分の無意識に、友達と呼べる者は何人かは勿論いるものの、そうだな、放課後に遊ぼうよ、と、彼のようにはならないのだ。 彼、松田啓人くん、唯一心を許せている友達。 テリアモンも彼といるのは力が抜けるのか疲れが取れるのか羽が伸ばせるのかとても伸び伸びとしているし、そんな彼も僕のような気難しい奴が傍にいても鬱陶しいと思うどころか頼りにしてくれるぐらい、僕はそれが嫌じゃないし、寧ろ、好きだ。
パン屋の息子だという彼からは甘い香りが漂い、心地いい。 五月を超えてそろそろ夏に入るそんな時期、じっとりと手は汗ばんでいるのに、彼は嫌だとも言わずひたすら僕の手をにぎる、甘えん坊なところがなんだか可愛くて、どうしても同じ学年だとは思えない。 一人っ子だと聞いていたし、きっと、これは彼なりの甘えなのだろう。
「あ、ごめんね李くん!なんだかずっとにぎってたみたい…」 「いいよ、でも、どうしてそんなに気になるの?」 「うーん…うまくは言えないんだけど、僕、大きい手が好きみたいで」
父親の手を思い浮かべたのか、少し顎を上げて考えてからへらりとふやけた笑顔で彼がそう言った。 小柄なのが彼にとって知らずうちコンプレックスになっているんだろうね、段々と眉端は下がり落ち込むような凹んだようなそんな表情に代わるタカトくん。 大丈夫? そう声を掛けようと思ったけれど今度は恥ずかしそうに頬を染めて膝を抱えて小学生お得意の小山座りをすれば埋めるように腕で作った空間に顔を埋めた。 何を考えたのだろう、 彼の考えていることは割と判りやすい、今回も割と判ってしまう、きっと、男である僕の手を握っていたことが恥ずかしくなり、自分の弱点を見せてしまったとでも思っているんだろうか。 僕は、僕は人とは少しずれていて、どうも彼のような子を好きになるようだ。 そう、男女関係なく恋をしてしまうんだ。
膝を抱える彼の手にそっと自分の手を添えて、彼が驚いたように顔を向けてきたところで小さく微笑む、僕は彼が好きだから。 気にすることなんてないと思うよ。 笑顔でそう言うと、そうだよね!、なんて少し涙目だった彼が、満面の笑みで答えてくれる。 タカトくんは何かを言うのが苦手だから、こうして行動で示すけど、きっと僕がその行動を読むから、そう答えてくれたのだろう、出なければ普通何故思考が読み取れたのかと疑っているところだし。 李くんは凄いな。 何度聞いたであろうその言葉をまた今日も聞く、嫌じゃないその響き、他の人とは違う柔らかさ、笑顔で、尊敬しているように、頬を染めて、憧れるように、小さく彼は呟くのだ。 散々クラスメイトに言われた、李はすげえよな、とは違う、棘のあるそれじゃなくて、寧ろ雲のようにもろく柔らかいそれは、タカトくんに言われるから心地よく感じる、彼の天然なところや、素直なところが、時には羨ましく妬ましいとも思うけれど、嫌いになれないということはそういうことであって。
「ぼくの思ってること、何でも判るんだね!李くんは本当に凄い」 「タカトくんは顔に出やすいからね」 「あー、ひどいや」
そんなこと言うけれどその顔は笑っていて、僕から触れた彼の手がまた再び僕の手をにぎにぎ、にぎにぎと、嬉しそうに応えてくる。 ずっとずっと、離れて欲しくないもの、それは友達であるテリアモンと同じくらい、タカトくんも、だなんて、きっと一生言えないけれど、でも今は、この関係で満足している自分がいるから、言えなくてもいいのかもしれないね。
「ぼく、李くんとはもっと仲良くなれる気がするよ、ずっと、この先も」 「僕もだよ」
タカト。 呼び捨てしてしまいたい気持ちを抑え込んで、僕は嬉しそうに手をいじる彼にそう答えた。
にぎにぎ。 (李くんの手、好きだなぁ) (僕もタカトくんの手好きだな)
なんだろう、タカトくんの表情から読み取れるはずの思考が、今は読み取れない。
とても顔が赤いよ?タカトくん。 僕はそっと、笑顔でそう呟いた。
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