「あれ、紫苑今日当番だっけ」

「うん、水鳥ちゃんは部活でしょ?気にせず行って?」

「…うーん、わかった、今度は見送らせてくれよ」

「ふふ、うん、またね」



全校で綺麗な鐘の音が響き渡る、それと同時に下校する者部活に行く者特に意味もなく残ってお話している者が現れる中、私は委員会活動に励みます。
といっても、決められた花壇に水をあげたり手入れをしたりするだけなので、それ程時間はかからないのです。
そういえば今日の朝、拓人さんに部活が終わるまで待ってて欲しいって言われてましたね、教室に行った時の反応も気になりますが、どういった御用なのでしょうか…まさか何かしくじったり…?
ぶんぶん、と頭を左右に振って荷物を持って倉庫へ向かい必要な道具を取りに行く、既に開けられたそこで必要なものだけをとり自分の花壇へ向かえば中々広いそこは綺麗に花が咲き乱れていた。
それだけでちょっと心が踊る、私は急いで水の準備をして、荷物が濡れない様に離においておく。

さぁ、すっかり準備も整いました、私は勢いよく蛇口をひねりホース先の元をシャワーに切り替えると日の光に反射しながら綺麗に水が吹き出してきます。
心地いい。

するとそこへサッカー部の掛け声、いけない、今日はこっちの方のランニングだったんですね!
私は道を開けるように動く、が、勢いのいい水が動き自分に少し、どころかだいぶ、かかってしまいました。
冷たい。



「…やってしまいました」

「大丈夫か?」

「え?あ、はい、ありがとうございます、神童くん」



勿論サッカー部に見られましたとも、だけれど拓人さんはお優しいから、輪から離れて他の者に指示を出したあと私のもとへご自分のタオルを渡してくださったのです。
綺麗な笑顔と共に。

だけど、これは条約違反です…アクションを起こさない、という決まりでしたでしょう?
でもわかっています、拓人さんは、本当に本当にお優しいお方だから、きっとこれが私でなくてもしたでしょうね、わかっています、大丈夫、自惚れてなんていません。
そっと彼のタオルを受け取ると、すっかり誰もいなくなった花壇で恥ずかしげもなく、自分で己を拭いていたはずのタオルは拓人さんの手の内で、逆に拭ってもらっている状況になっています、これはいけません。
ダメですよ、
という言葉なんて聞かずに、拓人さんは微笑んでそれを続けます、ずるいわ、その笑顔。
大丈夫、誰も見ていないさ。
得意気にしてそれを言えば濡れていた部分の水分はすっかり取り除かれ、ひんやりとしたものだけが残った。

ありがとうございます。
お礼を言えば拓人さんは笑顔でどういたしまして、と返してくださって、私も笑顔になってしまいます。その笑顔が本当かわからないけれど、私も本当に笑えているかわからないけれど。
しかしこれじゃあ条件を出した意味がありません、ねえ拓人さん、貴方は何がしたいのです?家のためにそこまでして私のご機嫌をとりたいのですか?
嗚呼、ごめんなさい、そう、私は貴方の家よりうんと小さい家庭で、貴方に逆らっていいはずがないのに、でもね、わからないわ、好きでもない人に優しくできる貴方の、その優しさは底知れないのですか?
誰でもよかったのですか?



「俺はもう戻るよ」

「ええ…」

「今日は、一緒に帰ろう」

「…いけません、これじゃ、約束が」

「帰ろうな、紫苑」



刹那、額に生暖かいものが触れて、彼は照れくさそうにその場から去っていきました。
風が強く吹き少し肌寒いハズなのに全身は得体の知れない温もりに支配され、心臓の音も激しくなります。
ゆっくり額に手を置いて、その場で硬直をしてしまう、あったかい。

私より背の高い彼が私の額に寄せてきたそれは紛れもない唇で、一瞬わけがわからなかったけれど、嬉しくて、嬉しくて仕方なくて、だけど切なくて、強い風が私と拓人さんを引き離すように吹けば、心情を表すかのように私の二つの小さな目から、ゆっくりと冷たいものが滴ったのです。










作業も終えて、そろそろ部活動も終わりを告げる頃、教室で待つこと数分すっかり聞きなれた声が私を呼んだ。
夕暮れは綺麗なオレンジ色で、それに照らされた彼はとても綺麗、自分のこんな汚い心も浄化されそう、でも貴方の心は何色かしら。

小説に入り込んでいた私は自分の教室に彼が来ていたことなんて分からずに、声に振り返れば手招きをされる。
どんな仕草でも綺麗。
だけど浮かない気分で傍に駆け寄る、まだ残る生徒がすれ違うたびに書類の話をしてやり過ごしたり、いなくなれば拓人さんの甘い囁きをきいたりする放課後は、正直しんどくて、滅入ってるのは自分の方だったんです。

帰ろう、
拓人さんが言った言葉に頷くと、気を利かしてくださったのか今日お渡しした書類を取り出してくださった。
そうね、帰り道も見られてしまうかもしれないものね。

下駄箱から出て数分、人気も薄くなり拓人さんのお家付近の静かな通りまでくると、拓人さんの歩くスピードが落ちた、もうすぐで家なのに、わかりやすい行動にいてもたってもいられずに、私の方から足を止めると、拓人さんは夕暮れに照らされながらこちらに振り向いてきます。
どこか、赤く見える頬は、夕暮れですよね。



「どうしたんです?今日はなんだかいつもと違います」

「…、」

「私、何かしてしまったんでしょうか…拓人さんにそこまで気を使わせていただくようなこと、したんでしょうか?」

「違うよ、紫苑、」

「ならどうして、あんな条件を破るようなこと」

「いらないんだ、条件なんて、最初っから」

「…っ、そんな、酷い…」



胸を締め付けられる言葉、嬉しいようで、嬉しくない言葉、ぎゅっと鞄の持ち手を握り締めると、数歩で目の前まできた拓人さんが己の鞄から何かを取り出しました。
静かに差し出されたそれは可愛らしいキーホルダー、拓人さんが持つには不自然なものを、先ほど見せた照れくさそうな笑顔で、渡してくださったのです。
今日は、驚かされることしかない、まだ一緒にいて二日しかたっていないのに、そんな急展開についていけないわ。



「これ…」

「柄にもなく、プレゼントをと思ってな」

「…、」

「これで最後でいいから、今後紫苑が嫌だと思うことはしない」

「拓人さん、」

「明日からは、俺も頑張るよ」



切な気に微笑んで、拓人さんは私の手を引いて家へと足を動かしました。









強い風が吹いたみたい。



(本当に酷い人、)
(私は自惚れるしかないじゃない)

(酷いと言われたとき、)
(相当嫌われているんだとわかったよ)

(明日はもっと話しかけよう)

(明日からは俺も距離を置こう)





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